空っぽの強さ

第13話 本当の強さ

「よっし、一攫千金だ……!これであの子のところに行ける……!」


 正直の話をしよう。

 俺は今自分がなにをしているのかよく分かっていない。視聴者からオススメされた美少女ゲームをプレイしているのまでは覚えている。チャイナ服を着た女性とお酒を飲んだりして好感度を高めて行くゲームなのだが、どういう訳かやたらと胸元と尻を強調してくるのである。


『こういうゲーム滅茶苦茶苦手って言ってたのにハマってる!?』


『さっきからずっとカジノ行ってて草』


 こういうゲームだというのは視聴者からは聞いていたがまさか本当にこういうゲームだと思わなかったのである。そういうゲームで尚且つ女の子が基本的に距離感が近すぎる為俺の頭は蒸発して溶け切っていたのだ。こういうお店ってお客さんがついついお金を使い切っちゃうところが多い印象だけど、俺もその予備軍なのかもしれない。


「でもよくよく考えたら女の子も俺に対してバグレベルで距離感近いからこれ俺が悪いわけじゃ無くね……?」


 実際コメント欄も見ていてもこの子本気にし過ぎじゃない?というコメントが流れていたのだ。実際、子供が欲しいとしたら何人欲しいというかなりきわどい質問に対して顔を赤くして答えてくれたりとこの子もこの子で大丈夫か?となるレベルで少し心配になるのだ。


 それにしても良かった。

 この子が千里のような子じゃなくてもし千里みたいな子だったら俺はこのゲームを冷や汗を掻きながらプレイすることになっていただろう。


「へぇ、この子歌手になりたいのか……。歌手……?」


 刹那、俺の中で物凄い嫌な予感がしていた。

 そう、千里も歌手を目指している存在。この瞬間、千里と重なる部分が出来上がってしまっていたのだ。だがよく考えてみて欲しい。俺は今事務所から同期コラボを完全に禁止されているのだ。そのため、コメントに来ることもないはずなのだ。後は千里がこの配信を見ていないことを祈るだけだ。


『蓮司:ロウガ……!?なんとハレンチなゲームを!?』


 画面越しから大きな声が聞こえて来そうになっている名前を見つける。

 小早川蓮司、彼はこの前の大会で玲菜と同じチームで俺達に対して超攻撃的な戦法で戦いを何度も挑んできた人だ。彼は抜群のゲームセンスを持ち合わせており、喘息持ちでありながらもVとして活動していることもあって俺は正直彼のことを凄いと尊敬している。


「よしっ、次はプレゼントを渡して」


『奏多:ロウガ、キミはこういうゲームに嵌まらないと思っていたのに』


 まずい、解釈違いを起こしている子がいる。

 奏多は俺のファンだから俺がこういうゲームをしているところなんて想像もつかなかったのだろう。それはなんというか申し訳ない気持ちもあるけど、今は許してくれ奏多。


『玲菜:ロ、ロウガ様……?』


 隷属の契約を交わし……いや勝手に交わされている玲菜が俺の配信にやって来ていた。

 まあ玲菜に見られても別に構わないか……。


『メア:ロウガ君、こういうゲーム好きだったんだ』


「なんか凄い罪悪感を感じてきた……」


 配信に乗らないように小声で言っていたが、俺はかなりダメージを受けていた。

 それもそのはずだ、俺はメアと千里にだけはこの配信を見られたくなかった。後この配信を見ていそうな獅童はどうせ笑いながら見ているだろうけど、あの二人にだけは見られたくなかったのである。

 こうなりゃヤケだ、此処まで来たら乗り切って……。



『千里:配信見てるよ』


 スマホの通知が鳴ったのを見て確認すると、そこに書かれていたのは千里から連絡。

 たった一言だけの内容だったがその内容は俺が恐怖すらしてしまうほどの内容だった。


「後で謝っておこう……」


 こればかりは俺が悪いので配信が終わった俺は謝ることにしたのである。





「美少女ゲームってのも案外奥が深いんだな……」


 ああいう系統のゲームはどうも距離感が近い子が多すぎて避けて来ていたが、案外やってみると自己肯定というものが上がった気になって悪くはない。いや、言っていることちょっとやばいかもしれない。


「まあ皆もこういうゲームやって自己肯定感上げるんだろうし気にすることないか……」


 自分を半ば無理矢理納得させながらも椅子の前から立ち上がろうとしたとき、俺のスマホから通知が鳴っているのが聞こえてきていた。誰だと確認してみると、そこには與那城の名前があった。一緒にご飯を食べに行かないか?という誘いで俺はそれを了承し、外に出ると……。





