第28話 自分の為の拳

 與那城静音は不思議な子だった。

 自分で言うのもなんだけど私みたいな変わりものと話したがって子供のように後ろを歩きたがる。そんな子だった。そんな子だったけど、私は彼女に親近感を感じていた。あの子が田舎から抜け出した子であったところとか、親を憎んでいるところとか……。


 でも正直言って私とあの子とじゃ全然違う。

 私はあの子みたいにはっきりと行動に表すのが怖い。


「ねぇまたあの子後輩脅して一緒にいるよ」


 私が静音たちと一緒に歩いているとそんな声が聞こえてくる。

 静音は一瞬そっちの方を見てムッとしていたが私が「気にしなくていい」と言うと、納得がいかないと言った様子でこっちを見ていた。私が静音と違うと言ったのにはこういう意味だ。静音は行動で示そうとする、それが間違っていたとしても私からすればそれが羨ましいのだ。

 私は理想を掲げているとはどれもまだ実現できない。だからこそすぐにでも行動でき静音が羨ましいのだ。


「なぁ真波先輩……いっつも思ってたんだけどなんで言い返さないんだよ?」


「與那城さん」


 自分でも分かっているつもりだ。私は言葉が強いから周りに勘違いされやすい。

 分かってくれる子は分かってくれる。だけど一生分からない子だっている。当然だ、人間なのだから。


「いいのよ、アキラ……。前にも言ったでしょ?私は気にしてないって。気にするだけ無駄だって」


「でも言い返さないといつまで経っても言われ続けたまんまだぜ?」


 分かっているつもりだった。

 私の口から直接言わなければきっとあの子達は将来私の正体に気づいたとき、私のアンチになって学校ではあんな奴だったんだって言い触らすに決まっている。嫌な未来を突き付けられながらも私は溜め息を吐いていると、スマホに連絡が来る。


「は、はぁ!?」


「ど、どうしたんですか水野先輩?」


「あっ、い、いや……ごめん。私ちょっと行くところが出来たから行くわ!!」


「え?わ、分かった!」


 ったく、なんで今日なのよ。今日は休みだからのんびりとしていたのにしかも絶対近場でいるの見てたから駆り出されたようなもんじゃないの、これ!文句の一つや二つ言いたくなるわよ、全く……!


 私は文句を一人で言いながらもデビル君の中に入り、ヒーロー達にボコボコにされる簡単な仕事を終えて静音達の下へ戻って来た。



「な、なんか私ショック受けちまったぜ……」


 ショーが終わった後、静音のところに来ると疲れたように椅子に座っていた。

 こいつなんで私より全然疲れてるのよ。


「アンタなんで……そんな疲れてるのよ?」


「先輩だって……疲れてるじゃん」


 椅子に寄りかかって座っている静音を本当になにしてんのこの子という目で見ていると、アキラもどうして私がこんなに汗掻いてるのだろうと見ていた。全く変なところで勘がいいわね、この子は……。


「ちょ、ちょっと歩いて来ただけよ……!!そ、そんで?アンタはどうしてそんな疲れてるのよ?」


 静音から事情を聴くと、どうやらマスコットに中の人がいるということを知らなかったようだ。

 全くこの歳になってなんてことを言い出すのよ、全く呆れてものも言えないわ。


「ぷっ、何を言い出すのかと思えばアンタその歳で今まで知らなかった訳?馬鹿じゃないの?」


「はぁ!?知らなくて悪かったな!?」


「なに怒ってんのよ、大体ああいうのには人が入ってるなんて当たり前のことでしょ?まさかデビル君が本当に悪魔だなんて思ってたの?」


 納得したのか、静音は黙り込んでしまう。

 本当にどういう生き方をしたら本当に悪魔だなんて思うのよ。と内心ちょっと馬鹿にしていると後ろから子供の泣く声が聞こえてくる。


「あっ先輩が子供泣かせた!いけないんだ、中に人がいるとか言って!」


「な、なっ!?」


 まるで私が悪いと言わんばかりに指してくる。

 は!?これ私が悪いの!?そもそもアンタがそんな複雑そうな表情をしていたから教えてあげたんじゃないの!?


「ご、ごめんね……!デビル君に人なんか入ってないから、安心して?お姉さんなんでも適当に喋っちゃう人なの。だからさっきのも適当に言っただけなの……本当にごめんね」


 どうしてこんな事態になったのか分からない。

 子供も子供よ、大体八歳ぐらいの子なんだからもうそういうのも分かって来るぐらいの歳でしょ!?


