第8話 賭ける思い

『絶対に竜弥の傍を離れたりしないから……!』


 あの言葉が俺の頭の中で離れようとしない。

 寝ようと思っても体が目覚めてるから寝ようとするなと伝えてきている。


 やっぱり……あれは……。

 いや、でもそんなことがあるんだろうか。俺はあいつと二年も口を揃えなかったんだ。そんな最低な奴のことなんかもう忘れて自分の道を歩もうとするはずだろ。彼氏だっていてもおかしくないだろ。


「情けないな俺」


 ベッドの上から天井を掴むようにして手をあげていた。自分で彼氏だの自分の道を進もうとしているだの……。どんだけ未練タラタラなんだ。でも前に言ってたっけ。俺だからVに誘ったって……。


 だとしたら、だとしたら……。





「思春期の子供か俺は……」


 寝よう、寝ていっそ忘れてしまおう。

 眠れるか分からないけど……。寝るしかないだろう。





「駄目だ……頭から離れねえ……」


 悪夢にうなされながらも寝て起きていた。寝て起きてすぐに俺は椅子に座っていた。何故ならコラボ配信前の準備をしなくてはならなかったからだ。通話アプリを見れば既に奏多は集まっているようだった。

 ゲームをしていればきっと気を紛れて千里の言葉なんて忘れるか。


「全然駄目だ」


 ゲームをしていれば気も紛れるなんて言うのは俺のただの勘違いであった。

 頭の中でずっと千里の言葉があり、俺はそれが気がかりとなっていた。


「どうかしたロウガ?今日はなんか動きが硬いけど」


「あーいや……」


 メアも通話に入り、俺達はコラボ配信前に少しだけ一緒にゲームをしていたが俺の判断ミスで死ぬことが多かったんだろう。それは俺も気づいていたし、直すべきだというのは分かっていたが頭の中から千里の言葉が切り離せないでいた。


「ロウガ君、体調悪い?」


「体調は悪くないんだ……だけどうーんなんて言えばいいだろうか……」


 直球で恋の……あれ?これって恋の悩みなのか……。

 そもそも俺って千里に恋は……していたことは間違いないんだよな。





「私分かっちゃった!もしかして……異性関係!?」


 このお嬢様っぽい声を出しているのは何故か俺のチームの通話に入っている夏川玲菜という女性だった。見た目は子供でありながら王族の一人娘ということで跡取りらしい。

 因みに普段からしている配信はお嬢様っぽくなく全私グランプリレースといい音だけひたすらずっと配信し続けていたり、鈴虫の鳴き真似を二時間ぐらいやったりとかなり頭のネジが外れた配信をしている。

 そして、何故彼女が俺のチームの通話に来ているのかと言うと彼女は俺たちのことをライバル視しているようで度々俺たちの通話に乗り込みにきているのだ。その度、奏多と言い合いしているのだ。あるときは戦争になりかねないたけのこ、きのこ戦争をし始めてコメント欄が大いに盛り上がってしまっていたのだ。


 そんな彼女は今日も今日とて俺たちの配信前に来ていた。


「えっロウガ……彼女居たのかい?」


 その話に奏多まで乗っかってきていた。

 奏多の場合面白がってってよりただ興味本位と言った感じの様子であった。


「もしかして本当に異性絡みなの?」


 興味を持ったのかメアまで俺のことを聞いてくる。

 違うと断言すればいいのに、俺は言うことができなかった。何も言えずにいると、通話先から物を倒す音が聞こえていた。





「推しが彼女と同棲!?」


 物も倒したような音が聞こえてきて、奏多の方からの音声が途絶え始める。

 一旦通話からも抜けたようでかなり驚いている様子であった。今推しが彼女と同棲とか言ってたけど、奏多の奴そこまで俺に入れ込んでたのか……。


「マジで!?ロウガに彼女いるの!?初デート何処!?いつから付き合ってるの!?相手はどんな子!?まさかこんな場所で恋バナを聞けるなんて思わなかった!!」


 俺は玲菜のマシンガンばりの質問責めに驚きを隠せないでいた。人ってこんなにも他人の恋愛関係が気になるのか、嘘だろ……?


