第27話 安っぽい目標
與那城静音にとって水野真波は親友も同然だった。
転校してきた彼女にとって初めて出来た親友であり、転校初日で友達になれた人物でもあった。出会った期間はそれこそ短い間なのかもしれない。それでも與那城静音のことを親友だと思っていた。
「真波先輩ー!」
「あんたまた来たの」
彼女は溜め息を吐き呆れていた。
静音が扉を開けて教室の中に入ると、その中に先輩と呼ばれた女子生徒がスマホを弄っていたが彼女が来たのを見てスマホをポケットの中に入れていた。
「真波先輩、この前教えてくれたゲームやったんだけどさ。あれバッドエンド系のゲームじゃん!私はハッピーエンドのゲームがやりたいんだよ」
「ハッピーエンド原理主義の奴の言うことなんて知らないわよ、というかアンタがハッピーエンド好きというのも今初めて知ったわよ」
「あれ?言ったことなかったっけ……」
與那城の頭の中で自分は言及したことがあったか一旦整理していた。
整理している間に真波は彼女の手を引っ張って教室の外へと出るのであった。
「ちょ、ちょっと真波先輩何処に行くのさ?」
「アンタ下級生だから私のクラスにいたら目立つのよ!そもそもうちの学校は後輩、先輩の関係は部活ぐらいだから珍しがられるのよ!この前だってアンタが教室に来たとき後輩ちゃん来たよとかポメラニアン来たよとか言われたし色々とめんどくさいのよ」
與那城や真波が通う学校では上級生が下級生との交流機会は少なくあまり話す機会がないのだ。
そのこともあってよく真波の教室に遊びに来る與那城は珍しがられてその忠犬っぷりからポメラニアンと言われることもある。
「なんで私が犬と同じ扱いされてんのさ」
「こっちが知りたいわよ。アンタなんてせいぜいブルドッグじゃない」
「はぁ!?ブルドッグだって可愛いだろ先輩!?」
「うっさいわね、駄犬。ほら屋上着いたわよ」
屋上に着くと、深呼吸をするように鉄格子に寄りかかる真波。
真波の行動を見てから與那城は屋上にある自販機で水を買ってベンチに座っていた。
「なぁ先輩って時々どっか遠くの方見ているように見えるけど何処見てんの?」
「アンタ変なこと気になるわね……」
再び溜め息を吐いていた真波であったが、溜め息を吐いている姿を見て「幸せ逃げますよ」と言われて「うっさいわね」と言葉を返していたが言葉には覇気は感じられていなかった。
「前に言ったわよね、私は田舎が嫌で家を飛び出したって」
「うん、言ってた。それがどうしたの?」
「……あんたには話してなかったけど、本当に田舎が嫌いな理由はあの場所に住む人達が嫌いだからよ」
與那城は少し不思議そうにしていた。
真波から初めて田舎が嫌で飛び出したという話を聞いたとき、自分と何処か似ていると考えていたのだ。だからこの人と仲良くなれると思い、與那城はこうして真波にちょっかいをかけることが多かったのだ。
「どうして?親はまあアレ……ああいいか、この話は……。田舎の人ってみんな良い人じゃね?」
「アンタのところは観光地だから人当たりも結構違ったんでしょうね。でも、本当の田舎っていうのは全然違うのよ。昔からその地に住んでいる人ばかりだからなのか都会から引っ越してきた人達への風当たりも強くてその上世間話というの噂話が大好きで仕方なくて他人への差別の感情を剥き出しのまま向けている、そんな場所よ」
「さ、流石に言い過ぎじゃね……?」
真波はこのとき思っていた。
彼女はまだ自分のように染まり切っている訳ではない、と……。だけどその方が色々と楽でいい気になっていると考えていた。
「……私の友達は東京からあのクソみたいな田舎に引っ越してきたのよ。転校してきた一家は余所者扱いされた。東京モンがやってきた東京モンがやってきたと珍しそうに白い目で見られていたわ」
「私にはそれがウンザリだった。それが反吐が出るほど嫌だったから私はその子と友達になった。冬のときは雪を投げ合ったり雪だるまを作ったり、夏は川で一緒に泳いだりもしたわ」
與那城は心の中でいい話じゃん、と少し感動していたが真波の表情を見る限りその話は此処で終わりなどではなかった。
「だけどそれが気に入らなかったのか、私の両親はある日こう言い出したのよ。余所者の人間と関わるなって」
「はぁ!?なんだよそれ」
「私だってそんなの知らないし知りたくないわよ。私はそんなの知ったこっちゃないと思ってその子と関わることを続けようとした。続けようとしたわ……」