「それでも最低だけどな」


「アンタは黙ってなさいよ!!というか、アキラもボケっとしてないでこの子が泣き止むの手伝いなさいよ!親戻って来たときにドヤされたら連帯責任するわよ!!」


「え?は、はい!!」


 自分でも何故連帯責任にしようとしているのか分からなかったがそんなことより泣き止まない子供に困り果てていた。どうすればいいのよと考えていると、静音が頭の裏を掻きながらも子供の目線に合わせる為かしゃがみ込み、頭の上に手を置いて撫でていた。


「ごめんな、このお姉さんも悪気があってそんなことを言ったわけじゃないんだ。ちょっとした反抗したい時期でさああいうのを見て馬鹿らしいとか思っちゃう年頃なんだよ」


「結局悪気があって言ってるみたいじゃない」


 は?それじゃあ、私がまるで悪いみたいじゃないの……。

 なんでそういう話になるのよ。大体反抗したい時期ってなによ。こんな子に反抗期って言っても分かる訳ないじゃない。


「ま、まあ……そ、そのなんだ……ごめんな?」


「う、うん……分かった……」


「そっか、ありがとうな。許してくれて」


 言葉が通じたのか子供は目を見ながら静音の言葉を聞いていた。


「こんなことあり得るのね……」


 意外だった、あの子がこんなふうに子供を慰められるなんて……。馬鹿にしていた訳じゃないけど、逆にもっと泣いてしまうんじゃないのかと不安だったのだ。





「じゃあね、お姉ちゃんたち」


「ああ、じゃあな!!」


 子供は明るく元気に手を振りながらも私達の方を見ていた。

 元気で明るく手を振っている子供の姿を見て私達は笑顔になっていた。


「意外ね、アンタこういうの得意だったのね」


「確かに……少し意外……かもです」


「そんな意外か?……まあ、そうだよな」


 静音は自分がこういうのを面倒だと感じるタイプなのが自分でも気づいていた。


「あの人みたいにやれば……出来る気がしてさ」


 静音は私がいつもしているように何処かを見ながら話を続けていた。


「あの人……?」


「すっげえラーメン好きでゲームも上手くて人の話をちゃんと聞いてくれる人なんだ。それでちゃんと此処はこうなんだからダメなんだよとか言ってくれてさ。だから俺は……その人のこと」





「すっげえ尊敬してるんだ!!」


 静音が話しているその人のことが誰のことなのか、その人物に心当たりがあったのだ。

 まさかあいつだとは思えないけど、でもこの子ならそれもあり得そうね……。





 神無月 ロウガ……。


「それじゃあ服でも見てから帰ろうぜ、二人共!私が選んでやるよ」


「アンタに服買わせたら男っぽくなりそうだからごめんよ」


 先導する静音の後を歩きながら私とアキラは歩いていたが、私の歩幅はアキラよりもかなり小さかった。


「やっぱりこの子は私とは違うわ……」


 改めて確信していたのだ。

 この子は私とは違う。私のように染まり切っておらず、行動できる人間なのだ。それを指し示すように誰かを模範したとはいえ先ほどの行動が出来ていた。私にはきっとあの子を泣き止ませることは出来なかっただろう。

 きっと彼女なら私なんかよりも凄い子になれるだろう。そう彼女の背中を見ながら確信していた。





 そんなある日のことだった。


「はぁ!?家に一度戻って来いだぁ!?」


 屋上から誰かが声を荒げているのが聞こえて来ていた。

 聞き覚えのある声だった為、聞き耳を立てるのは良くないと考えながらも私は聞き耳を立てていた。


「静音……?」


 気になって声の主を見ると、そこに居たのは静音であった。

 静音はかなりキレているのか大声で叫びながらもベンチに八つ当たりしていたのだ。


「あんなあの子見たことがないわ……」


 憎しみを込めたような声をしていた。

 なんであんなにも怒っているのか私には分からなかったが、彼女が「父親面するな!」という声を聞いて誰からの電話なのか理解できたのだ。

 そう、アンタは親に愛されているのね……。親から電話というのもあって彼女のことが少し羨ましくなっていた。私は親に絶縁を言い渡されたようなものだから羨ましかったのだ。