「いや、別に付き合ってるとは……」


「付き合ってなくてもそういう関係だってことよね!?」


 玲菜はは俺が彼女居るということに夢中になっており気持ちがかなり高ぶっているようであった。

 その感情は抑えられそうにもないようでメアが止めようとしていたが……。


「れ、玲菜……ロウガ君困ってるから……」


「だけどこれは黙っていられない話よ……やばい私過呼吸になってきたかも……!もっとそういう話聞かせなさいよ!!」


 まずい玲菜の勢いが止まらない。

 俺のせいとはいえ、メアも少し引いてるようだし此処はなんとか落ち着かせないと……。






「ええ加減にせえよ……!ロウガも困ってるやろ!?」





さいぜんさっきから自分がロウガにやくたい迷惑掛けてるって言うのが分かれへんのか!!」





 俺の耳から聞き覚えのないような声が聞こえていた。これが配信前だったから良かったかもしれない。俺は自分の通話ツールを確認するが、居るのは俺含めて四人であった。

 そして、先ほどまで喋っていたのは……。



「ご、ごめん……ロウガ君。流石に黙ってられなくて……」


 俺は若干困惑しながらもメアの言葉を聞いていた。

 メアは「あはは」と小さく笑いながらも俺はそれに「ありがとう」と返していた。俺のお礼の言葉に「ええよ」と返しているのも聞こえていた。



 ああ、なるほど……。そういうことか……。

 先ほどまでの京都訛りっぽい方言間違いない。これがメアの本当の姿なのか。


「三人共驚いたよね……」


「いや、いいんじゃないのか……ギャップがあって」


「そ、そうかな……配信でも方言出さないから三人共怖がらせてないか心配だったんだけど……」


 「俺は大丈夫だけど……」と一応フォローしながらも玲菜が縮こまってないか確認しようとしていたが、マイクにぶつかるような音が入ってきた。




「すいませんでした!!」


 マイクの前で土下座でもしているのか、またマイクに当たるような音が聞こえてきていた。

 その声は覇気があり、とても先ほどまで萎縮している様子ではなさそうだった。とりあえず、メアを怖っているような感じはなさそうだ。良かったと安心していると、玲菜が言葉を続ける。


「人様の恋バナに盛り上がるあまり迷惑をお掛けしたことを此処に謝罪し、隷属の契約をロウガ様とさせていただきませんでしょうか!?でもその……痛いのだけは許してください!!」


「いや俺別に怒ってないから……奏多は大丈夫か?」


 机に手を置いたような音が聞こえてくる。

 奏多は息切れしながらも立ち上がる力を取り戻したようだ。


「やったあああ!推しに彼女が居る!!めっちゃ嬉しいいいい!!!これで恋愛弱者とか言われなくなる!!!」


 飛び跳ねているような音も聞こえてきていて、俺は少し困惑していた。

 というか今さらっと俺のこと恋愛弱者とか言ってなかったか……。


「勘違いしているところ悪いけど、俺は別に付き合ってるなんて言ってないぞ」


「今までの会話全部違うって言ってなかったのに?」


 玲菜がニヤニヤしてそうな感じで言っているのが聞こえてくる。

 考えてみれば俺の家を突き止めてご飯まで作りに来ている。あれこれって間違いなく彼女だよな……。


「ロウガ黙り込んじゃったよ玲菜」


「どうやら図星みたいだね」


「う、うるさい……!だからちさ……あいつとはそういう関係じゃない!!」


 思わず椅子から立ち上がり大きな声を張り上げてしまう。

 こんなことをするから付き合ってるなんて言われることを俺は全く理解していなかったのだろう。


「ロウガ君の言う通りだよ、本人が否定してるんだからさ。特に玲菜はやり過ぎ……」


「は、はい、それに関しては言い返せません……この度は申し訳ありませんでした」


 もう一度マイクに思いっきり頭をぶつける音が入って来る。玲菜は通話を切り、俺達の通話から居なくなる。結局、俺は千里と付き合っていることを否定できなかった。






 次の日……。

 俺は與那城に昼飯が食べたいから一緒に食べようと誘われてファミレスに来ていたが、その日も何処か上の空になっていた。


「なぁ、竜弥兄なんか様子おかしくないか?」


 俺の様子がおかしいのに気づいたのか、與那城は届いたハンバーグステーキをナイフで切り、フォークで刺してから口の中に入れて嬉しそうにしながら食べているを見て俺は少しほっこりとしていた。因みに俺は適当にペペロンチーノを頼んでいた。

 こう見ると與那城もやっぱりただの高校生だよな。


「笑わないでくれよ」


 絶対に笑われる自信しかなかったが俺は與那城に全てを話した。

 千里に優勝して欲しいと言われたこと、絶対にもう離さないと言われたこと。それら全てを吐き出すと若干ではあるがスッキリしたような気分になっていた。

 やはり何事も吐き出すということは大事なのかもしれない。


「っぷ、そんなことで悩んでたのかよ竜弥兄って案外情けねえんだな」


 與那城は口の中に目玉焼きを入れて呑み込んだ後に、再び笑いながら言う。


「情けなくて悪かったな……」


 案の定、笑われてしまったが悪い気はしていなかった。

 どうせこうなるだろうと分かっていたからこそムスっとするようなこともなかったのかもしれない。まあ與那城ならそうしてくるってのも理解してたからな。もっとも、俺が今相談しようとしていたことはちょっとしょうもないことだったのかもしれないが……。


