第26話 矛先
珍しく僕は本当に苛立ちそうになっていた。でもその矛先を向けることはなかった。
その日僕はロウガみたいにラーメン屋巡りをしていた。ロウガみたいに三食ラーメンなんてのは流石に出来ないけど、脂っこいラーメン二食ぐらいなら余裕でいける。
「流石にきつすぎたか……」
と言っても背油が強めなラーメンを食べ過ぎた為、僕はあまり行くことがないスナバでコーヒーを飲んでいた。こういうお店は落ち着くには落ち着くけど自分とは住む世界が違い過ぎるのもあるし、初めて来たときにサイズの読み方が分からなくて恥をかいたことがある。それ以来全く来ていなかったのだ。
「でも期間限定の飲み物とか話のネタにはなりそうだから来てみるのも悪くないか……」
この前は確かドラゴンフルーツのレモネードが販売されて結構並んだと言う話も聞いたぐらいだし、そういう生活的な話を聞くのも好きな視聴者もいることだろうと考えながら飲み口を口に含みながらも「にがっ……」と感想を抱きながらもコーヒーを飲んでいた。
「なぁ、そういえばお前随分前に活動していた坦々ってゲーム実況者知ってる?」
僕の後ろの席から坦々の名前が一瞬反応してしまいそうになる。彼の名前を他人の口から聞くのがかなり久々だったからだ。それにこんな場所で聞くことになるとは思わず、その名前を聞いて本当に驚いてしまったのだ。
俺は後ろの席に座っている二人組の話を引き続き聞き耳を立てながらもコーヒーを再度飲み始める。
「坦々……?ああ、二年前ぐらいまで活動してたゲーム実況者だよな?」
「そっそ、俺あの人のゲーム実況凄い好きだったしこれからも伸びると思ってたんだけどなぁ……」
実際、坦々は雑誌に載るほど期待はされていたし視聴者の間にも坦々はこれからもっと大きくなると思われていた。
「えー?あれは無理でしょ?だって"尖ってない"じゃん」
一瞬自分の中で怒という感情が出て来そうになっていた。
しかし、僕はその感情を何度も何度も吐き出すのを止めて深呼吸していた。
「まあ今の動画サイトで活動しているゲーム実況者なんて大概尖ってないし、魅力もないけどさ。坦々はマジで尖ってなかったじゃん」
「お前の言う尖ってる、尖ってないがよく分からないけど炎上とか問題発言とかいうのことを言うなら坦々はそれが無かったのが良さだろ。あの人はちゃんと視聴者が荒れ始めてもちゃんとこうだからこうなんだよって言ってちゃんと止める人だったんだしさ」
「いやだからそれが尖ってないんだって見ていて危なっかしいところがない奴見てたって面白くないじゃん」
徐々に自分が手に持っている紙コップが歪み始めていることに気づいていた。
それは手を中心的に力を強めていたからだ。
「落ち着け、落ち着け……あんな奴の言うことを間に受けるな」
自分でこんなことを言うのもどうかと思うが、ふざけてキレることはあっても本当にキレることは僕は少ない方だ。なんとか怒りを抑えようとしていたが怒りの沸点というものが何処まで存在するのかは分からない。このままあいつらの口が塞いでくれなければ僕は本当に怒ってしまうかもしれない。
「もっと刺激的なことをしてくれる人の奴がいいだろ、あんな奴じゃ流行らねえって」
その言葉を聞いた瞬間、先ほどから馬鹿みたいに大声でこんな場所でゲーム実況者の話をしている奴を睨みながらコーヒーを一気に飲み干した。たった今僕は心底彼のことを見下した。人のことを見下すことが良くないことなのは分かっていた。
ああ、そういえば竜弥さんが前にこんなことを言っていたっけ……。
『そういう偏見は止めといた方がいいぞ』
メアが……亜都沙さんがどんな人なのか気になってちょっと言い過ぎたときに竜弥さんはああ言っていた。あのときは人は見た目と裏腹にという意味だから、意味合いが少し違ってくるけどそれでも僕はあの男に対して偏見を感じざる負えなかった。
なにが刺激だ、なにが尖ってない、だ。そういうことを許してきたから未だに動画投稿者というものは偏屈な目で見られ白い目で見られるんじゃないのか。それでもいいというのならそれでいい。
だけど真面目にやってる人の足だけは引っ張るな。
「竜弥さんのことを何も知らないくせに……」
店から出た僕は路地に入り、壁に拳を激突させていた。何処にも向けられない、向けるべきではない怒りの矛先を抑えつけていたのだ。
力一杯殴ったせいか、拳からは血が出ていた。行き場のない怒りを抑えつけようとしてしまった結果がこれなのかもしれない。だけど僕はどうしても許せなかった、僕は正直あの人のことを恩人という目線で見ているし憧れているし尊敬もしている。だから少し好意的に見過ぎているのかもしれない。