「え?」


「は?」


 隣の部屋から出てきたのは與那城であった。




「まさか與那城が俺の隣の部屋だったなんてな……」


「私も驚いたけど、まさか竜弥兄がああいうゲームをするとはなぁ……私の隣の部屋であのゲームをやっていたと思うとちょっと笑えてくるかも」


 笑みを浮かべながらニヤついている與那城を横目に俺はラーメン屋の店員さんに注文をしていた。此処は昔ながらのラーメン屋といった感じで店長はこの味で120年ほど店を続けて来ているらしい。ラーメン屋で此処まで長く経営することはきっと大変なことだろう。


「悪かったな……」


「ああいや、別に変とかそういう意味じゃないんだけどさ……。でも、女子に貢いでる竜弥兄ってのも案外面白かったぜ」


「まあ実際それなりにウケてるみたいだからな……」


 そういう面もあったのだろうか、実際俺のあのゲーム配信は切り抜かれてそれなりの再生されているようだった。俺としては切り抜かれることでチャンネルが知られることにもつながることもあるから、嬉しいのだが今回ゲームがゲームなのでちょっと複雑なところはある。

 俺は店員さんからラーメンを受け取りつつ、割り箸を取り二つに割って麺を掴み口の中へと入れて行く……。


「やっぱり、此処のラーメンはあっさりしていて美味いなぁ……!私こってりも好きだけどこういうあっさりとした感じも好きなんだよな」


「その気持ち俺もよく分かるぞ」


 こってりとしたラーメンを食べていると、こういうあっさりとしたラーメンが食べたくなるものだ。あっさりと言えば、栃木県には佐野ラーメンと呼ばれるあっさりとしたラーメンがある。あのラーメンは何度か食べたことはあるがああいうクセがないのも結構好きだ。


「あー麺啜るの全然止まんねえや……。あーそういやさ、竜弥兄って……忘れられない味とかってある?」


「いきなりどうした?急に?」


 忘れられない味か……。

 確かに俺にもある。家族で食べたラーメン屋の味は今でも忘れられない。


 家族か……。結衣は元気にしているだろうか、母さんは……。


『妹……は……絶対に……』


「やめろ……その記憶を俺に流し込んでくるな……」


 俺は自分を落ち着かせる為に深呼吸をする。

 駄目だ、またあの忌々しい記憶が蘇ろうとしている。俺はあの記憶も思い出したくない記憶の一つなのだ。

 そんなに俺のことが憎いかよ……。


「竜弥兄大丈夫か?」


「あ、ああ……大丈夫だ」


 心配そうに俺の顔の覗き込む與那城を見て俺は正気に戻る。

 あのときみたいに余計な心配を掛けさせてしまうところだった。與那城は俺のことをかなり気にしていたみたいだ。これ以上心配を掛けさせてしまうのは駄目だ。


「辛いときは辛いって言えばいいか……」


 ボソッと言うように俺は言葉を発する。亜都沙、やっぱりそう簡単に言うことはできない。

 俺は器用じゃないし、誰かを頼ることなんて出来ない。誰かを頼ったりしたらきっとそのときが最後だと思っている。それは俺の命ではなく関わる人のことを……。


「與那城こそ思い出の味ってのはあるのか?」


 自分の頭の中から母親のことを遮断する為に俺は與那城の方にへと話題を変えた。

 與那城の思い出の味か、きっとジャンクフードとかなんだろうな。


「あーまあおで……あーいや私実家が旅館だったからさ……どれも似たようなものだったんだよ」


「與那城の実家が旅館ってのは初耳だな」


 思っていたような内容とは結構違い俺は少し驚ていた。となると與那城は跡取りということになるのだろうか。若女将が何故こんなところに居るのか気にはなっていたが俺は聞こうとはしなかった。


「あっやべっ……実家の話は誰にもしないつもりだったのに……」


「聞かなかったことにしといてやるから安心しろ」


 俺と似たような感じで過去のことは触れられたくないのだろう。

 その意志を尊重して俺は聞かなかったことにしようとしていた。


「いや私から話をしたんだしさ……それに竜弥兄なら聞いてもらってもいいか」


「私の実家さ、結構有名な温泉地で旅館やってるんだよ。私はそこの跡取りってことになってたんだけど……お前の好きなことをやりなさいって言われたんだよ」


「話聞いてる限りだといい親じゃないのか?」


 実家の跡取りをやらせるより自分の好きなことをやらせようとするのは俺的にはいいことなんじゃないのかと思っていた。だけど、與那城がこうやって言うってことはそれ自体に言いたいことがあるってことだよな。


「うーん……そうなのかもしれないんだけどさ……。私は今まで此処の跡取りになるって思ってたのにいきなり自分がやりたいことをやりなさいって言われたんだぜ。ムカつくだろ」


 どうやら本当にそうだったようだ。

 與那城の言い分も分からなくもなかった。自分は此処の跡取りになると考えていたのにそれが與那城からすればいきなりそんなことを言われてはい、そうですかと言えない状況だろう。


「それでこっちに引っ越してきたのか?」


「っそ……どうせなら家出してやってお金いっぱい貯めて家にぎゃふんっと言わせてやるって」


 家出してきたというのは本当のことだったのか。

 あれは流石に冗談だと思っていたが、あのときリュックも教科書全部詰め込んだような感じとはいえ荷物は入っていたみたいだしな……。


「俺が隣だってことは知ってたのか?」


「本当は知ってた、ゴミ出ししてるときに竜弥兄だって気づいてたんだよ。竜弥兄は何故か気づかなかったけどな」


 気づいていなかったのは俺だけだったか。

 千里が俺の家に出入りしていることは知らないようなのは少し良かった。與那城のことだ、出入りしていると知れば滅茶苦茶聞いて来るだろう。


「御馳走様……!とまあ私の話はこんなもんだ……!」


 與那城はラーメンをスープまで飲み干して完食していた。


「さて私の話は聞いてもらったことだし竜弥兄の話を聞かせてもらおうかな!」


「俺の話なんて面白いものはないぞ……」


 面白い話か……。

 あるにはあるか……。俺は昔聞いたことがあった怪談話をしてやった。その話はトンネルの先にこの国の憲法が通じないという村があるという話。その村に一歩でも踏み入れたら惨殺にあったり、その村に出るまで一生追いかけ回されるという。何をされるか分からない村の話をしていたら與那城の顔を青ざめていて真っ青になっていたのだ。


「竜弥兄……その話超怖かったんだけどさ。その話竜弥兄の話じゃねえじゃん!!」


「あっ……」


 言われてみればこれは俺の話ではなく、全く知らない人の話である。

 しかも、この話は古くから言われているあるトンネルの話は10割作り話なのである。ただそこで事件が起きたというのは事実だが……。


「しかも竜弥兄、怖いの苦手とか言っておきながら自分が話す時は嬉しそうにしてるしさぁ……なんかムカつくなぁ……あっそうだ。座敷童が出る旅館の話してやろうかな。それともマジでお化けが出るかもしれない廃ホテルの話してやろうかな」


「……ま、まあさっきも言ったけど俺の話なんて面白くないんだから別にいいだろ。それより食べたなら早く出よう」


 これ以上怖い話を聞かされない為にも俺は会計を済ませてラーメン屋を出るのであった。ラーメン屋を出てすぐ駅前の広場であるものがやっているのが目に入った。





「デビル君、結構幅広く活動してるんだな」


「竜弥兄、デビル君知ってるのか?」


「與那城も知ってるのか?」


 與那城は頷いた後、俺にデビル君のことを教えてくれた。

 なんでも動画サイトでも活動しており、そこでは古の動画投稿者かのようなことをしておりそこでも体を張った活動をしていてるようだ。それにしてもどうしてもそこまで体を張った活動をしているのだろうか。そこに疑問を感じていると、デビル君が退散していくようだったが與那城はデビル君のことを見つめていた。


「どうした與那城?」


「写真撮影……撮ってきてもいいかな?」


「行ってこい」


 與那城が嬉しそうにしながら歩いて行く姿を見送りながらも俺は広場前から少し離れた位置から様子を見守っていた。與那城、ああいうのは子供がハマりそうなものだとか言うのかと少し考えていたが、可愛いところもあるんだな。

 人は見た目と裏腹にというわけか……。この言葉、恭平に対して注意したときも俺は使っていたな。







「與那城……戻って来てるな」


 俺が少し待っていると與那城が俺の方に駆け寄って来ていた。かなりの人が並んでいる様子だったがもう写真撮影の方は終わったのだろうか。


「もう終わったのか、早かったな」


「あーいやそれがちょっとさ……」


 與那城は首の裏を掻きながら笑っていた。

 なにかあったのだろうか、聞き出そうとする前に與那城は言葉を続ける。


「私で最後だったみたいでさ……」


「なら良かったんじゃないのか?」


 最後の一人になれたというのは幸運なことじゃないのか?と俺が不思議そうにしていると、再び與那城は言葉を続けようとしていたがなんて答えればいいのか困っている様子だった。