「まずい、静音が戻ってくる……!」


 私は何処かに隠れようとしたのだが、間に合わなかったが私はあることを静音に伝えようとした。


「聞いていたのか?」


 そこに普段の静音の姿はなかった。

 あるのはやはり怒りに身を任せた獣の姿であった。


「静音、聞きなさい。アンタは親に……えっ……?」


 自分の身に起きたことが分からなかった。

 分からなかったというより一瞬でそれは起きた為、分からなかったのだ。突き飛ばされていたという実感が湧かなかったのだ。理解してくれると思ったのだ。彼女ならきっといつものように理解してくれると期待してしまっていたのだ。


 

 去っていく静音の姿を見ながら彼女が豹変していることに気づいたもののそれ以上言葉を口にするのが怖かったのだ。口にすれば更に彼女が豹変してしまうのではないのかと思ったからだ。



 だけど何故だろうか、なんであんなにも悲しい目をしていたのだろうか。


 私にはそれが分からなかった。







 ◆


 僕にとって與那城静音は眩しい存在だった。

 僕とは全く違い、明るく元気な性格な子。あの人とは連絡先を交換したわけでもないしきっと会うのはこれが最後だろう。





「アキラじゃん、同じ学校だったんだな!」


 そう思っていたはずだった。移動教室の為、僕が歩いていると後ろから声を掛けて来たのは彼女の声らしきものだった。きっと幻聴でも聞こえているのだろうと本当に彼女だとも疑いもしながったが、それでも気になって振り返ると、そこに立っていたのは嬉しそうにこちらを見つめていた。


「與那城さん……?」


「そっそ私、いやーまさか学校で会うなんて……クラスは違うよな?」


 僕は小さくだが頷いた。幻聴だと疑ってかかっていた声の主は本当に彼女だった。

 僕も彼女同様この学校で彼女と会うなんて、と驚いていた。こんなことって本当にあり得るんだと少し嬉しくなっていた。與那城さんはその後、僕が移動教室に着くまで話しかけてくれた。僕は嬉しかった、初めて此処まで人に話しかけられたのが初めてだからだ。しかも、同じ学年の子にだ……。


 僕は病弱だから周りから可哀想な目で見られていることが多かったから、本当に嬉しかったのだ。真波先輩も似たような感じで僕に話しかけれてくれた。僕に話しかけてくれても周りからは可哀想な子と一緒にいると思われるだけなのに……。


 きっと二人はそれを分かっていたのだろう。

 與那城さんはそれを分かっていなかったのかもしれない。それでも僕は嬉しかったんだ。二人といる時間が僕にとって光も同然だったんだ。


 だけど、光があれば陰があるということを僕はまだ分かっていなかった。




「あ、あの……今日は與那城さん居ないんですか?」


 その日は珍しく水野先輩の様子がおかしかった。

 いつものように少しお嬢様っぽい口調ではなく何処か沈んだような口調になっていた。


「ええ……あの子は今日忙しいみたいよ」


 僕はそれが嘘だと言うことをすぐに見抜いた。

 水野先輩の口調が何処か沈んだような感じなのもあったが、どうにも先輩の後ろ姿が悲しく見えていたからだ。


「あ、あの……何かあったんですか?」


「別に何もないわよ。ただ……」


 どうしても気になってしまい、僕は水野先輩に話を聞き出そうとする。

 そんなときであった廊下の方でなにやら騒がしい声が聞こえてきたのだ。なにかあったのだろうか、僕は廊下の方を見た。




「大変だ、一年生の子が三年生の子を殴ったらしいぞ!!」





 ◆


「真波先輩……」


 私にとって真波先輩もアキラも大切な友達だった。

 真波先輩は初めて出会ったとき、「なんだこの人は……」とちょっと困惑していた。私が屋上で弁当を食べようとしているときに突っかかって来て人のことを田舎者呼ばわりしてきてそりゃあ、私は確かに田舎者だけど直球で言うことなんかないだろ。だけど、悪い人じゃないのは段々分かってきていた。

 あの人が私と同じで田舎出身で親のことを嫌っており、ぎゃふんと言わせたいと考えている。ちょっと言葉は強いけど面倒見のいい先輩で私のことを駄犬と言う人だけどそれでも優しい人だと言うことも分かっていた。でもそんな先輩と私は全く違うと理解することになった。あの人は目標も夢もちゃんと考えてる人だ。私なんて……。いやこんなこと考えちゃダメだ。