それでも許せなかったのだ。
あの人のことを侮辱する人達のことを……。
あの一件から一夜が明けていた。
久々に見たくもなかった過去が夢に出て来て僕は嫌な気分になりながらも起き上がっていた。
『神無月ロウガ、結構まともそうな子だと思っていたのにこんなことするなんて』
暫く僕はSNSやY-tubeを見ていない。
少しばかり想像するだけでどんな内容で溢れかえっているのか分かるからだ。そんなものに構っているつもりはない。何故なら僕は本当に竜弥さんがあんなことをしたなんて信じていないからだ。それを発信する必要もあったのかもしれないが、証拠がない以上妄言と捉えられても仕方ないだろう。
「NoAさん……」
僕が昨日急いで電話を掛けたのはNoAさんだった。
あの人は竜弥さんの友達だったみたいだし何か知っているかもしれないと思って電話したのだ。しかし、返って来た言葉は……。
「竜弥さんはNoAさんの友達なんですよね。なんでさっきから黙ってるんですか!?竜弥さんの今住んでる家何処なのか教えてください、僕はどうしてもあの人に確かめなければいけないことがあるんです、お願いします!!」
NoAさんは僕が電話してもずっと黙り続けていた。後で竜弥さんの電話にも繋いだが電話に出ることはなかった。出ないかもしれないというのは分かっていた。だからこそ最初に竜弥さんのことを知っている人に今何処に住んでるのか知りたかったのか。あの人にどうしてもあんなことをしたのか、と聞きたかったからだ。
「もう竜弥のことで電話してこないで」
返って来た言葉はそれだけだった。
その後、「友達なんじゃないんですか!?」と声を少し荒げるとNoAさんは電話を切るのであった。僕には分からなかった、何故友人なのに竜弥さんの話をすると嫌な顔をしたがるのか、僕には全く分からなかった。
「竜弥さんがあんなことしないとは思いたいけど、言い切れないこの状況をどうすればいいんだ……」
僕は一生懸命考えていた。考えれば考えるほどどうするべきなのか、分からなかった。
そんなときもう一人ある事実を確認する為に連絡していた人物からスマホに連絡が来ていた。
◆
「そうか、やはり樫川竜弥は戻って来ないか」
アタシは今事務所に来て竜弥が部屋にも実家にも戻って来ていないことを報告していた。電話にも何度か掛けたけど出る様子はなかった。事務所に来たとき澤原さんはかなり慌てた様子で竜弥が炎上したこと、静音が現在でも行方不明だということの対応に追われていた。
「とりあえず二人のことは俺に任せて欲しいと言いたいところだが……。正直與那城のことで手いっぱいだというのに此処に来てあいつまで行方が分からないのは状況がややこしくなってきたと言わざる負えない。それにあいつに炎上の経緯を聞いていないからな」
アタシはただ澤原さんの話を黙って聞き続けていた。
事態は大きくなるばかり。せめて先に竜弥の居場所だけでも分かれば事態は少しでも落ち着くかもしれない。だけどその竜弥の居場所すらも分かってないのが現状だ。
「瑛太、瑛太ちょっといい?」
事務所の一室に入ってきたのは紫髪のショートヘアーの女性であった。
黒マスクに特徴的な銀色のピアスをしている女性が一瞬目に入ると、アタシは首を傾げた。
「香織……?」
そこに立っていたのは私がよく知るバンドメンバーの一人であり、親友である姫咲香織だった。
香織はそのまま澤原さんに何か話している様子であり、その話を聞いた澤原さんは軽くであるが紙で香織の頭を叩いていた。
「そういう重要なことは早めに言え、香織」
「仕方ないじゃん、私だって確証が出るまで時間がかかったんだから」
「それでもそういう情報は早めに教えろ」
香織は「えへへ」と笑いながらも一瞬こっちをチラッと見る。
そしてアタシに気づいたのか、手を上に挙げながらも「よっ」と笑うのであった。
「ちょい千里一緒に来てくれる?」
「え?まあ、いいけど……」
事務所から移動している間に香織は自分がアイオライト一期生の城崎ハクだということを話してくれた。今まで話す機会は幾らでもあったが、あまり話すべきではないと思い今まで話していなかったそうだ。まあ本当は忘れていたとぶっちゃけっていたけど……。
香織が何故アイオライトにいるのかと、そういう話を聞きたかったけど今は聞いている場合じゃないとなんとなく理解していたし、竜弥や静音のこともあってそんなのは後にしようと考えていた。
「それで香織、一緒にってのはどういうこと……?」
「あーいやそれがさ、私もよく分からなくて。でもきっと千里にとっては大事なことだから千里を呼んだ方がいいと思ってさ」
アタシを呼んだ方がいいから、アタシのことを呼んだ……?