真波の言葉が詰まり始める。
何かを言い出そうとしているが言い出すのにかなり迷っている様子だった。
「だけど、あの子は引っ越してしまったのよ。きっと私が知らないうちにあのクソ田舎の人間共が色々してたんでしょうね。それでもあの子は笑顔で私と一緒に居てくれた。居てくれたからこそ、私は許せなかった……」
「だから今はあの田舎から抜け出せて清々してるわ、こっちは人は冷たいけどその方が楽だし。あんな奴らの顔や両親の顔を見なくて済むし、そういう点ではアンタとそっくりなのかもしれないわ。親のことを憎んでいるところとか、あいつらにぎゃふんと言わせたいとか……。忌々しい記憶を思い出すから忘れるようにしてるけど、それでもあの子のことを思い出す為に私があの方角を見ているのよ」
真波は自分の過去のことを打ち明けた笑いながらも彼女に告げるのであった。與那城は彼女が田舎から転校してきたことは本人の口から聞いていたのだ。
『アンタ田舎から転校してきた人間でしょ?田舎臭い匂い沁みついてるわよ』
『はぁ!?なんだよそれ!?てかなんで私が田舎からの転校生って分かったんだよ超能力者かよ!?』
偶々学校の屋上で弁当を食べようとしていたときに隣り合わせになってしまい、真波に自分が何処から転校してきたのか当てられたとき與那城は「超能力者!?」と驚いていたが、「そんなんじゃないわよ、馬鹿じゃないの」と苦笑いされながらも二人で弁当を食べたのが出会いであった。
「静音、ちょっといい?」
「え?あ、ああ……。いるけど……」
廊下で與那城が誰かと話しているのを見かけた真波。
真波はあることが気になっていた。廊下が一緒に與那城が話していた気弱そうな生徒と話している声が聞こえて来たからである。與那城が男子生徒と話しているのは珍しいことではないのだが、それでも仲が良さそうに話していた為少し気になっていたのだ。
「ああ、そうそう。清水アキラも来なさいよ」
「え?ぼ、僕もですか……?」
いきなり来いと言われたことに対して清水アキラは驚いていた。與那城がいっしょに話していた相手というのはアキラだった。何故二人が仲良くしていたのか、真波にはさっぱりだったがどうせなら彼も連れて行こうとしていたのだ。
と言うよりも彼の"正体"を知っていたからだ。
「アンタ、そんなんで足りるの?」
いつものように屋上にやって来ていた真波であったが、アキラの弁当のおかずを見て少し心配そうにしていた。その中身は白米に卵焼きとウィンナーだけであった。
「あっ……い、いえ……僕はこれで足りてるので。って、與那城さんなにしてるんですか!?」
「ん?ぜってえ足りないだろうから唐揚げやるよ」
與那城の行動を見て真波は無言でアキラの弁当にミートボールを入れていた。
「ありがとう」とお礼を言われると、「見るに堪えなかったから渡しただけよ」と返すのであった。
「あ、あの……水野先輩でしたよね?ど、どうして……僕の名前知ってるんですか?」
「アンタ悪い意味で有名だからよ」
「あっ、そう……ですよね、ごめんなさい」
アキラは箸を弁当の上に置いて俯くように下を向いて自分が何故悪い意味で有名なのかを理解していた。
「真波先輩、なにもそんな言い方ないだろ」
「わ、悪かったわね……。喘息持ちなのは元々の持病だから色々と大変でしょうけど、それでもそんな気弱そうな顔しているからアンタ虐められるのよ」
「それも……そうですね……」
清水アキラは悪い意味でこの学校で目立っていた。喘息持ちであり、教室でも廊下でも咳をしてしまう為、その為いつも咳をしている子という印象を持たれていたのだ。なにより気弱そうな見た目なのもあってよく揶揄われることも多かったのだ。
「ああー!!もう辛気臭そうな顔されるぐらいなら連れて来るんじゃなかったわ!アンタがいっつも一人でご飯食べてるの知ってたから今日は誘ったのよ!!」
「真波先輩やっさしい」
「うっさいわよそこ!!アキラ、アンタそんな辛そうな顔して食べるならあんたが何者で誰なのか言うわよ。脅されたくなかったらさっさとその弁当を食べなさい」
「えっ!?は、はい……食べます!!」
「正体を知ってる……?」
このときの與那城には全くもって意味が分からなかったが、この後アキラはどうしても気になって真波に自分の正体を知っているというのはどういうことか?と聞いたところ、米を喉に詰まらせそうになっていた。
「そんでアンタって彼氏って言えるような奴いたっけ?」