 私にだって立派な夢はあるんだから。


「アキラ……」


 アキラは最初あの場所で苦しそうに咳をしている彼を見て、少し可哀想だと感じていた。本当はそんなこと考えちゃいけないのは分かっていた。分かっていたけど私は見てられなかった。だから前を譲ったのかもしれない。お礼を言われたときだってそんなつもりじゃなかったという罪悪感が強かった。

 彼が喘息持ちでそれと向き合っていると知ったとき、私には真似できない。アキラと学校で会ったときは本当にこんなことあるんだと少し嬉しくなっていた。話しているうちにアキラとも私は近しいものを確かに感じていた。それは自分に自信がないということだ。彼ははっきりとしたものを持っているのにそういうものが持っていない。それを見て取れたからこそ親近感が湧いていたのだろう。

 でもなんとなく気づいていた彼は……本当に強い子だと……。





 だからだろう。

 だから私は許すことが出来なかった。


「ねぇあの子って水野と一緒にいつも居る子だよね?」


「そうそう、犬みたいにいつも一緒にいるけどきっと水野に脅されて帰ってるんだよ」


 真波先輩を馬鹿にする言葉が聞こえてくる。先輩があんま良いように思われていないのは知っていた。先輩は私に無視しろと言っていたけど、正直私には無視することなんて出来る気がしなかった。


 真波先輩に言っていることも私には理解できる。

 だけど言わせたまんまでいい訳がない。私は威嚇するように睨み返すと、先輩達は廊下を走って何処かへと行った。真波先輩が無視でいいと言ったのは私がやり返しているのを知っていたからこそなのかもしれない。

 ああそういえば澤原さんもああ言っていたっけ、あんまりやり過ぎるなよって…‥。でも私はやっぱり思うんだ。反論しなくちゃダメだと……。



 獅童レイとしての私のときも視聴者から「暴言ばっかで嫌だから他の配信行くね」とか言われたときには「は?言わないでとっとと行けよ」と言うのは当たり前だった。そもそも私の配信が暴言だらけになったのは視聴者のせいだ。私がゲーム配信をしていたらネタバレキッズが現れたから私がそれを否していたらコメント欄が落ち着いたけど、結局またコメント欄に次のネタバレキッズが現れたから「邪魔だ、他の配信行けよゴミ」と言ったら視聴者からそういう言い方はよくないと咎められたのである。

 なんでだよ、私はただ邪魔な奴を否定しただけなのに……。同時視聴配信したときだって感情移入しているだけなのに「あんまりキャラにヘイト集めないで」とか「五月蠅い」とか言われるし……。感情移入してこそのアニメだろ。何のためにアニメ見てるんだよ。

 私の配信はそんなのばっかだ。辛うじて温泉地のshortとか動画は評価されてるけどあの頃の自分を評価されているみたいで本当に嫌になる。


「言わせたまんまじゃ駄目なんだ……」


 自問自答のように私は歩いていると、ある噂話が耳に入って来る。


「知ってる?真波先輩って実は田舎から引っ越す前相当やばいことやらかしてたんだって」


 耳元に入って来た話に私は足を止めていた。

 私が足を止めているのを気づいていないのか、気づいてるのか分からなったが同級生の女子生徒は話を続ける。


「引っ越す前の学校で仲良かった女の子のことを実は裏で虐めてて筆箱を失くしたり机に落書きしたりしていたんだってそれでそれでね……」


 この後のことは正直はっきりと覚えてない。

 いや、怒りのままに同級生の先輩に突っかかったのまでは覚えていた。覚えていたけれど、あまりにも理性を保つことが出来ていなかったのだ。

 そのため……。





「何も知らない奴らが……愚弄するんじゃねえ……!!」


 襟を思いっきり掴んで壁へと激突した音が聞こえていた。

 掴まれていた女子生徒はこうなる事態を予測していなかったのか、一瞬驚いていたが笑っていた。


「なにがおかしい……?」


「與那城ってさ……本当に面白い子だね。他人がグチグチ言っているのを聞いてそれで癇癪起こしちゃって使えるのは暴力……。それじゃあ誰も怖がらないよ?」


「うるせえ!先輩に謝れ……!!謝れよ!!!」


 許せなかった、先輩を侮辱する言葉を並べたこの女子生徒が……。

 なにより事実とは全く違う言葉を並べてそれを面白がっていたことが……。きっとこれは私を怒らせる為の罠だったのかもしれない。真波先輩は先生たちからもあまりいいように思われていなかったからきっと味方をするとしたらあの子達の方だったのかもしれない。