いったいどういうことなんだろうと不思議そうにしていると、目的地の場所に着いたのか香織は足を止める。出ている看板を見るとそこは喫茶店のようだった。中に入ると、そこには黒髪の男性が顔を出しながらこちらを見ていた。
「どうやらもう一人連れて来たみたいですよ」
「ほいほい、連れて来たよ。この子も連れて来た方が話が円滑に進みそうだからさ」
テーブル席の方に来ると、そこに座っていたのは全員で3人だった。
その中には見覚えのある顔の子がいた。
「恭平……君だっけ?」
最初に声を出してこちらを見ていた子に見覚えがあったのだ。
「覚えていてくれたんですね、千里さん」
彼のことははっきりと覚えている。
竜弥……というよりゲーム実況者『坦々』のファンだった子。あの場にはアタシもいたから彼のことは覚えていたのだ。坦々のファンと言うこともあって印象的な子だっただから。
「その子達は?」
「清水……アキラです」
小さい声で話していたのは病弱そうな印象を持った子だった。
というのもアタシが座ってから何度か咳をしていたのを見たからだ。
「……水野真波よ。そこの今コーヒーを飲んでいる奴とは一回すれ違ってるわ」
自己紹介をしたの同時に彼女は自分のSNSを見せていた。
それを見てからかアキラ君も自分のSNSを見せる。そこに表示されていたのは夏川玲菜、小早川蓮司と書かれてた。玲菜に蓮司……。確かこの二人は竜弥や静音とコラボしていた子だ。
「すれ違ってる?僕が……?あーもしかしてあのときの……」
何かに納得したかのように恭平君も見せていた。そこには青空奏多と書かれていた。彼奏多君だったんだ……。彼は良く竜弥とコラボしていたし竜弥の口からも彼の名前がよく出ていたから知ってた為、その事実に驚いていた。
私達も軽くではあるが自己紹介を済ませた。
「そんなポンポン自分の個人情報晒していいの?他人に晒されても知らないよ」
香織の言う事も一理ある。
お客さんがそんなにいない時間帯とは言えあまりそういうのを自分たちから見せて行くのはどうかと言うのは……。
「そこに関しては……安心して……ください、此処は僕の知り合いがやっているお店なので……。お客さんの個人情報は……聞かなかったことに……してくれますので」
「まあそれなら全然いい……?いいのかな……?」
香織は首を傾げながら疑問に感じていたようだが「まあいいか」と言っていた。
「此処に呼んだのはそこのアキラと真波みたいだけど、此処に僕たちを呼んだのはどういうことなんだ?」
「ちょっと待った、
恭平君が、ガチファン君……?とその言葉の意味がよく分からないという表情をしていたがすぐに誰のことを言っているのか理解していた。そしてなにより此処に誰もが香織の言葉を待っていた。
「昨日の神無月ロウガの炎上の件だけど、私裏口から出る人物を見たの」
「なんだって!?」
恭平君はテーブル席から立ち上がり、香織の言っていたこと話にかなり喰いついていた。アタシは詳しく今回の件の炎上のことを知らないけどあの場に居たのは竜弥だっただけのはず。
「と言っても車で慌てるように逃げられたから誰かも特定は出来なかったよ。ごめんだけど、私が話せるのは此処まで」
「いやそれでも僕は十分な情報になると思います。後はあの時間帯に誰が居たのかを把握出来れば……」
恭平君は香織の情報を聞いて少しホッとしている様子だった。
恭平君はあの場に後から現れたというし竜弥がそんなことをしていないって信じてくれていたのかもしれない。アタシはその事実に少し嬉しくなっていると真波は続ける。
「そこは今日来れなかったテラーにでもやってもらうとするわ。彼は今回の件関係はないから呼ぶつもりはなかったけど……姫咲香織の言葉を聞いてやはり呼ぶべきだったと後悔したわ。ってそんなことより貴方達にどうしても伝えておきたい事があるわ……特にそこの綾川千里にはかなり関係のある話よ」
「じゃあなんで千里さんだけを呼ばなかったんですか?」
「姫咲香織を呼んだのは私が綾川千里の連絡先を知らなかったから。それと本条恭平、アンタを呼んだのは真実を知りたがっていたからよ。そしてこれはあくまで私の予想だけどね……今回の件もう一人の関係者がいると私は踏んでいた。それは姫咲香織の証言によって確信に変わった。だからアンタが知りたかったことも知れると思うわよ、誰が今回の件の犯人なのか……」
「誰なんですか……?」
「それは獅童レイこと與那城静音……」
アタシは真波の言葉に動揺が隠せなかった。
静音は此処数日姿を晦ませていた。そんなことが出来るはずがない。いや待って、これはあくまで彼女が、真波があくまで予想で言っているだけのこと。本当のところは違うかもしれない。言葉を続けるのを待っていると……。
更に予想外の言葉を投げられる。
「そして與那城静音は……」
「ほんの最近、学校で問題を起こしたのよ」
「問題……?」
真波は静音が問題を起こしたと言う話をしたのと同時に黙り込んでしまう。
拳を強く握り締めて何かを後悔しているような感じが見て取れた。さっきの件はともかく今回の件は間違いなく……本当のことかもしれない。
そう認識させられるほどであった。
◆
「何も知らない奴らが……愚弄するんじゃねえ……!!」
彼女は怒りの矛先を抑えることは出来なかった。怒りの力と言うものを抑えることが出来なかった。本能のままに自分の感情を表現できる拳で同級生の生徒を殴っていたのだ。
彼女は怒りの矛先を間違えてしまったのだ。
そして、その行動が正しくない行動とは知らなかったのだ……。
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