「あーごめん笑って……でもさ正直それ捉えようによってはプロポーズみたいなもんじゃないのか?」


「あ、ああ……まあ確かに言われてみればそうなんだが……」


 確かに言われてみればもう二度と離さないという言葉はプロポーズに捉えることも出来るかもしれない。だからこそ俺の頭を悩ませるものとなっていたのだろう。実際、その言葉を言われたその日はずっとそのことしか考えられないほど頭の中はド煩悩だらけになっていたのだから。


「でも私は竜弥兄と千里ならお似合いだと思うぜ?」


「そういう話をしたかった訳じゃないんだがな……」


 でも高校時代も似たようなことを香織に言われたことがあった気がする。千里と俺は結構お似合いだと他のバンドメンバーもそのことをよく揶揄ってきていた気がするし……。


「でもその話、私にはそんな気にする話題なのかよく分からないけどな……。だって二年ぶりに再会できた親友同士がこうやってまた話をすることが出来て同じ仕事してるんだぜ?竜弥兄と千里の関係は知らないけど、普通嬉しくなっちゃうもんじゃないのか?」


 與那城は俺と千里の関係を知らないのは仕方のないことだ。千里もあのことを喋るつもりはないだろうしな……。だけど、正直與那城の言っていることは正しいのかもしれない。俺はあのときのことに囚われすぎているのかもしれない。

 千里だって、あのときのことを忘れようと必死に頑張っているのだろう。だからああして俺の痛みを和らげたいと言う気持ちを伝えようとしたのだろう。


『もう楽になってもいいんじゃないのかな』


 天使のささやきに近いその言葉は俺のことを突き動かそうとしていた。

 そうだよな、あのときからもう二年も経っているんだ。俺だって少しぐらい前を向いて歩いたっていいんだよな……。俺は次第に自分でも分かってしまうぐらい頬を緩ませていたような気がしていた。


「そうか、ありがとうな……與那城」


「ん?ああ、まあ私は何も言ってないんだけどな」


 與那城の言う通りだ、俺と千里は二年間会っていなかったんだ。

 千里は俺に二年ぶりに会えて嬉しかっただろうし、俺も二年ぶりに千里に会えて正直嬉しかった。だからこの気持ちに従っていいんだ。俺は自分を納得させようと必死になっていた。


「それにしても竜弥兄ってその……昔私がよく見ていたゲーム実況者にそっくりなんだよな」


「へぇ、それって誰なんだ?」





「知ってるかな?坦々って言うゲーム実況者なんだけどさ」


 俺は飲んでいた飲み物を咽そうになっていたが、なんとか堪えていた。

 世間というものは狭いようだ。まさか自分のことを知っている人間がそんなにいるとは思っていなかったからだ。確かに俺は若手ゲーム実況者の中では期待されていたほうだが知っている人は知っているみたいな感じの奴だったからそんなに知られていないと思っていた。


「へぇ……どんなゲーム実況者だったんだ?」


 そういえば、前にもこんなことがあった気がする。

 その日はゲーム配信をしていたが俺のことなんて他の人は知らないでしょみたいな話をしていたときに友人が坦々さんのこと知っていますよと話している子が滅茶苦茶多かった気がする。俺はSNSの口コミや視聴者の子がこのゲーム実況者さん感じいいというのを広めたりして登録者数や再生回数が増えたりしていたから割と知られていたのかもしれない。


「視聴者の言ったことを根本からは否定しない人だったかな……。間違ってたことを言っても相手の気持ちを汲み取ってからそれはこうだからダメなんだよと修正してくれるし、面倒見のいい気の兄ちゃんって感じだったな」


 実際視聴者からもそんなふうなことを言われたことがあった気がする。

 友人のお兄ちゃんと話しているみたいで楽しいと言われたこともあった。"友人"という括りで見られるのが嫌だというゲーム実況者が多くいたのは知っていたけど俺はそれを悪い気はしていなかった。

 まあ俺が友人少なかったというのもあるのかもしれないけど。


「それでその坦々っていう人が俺と似てるのか?」


「だって竜弥兄、私が間違ったことを言ってもちゃんと私の気持ちに寄り添ってからこうだよって言ってくれるじゃん」


 日頃から坦々を意識したことはないが、どうやら與那城の前ではそういうふうに見えてしまっているらしい。よく考えてみれば初めて與那城を見かけたときもそう言う相手の気持ちを汲み取ってという行動をしていたのかもしれない。