 そんなとき、俺たちの方に駆け寄ってくる少年がいた。


「あ、あの……先ほどは……ありがとうございました」


 黒髪で体が細く、気弱そうな少年が與那城に話しかけていた。

 俺は状況がよく分からずにいると……。


「あー私は別に何もしてないから」


「い、いえ……でも本当に良かったんですか?れ、列を譲ってくださって……最後の一人だったんですよね……?」


 謙遜している與那城の姿を見て俺はなんとなく状況が掴めて来た。

 與那城は先着順で選ばれた最後の一人だったがこの少年に譲ったということか。


「まあまた違う機会に一緒に撮って貰えばいいだけだしさ」


「そ、その本当にありがとうございます……。なんとお礼を言ったら……あ、あの……僕がよく行く喫茶店があるんでそこでお礼をさせてくれませんか?」


「あーでも私本当に何もしてないから全然いいって……」


「い、いえ……僕の気が済まないので……」


 與那城は本当に自分は何もしてないと謙虚になっていて、少年の方はお礼がしないと気が済まないようだ。お互いがお互いに譲り合っている。この状況どう考えてもずっと譲り合い続けるだろう。


「與那城、此処は言葉に甘えてお礼してもらったどうだ?これ以上、お互いに譲り合い続けても仕方ないと思うぞ」


「うーん?まあ、竜弥兄がそういうならさ……」


 與那城は渋々了承して少年がよく行く喫茶店を案内してもらうことにした。


「あ、あの先程は本当にありがとうございます……」


「あーだからいいって、私が勝手にしたくてしたことだからさ。それより、さっき滅茶苦茶咳き込んでたけど大丈夫なのか?」


 咳き込んでいた……、彼は具合が悪いのだろうか。

 少し心配になりながらも二人の後を追いかけていた。


「その……喘息で咳が出やすいんです。気に障っていたらごめんなさい」


「そうだったのか、なんか聞いてごめんな」


「いえいえ、お気になさらないでください……」


 喘息、か……。

 喘息……?いや、これは流石に考え過ぎか。病弱なこの子が蓮司な訳がないだろうしな。





「此処です」


 中に入ると、そこは随分レトロな感じであり特に目が引かれたのはレコードプレーヤーが置かれていたり、大きな古時計が置かれていたりしていた。壁やカーペットも何処か昭和チックのものを感じさせるものばかりであった。


「随分小洒落たお店を知っているんだな」


「はい、此処は僕の知り合いのお爺さんがやっている店でして……。それでよく来ているんです」


 俺が納得しながらもメニューを開くと、どうやら此処のオススメはクリームソーダのようだ。他にはサンドイッチだったりと定番中の定番なものがオススメのようだ。折角だから俺はその二つを頼んでみることにした。


「あ、あのところで二人はどういう関係なんですか?」


「か、関係……?」


 與那城は少し困り果てていた。

 仕事仲間というには與那城の年齢的にそう捉えるのは難しいかもしれない。よくよく考えてみたら俺と與那城は五歳も歳が離れている。與那城の同意を得ているとはいえ、俺がお巡りさんのお世話になっていてもおかしくはない。

 良かった、今までお巡りさんに話しかけられることがなくて……。それと彼が居る前でまだ與那城は俺のことを竜弥兄と呼んでいない。これも幸いだっただろう。


「あー竜弥兄は私の親戚のお兄さんなんだよ」


「ああ、そうそう。與那城がこっちに来るって聞いて俺が色々と面倒を見ているんだ」


「へぇ、そうなんですね」


 もちろんこんなのは作り話ではあるが、実は会社の同期なんて言っても説明するのも大変だし、身バレに繋がるだろうからこうするのが正解だろう。


「それでえっと……名前聞いてもいいか?」


「ごめんなさいそうですね、まだ名乗っていませんでした。僕の名前は……清水アキラと申します」


 與那城が彼の名前を分からず、少し困っていると名前を聞くことにしていたようだ。丁寧に頭を軽く下げながらもアキラは自己紹介をしていた。アキラの自己紹介を聞いてから俺達も軽く自己紹介を終えたところで、與那城はあることを聞こうとしていた。


「その……アキラって喘息持ちなんだろ?その辛くなくないのか……?」


「與那城」


 俺は今の質問がどう考えてもしてはいけない発言だと分かった。

 持病を持っている人に対して辛くないのか?なんて聞くのはどうかと考えていたからだ。


「き、気にしないでください樫川さん、辛くないのかと言われたら正直辛いです。何度も……この病気のことで嫌になることの方が多かった。健康の人に比べれば運動だってするには一苦労ですから。だけど、言われたんです。諦めるのは簡単、だけど諦めたら人間は……心まで死んでしまう。挑戦できるという気持ちがあるなら……挑戦してみるべきだと……」


「そのおかげもあって僕は……今ある事業の手伝いをしてるんですけどね、内容は……ちょっと言えないですけど」


 その話をしているときのアキラは何処か嬉しそうにしていた。

 挑戦できるという気持ちがあるなら挑戦してみるべき、か……。確かにいい言葉だな。でも、この言葉俺には凄く刺さる言葉なのかもしれない。


「悪い、不用意な発言して……。アキラって本当に強いんだな」


「そ、そんなことないですよ、僕はただ挑戦する気持ちを……忘れないでいたからこそ僕は……今こうして病気に立ち向かいながらも……歩けているだけです」


 一度は諦めかけたからこそ、強くなることが出来た。

 きっとそうなんだろう。そして、病気と向き合うことが出来たからこそアキラは本当の意味で強くなれたのかもしれない。もし、本当の意味での強さというものがあるのだとしたら彼のようなものを言うのかもしれない。


 だけど……。

 立ち向かう、か……。俺もいつかは自分と立ち向かわなければいけないときが来るのだろうか。





「じゃあな、アキラ……!また会おうな!!」


「は、はい……!與那城さんも樫川さんもまた……!」


 アキラは俺達に笑顔で大きく手を振っていた。

 清水アキラ、偶然の出会いとはいえ本当の強さと言うものを教えてくれる人間だったのかもしれない。それを証拠に與那城は何かを決意したのか拳を強く握り締めていた。


「竜弥兄、私さちょっと思ったんだ。私の考える強さって言うのはお金とか名声とかそんなもんだと思ってた。だけど本当は違うんだな……」




「本当の強さってさ、アキラみたいなことを言うんだろうなってさ……」


「そうだな」


「……って、竜弥兄なんで私の頭撫でてるんだよ」


 俺は與那城の頭の上に手を置いて撫でていると、與那城は少し顔を赤くしていた。


「今日は偉かったな」


「ベ、別にただ……その後味が悪くなるのも嫌だからアキラに譲っただけだし……。そ、そんな褒められるようなことなんかしてないって……」


 與那城は俺の方を見ずに、そっぽを向いて「なんだよ、子ども扱いして」と少し困っている様子もあった為、手を放すと少し名残り惜しそうにされていると、俺のスマホから着信音が鳴っていた。


「ん?電話が鳴ってるな……俺か?」


 自分の携帯を確認すると、そこには澤原さんと書かれていた。


『澤原だ、急ですまないが事務所に来てくれないか?』


 隣にいる與那城が「私も私も」と言っているのが聞こえてくる。

 自己主張が激しい與那城を余所に澤原さんとの電話を続けている。


「わかりました、與那城も構いませんか?」


 一緒に行きたくて仕方ないであろう與那城の気持ちは汲み取った俺は與那城も連れて行っていいかと確認を取ると、『構わない』と了承を貰って俺は與那城と軽く拳を合わせていた。


「さて行くか……事務所」


「だな竜弥兄……!」


 與那城、出会った頃はただの家出少女だったのかもしれない。

 ただ家を出たくて出たくてわざわざ引っ越して来て家にぎゃふんっと言わせるためにと……。だけど、今日アキラと出会って與那城の中で何かが変わったのかもしれない。だけど、俺は與那城のことであることが気になっていた。


『うーん……そうなのかもしれないんだけどさ……。私は今まで此処の跡取りになるって思ってたのにいきなり自分がやりたいことをやりなさいって言われたんだぜ。ムカつくだろ』


 あの言葉、俺は與那城側からの認識からしか知らない。

 本当のところどうなのかは分からない。なにより與那城は俺に本当のことを喋ってはいないのではないのか。大きな歯車となるなにかを喋ってはいないのだろうかと、疑問になっていたのだ。




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