 これが自分たちが面白がる為の罠だと分かっていても私は許すことができなかった。


「與那城って……本当は自分に自信ないでしょ?」


「は?」


 再度殴りかかろうとしていた拳が止まってしまう。

 拳を止めてしまったのは……図星だったからだ。


「自信がないから守ってくれそうな男子と一緒に紛れて話をして……それで頼れそうな真波先輩の犬になって守ってもらえると思ったんでしょ?」


「うるせえ……」


「本当に滑稽だよね、さっき殴ったのだって真波先輩の為じゃないよね?あれだって自分の殻を守るためのものでしかないよね?」


 違う、違う。私はそんなことの為に殴ったんじゃない。

 少し赤くなっているこの拳は先輩を守るために殴ったんだ。私は私の為に殴ったんじゃない。







「自分が可哀想なだけでしょ?」





「うるせええ!!!!!」


 この後のことはもうはっきりと覚えていない。

 気づいたときにはアキラと真波先輩に取り押さえられていて私はずっと叫んでいた記憶しかなかったのだ。その後、空き教室に呼び出された私は先生から事情を話すように言われたがまだ怒りが収まることがなかった私は自分がこのとき何を言っていたのか自分でも把握していなかった。

 ただ、あのとき女子生徒が言っていたことは本当だったのかもしれない。私は自分が可愛くて仕方なくて……自分が可哀想だという気持ちがあって……なにより私は……。



「くそっ……くそっ……!!」


 結局もう家に帰っていいと言われて私は家に帰っていたが苛々が止まることはなかった。どうしてこうなってしまったんだ、そんな気持ちが晴れないなか私は歩いているとアキラと真波先輩の姿をアキラがよく行く喫茶店の方から見えていた。

 私は店内に入り、二人と合流するのではなく離れた席から二人の会話を聞いていた。あの二人何の話をしているんだ……?私が気になって二人の会話を盗み聞きしていた。




「あの子とは暫く関わらない方がいいわ……今のあの子はまともな精神状態じゃないから」


 真波先輩がアキラに対して私と暫く関わらない方がいいという声が聞こえて来ていた。

 私はそのときある噂を思い出したのだ。真波先輩が陰で私を嫌がっているという噂を……。私はそんなことはないと疑ってなかったがもしかしたら……もしかしたらという気持ちが強くなっていた。


「そんな訳がない……そんな訳が……」


 だけど私にそれを否定する根拠がなかった。

 出会って"数ヶ月"も経ってない人のことを完全に信用なんて出来る訳がなかった。





 ◆


 あの日、彼女が父親からの電話に出たあの日以来彼女は全てが変わっていた。

 いや、変わっていたというより彼女の中の内なる自分が出始めていただけなのかもしれない。


 その後話をしようと次の日清水アキラは與那城静音の前に現れたのであった。


「與那城さん、真波先輩のことは誤解なんです……」


「誤解……?」


 アキラは彼女が誤解をしているのを分かっていたが、真波何もしない方がいいと止められていたのだ。


「あのとき水野先輩は本当に言いたかったのは……」


「退け、邪魔だ」


 彼女に真意を伝えようとしたが、彼女は聞き入れることはなく寧ろ激昂してしまったのだ。アキラは真波に彼女に関わらない方がいいと言われれていたのはこのためであった。まともな判断が出来なくなっている彼女に今何を話しかけても無駄だと分かっていたが、たった一人……。


 たった一人だけ彼女を呪縛から解放出来そうな人間がいたのだ。





「お母さん、会いに来たよ……。お墓の前で誓ったこと、まだ果たせてないけどさ……。今日はどうしてもお母さんに伝えたい事があって来たんだ」


 與那城静音は與那城家の墓に立っていた。墓の前で本当の母親、與那城心音を呼びながら手を合わせていた。手を合わせている間、色んな感情が蘇っていた。母親と居たのは十二年間だけどそれでも思い出は詰まっているようだった。彼女が九の九段を覚えたときは凄い褒めてくれたし、アルファベットを全部書けたときも褒めてくれていた。

 與那城は心の中で本当は中学に卒業して高校を卒業するまで見守って欲しかったという気持ちこそあったがそんな贅沢は言ってられないと思っていた。手を合わせながらも色んな感情が蘇っているなか與那城は不意に涙が流れていたがその涙を拭っていると、足音が聞こえてきていた。


「竜弥……?」





「随分様変わりしたな、與那城」


 それこそが樫川竜弥であった。


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