 少し出過ぎた真似だったのかもしれないけど、やはりあのまま帰るなんてことは俺には出来なかっただろう。


「だけどまあ、流石に竜弥兄が坦々だっていうのは考え過ぎだよな……。流石にまさか目の前に坦々さんがいるわけないんだし」


 それが目の前にいるのが坦々だったりするんだよな……。

 全く世の中は本当に狭いものだ。高校時代の俺だったら與那城のバッグの中にサインを忍ばせるぐらいやっていたかもしれない。例えで言った発言だが、俺はこれを本当に実行したことがあるし、それを親友である香織に「ゲーム実況者が身バレするようなことするな」と散々怒られた。

 正直俺はあのときのことを後悔なんてしていない。俺がやりたくてやったことだからな。


「恭平……元気にしているだろうか」





 その後、俺は與那城と別れて解散となった。

 最後に與那城もまた千里同様にこんなことを言っていた。


「竜弥兄なら絶対優勝できるから私信じてるよ!!」


 根拠がないなんていうのは簡単なことかもしれなかった。

 だけど同期である與那城に言われて少し嬉しくなっていた自分がいたのもまた事実であった。






「……俺だ」


 俺は奏多とメアに電話をかけていた。

 奏多とは個人的にかなり仲良くなり、Rineまで教えてもらうほどの仲になったのだ。そんな俺が奏多に電話をかけていたのは謝罪しようと思っていたからだ。もちろん、それはメア含めてだ。


「この前のことだけど、俺が悪かった。俺が惚気ているばかりに二人の練習が疎かになってしまって……」


「大丈夫だよロウガ君、それより元気になった?」


 メアはあのときのことをあまり気にしていないのか俺に普通に接してくれていた。

 メアとしてはこの前のことは自分の本当の姿を見せたこともあって少しアレなところもあったのかもしれないと考えていたのだが俺の考え過ぎだったのかもしれない。


「その……この前は俺の為に怒ってくれてありがとうな」


「それはええよと言ったでしょ?私も玲菜がしつこかったからちゃんと怒らなきゃ駄目だと思っただけだから」


 どうやらいらない心配だったようだ。

 俺が少しホッとした後、言葉を発し始める。


「みんな多分、それぞれこの大会に向けて色々準備していたと思うんだ。メアだってこの大会で自分がゲームをしているときに口が悪くなるのを直したいとか、奏多だったらこの大会を通してプロゲーマーになる第一歩にしようとしている。それなのに俺は……」


「ロウガ、そこまで言う必要はないから」


 俺が反省していると、その言葉を奏多が止めようとしていた。

 メアだって奏多だってこの大会に賭ける思いというものは存在するはず。それなのに、俺だけがああいうことに悩まされていた。今に考えてみればかなり情けないことなのかもしれない。自虐的に笑ってしまいそうにもなっていた。


「多分俺が尊敬してる人ならこういうと思う。俺が今言いたいのは絶対にこのチームで優勝しよう。それだけだよロウガ、それにロウガだってこの大会に賭ける思いがないわけじゃないでしょ?」


 その言葉はまるでかつての俺が言っていたような言葉にすら聞こえていた。古い鏡でも見せられているような気分だ。そういえば、奏多は今でもあるゲーム実況者のことを尊敬していると言っているのを聞いたことがある。

 そのゲーム実況者は2年前に……。


「気のせいだよな……?」


 二年前といえばちょうど俺がゲーム実況をやめた頃だ。

 あの言葉といい何か偶然に思えない。もしかして奏多が尊敬しているゲーム実況者は……。


「ロウガ君……?」


 俺が黙り込んでいることを心配したのかメアが声を掛けていた。

 流石にそれはないか……。そこまで世間が狭いわけがない。

 俺は自分の中の気の迷いを落ち着かせるために頰を叩いて気を引き締める。


「ごめん、ああ……俺だって同期にこの大会に絶対優勝してきてねって言われたよ。だから背負うものなら俺にだってある。だからこの大会……」





「絶対に優勝しよう」


 余計なことを考えるのはやめよう。今は目の前のことに集中するべきだ。俺は千里だけではない、與那城からも絶対に負けないでと言われたんだ。

 この大会、俺にだって賭ける思いというものはある。同期から貰った応援、それを胸にこの大会に挑むつもりだ。どんな奴が敵だろうが関係ない、俺は勝つという意志だけをこの大会に向けようとしていた。

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