「さらっと酷いこと言ってくれるなぁ真波先輩……てかアキラは彼氏じゃねえし」
アキラは彼氏と言われて少し顔を赤くして再び米を喉に詰まらせそうにしていた。
それを見て與那城は何も言わず水を渡していた。
「はぁ……なんかめんどくさい勘違いされてるから答えるけどさ……。この前デビル君の写真撮影会があってそんときに前譲ってあげたんだよ」
真波は「デビル君」と言う単語に少し反応しそうになっていたが気づかれないようにコーヒーを飲んでいた。
「この二人が私がデビル君と知ったらどんな反応を取るのか気になるわね……まあ言う必要はないでしょうけど」
小声で真波は衝撃の発言をしていた。
色々な諸事情で水野真波はバイトでデビル君の着ぐるみの中に入っており、その中身が彼女なのである。勿論、そのことは誰にも知られてはいない。
「……それで学校も一緒だったって訳?」
「そうそう、クラスは違うけどまさか同じ学校とは思わなかったけどさ」
與那城はアキラを学校で見かけたとき、大声で話しかけて嬉しそうにしていた。その光景を物珍しいように見ていた生徒は数少なくはなかったが與那城にとってそんなことはどうでもよかったのだ。
「ふーん?まあ、いいわ。結婚式ぐらい呼びなさいよ」
「だからちげーって」
水を渡されてそれを飲んでいたアキラであったが、それが最初から飲みかけだったということに気づいて更に顔を真っ赤にしていたのを見て真波は少し鼻で笑いながらも「案外脈ありそうね」と思っていた。
「あ、あの……僕真波先輩に聞いてみたかったことがあるんですけど……」
「なによ?」
「真波先輩が偶に陰口を言われているのを見るんです、それなのに……」
真波は言葉が強いことが多い為、変に勘違いされることが多いのだ。
その言葉の中に優しさを感じ取れるものもいれば、それを感じ取ることが出来ず感じが悪いと捉える人も多く陰口を言う者も多くいたのだ。
「それなのにどうして……堂々としてられるんですか?」
真波はどんな質問が来るかと思いきやそんな質問かと少し溜め息を吐いて呆れていたのはそう言うのを全く気にしたことがなかったからだ。眼中にない、そんな言葉が似合うだろう。
「はぁ、随分あほくさい質問をするわね。でも……しいて言えば目標があるからよ」
「目標……?」
「ええ、目標よ。
「私の目標はある業界で自分の夢である大舞台に立って私が輝いてるところを見せる、もう一つは……私を広告塔として土下座したいぐらい使わせて欲しいと思わせるぐらいに大注目してみせることよ」
アキラと與那城は真波の決意を聞いて少し心を揺さぶられていた。
アキラはある界隈に入ったのは理由があった。それはもう一つの偶像に全てを託すためのようなものであった。與那城は思った。真波の夢ははっきりとしたもので大きなものであることを……。そして自分の夢が空っぽであることをこのとき理解していた。
「それに私は吠えるだけしか出来ない傲慢の奴なんて興味がないわ、関わるだけ面倒なだけよ。だから言わせたい奴には言わせるし嫌いだっていう奴も当然居るでしょうね。だけどそんなの知ったことじゃないし、思いっきり嫌いだって言ってくれた方がこっちも楽だわ。陰でこそこそ言われるよりはね」
「す、凄いですね……」
「こんなの夢を掲げる上での当たり前よ。それに一々他人の言葉を気にしてたってしょうがないじゃない、目標があるんだから。目標があるからこそ人は強くなれる、掲げたい夢があるからこそ人は力を発揮できるものよ」
アキラが真波のことを尊敬の眼差しを見ていたが與那城は違った。
與那城は思っていたのだ。真波は自分とは明確に違い過ぎると……。
『どうせなら家出してやってお金いっぱい貯めて家にぎゃふんっと言わせてやるって』
あの日、ラーメン屋の前で竜弥に話した言葉。
自分が今まで掲げていたものは安っぽいものだったのではないか、なにより内に秘めたかつての自分は自己肯定感が低く、劣等感が強い人間なのだから……。
「そんな訳ない……よな。だって……私にだってもう一つ……なりたい目標があるんだから……」
「そうだよ……な……」
與那城にとってもう一つ大事な目標……。
それは……。
『絶対にお母さんみたいに強くなってやる……』
あの日、墓の前で誓った言葉が今の與那城を動かす動力源となっていたのだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます