第4話 条件

 樫川竜弥、合格……。

 その文字をみたとき、俺は自分のこの目を疑った。あの面接の内容でまさか合格できるとは思わなかったからだ。でも、この合格はある意味好機だろう。俺が人間に成りえる機会で尚且つ、新しい仮面を手に入れるのだから……。





『神無月 ロウガ』


 それが俺の新しい仮面だ。

 Vというのは色んな種族がいるとは聞いていた。だから、獣人やらそんなものになるのを期待していたがまさか本当に獣人になるとはな……。だけど、こういうちゃんとRPがあるそうなものの俺はやりやすい。

 それに楽しいしな……。何かを演じるというのは……。







「失礼します、樫川竜弥です……」


 今日はアイオライト二期生の顔合わせをやると聞いた俺は事務所に来ていた。そこに入ると、居たのは見覚えのある顔だった。立って待っていたのは金髪のボブへアーの少女であった。





「與那城……?」


「えっ……ああ!竜弥さん!?」


 俺は驚いていた。

 また何処かで会えるような気がしていたが、まさかこんな形で再会するとは思わなかった。俺は驚きのあまり開いた口がそのままになっていたのだ。


「まさかこんな形で再会するなんてな、元気にしてたか?竜弥さん」


「元気にしてたよ。與那城が此処にいるっていうことはそういうことだよな?」


「ああ、私もアイオライト二期生の一人だぜ?竜弥さんも此処にいるっていうことはそうなんだよな?」


 念のため、一応聞いてみたがまさか本当に二期生の一人だとは驚きだ。

 與那城とはスマホを探して以来、連絡はかなり取っていた。決まって話をするのはゲームの話でこの新作ゲーム買ったとか、あのスマホゲームもうプレイしたとかそんな話ばかりしていたのだ。與那城もゲームが好きということもあって話はかなり合っていたのだ。


「ああ、そうだ俺もアイオライト二期生だよ。名前は神無月ロウガ」


「へぇ……意外とかっけえ名前なんだな。私は獅童レイ」


 後で彼女の自己紹介を調べたところ、元気が取り柄なライオンの獣人と書かれていた。

 なるほど、喧嘩したら俺は顔面からがぶっと食われるな……。


「というか竜弥さん狼なんだな……。じゃあ私のごちそうだな」


「……いきなり同期を食べようとしてくるなんて驚いたな」


「ふふっ、精々夜道は気を付けることだな竜弥さん」





「あ、あの……二人共アタシも会話に混ざってもいい……?」


 再び聞き覚えがある声が聞こえてくる。

 俺は後ろを振り向いて見てみてると、そこには話に混ざれないで困っている千里の姿があった。


「あっ、悪い……!三人目の人か!?私は與那城静音、よろしくな!」


「綾川千里、よろしく静音……!」


 千里は気さくな笑顔で静音の手を取って握手をしていた。

 静音は気さくなやつだし千里も明るい奴だから二人共気が合うだろう。俺は少し頰を緩ませながら二人の握手を見ていた。


「ねえ静音ってもしかして高校生……?」


「ん?ああそうだぜ、私は15歳の高校生だぜ」


「15……!?」


 俺も千里も声を揃えて驚いてしまっていた。

 見た感じ俺はてっきり18歳ぐらいだと思っていた。


「15って……アタシはてっきり18歳ぐらいだと思ってたよ……」


「なんだ二人共驚いているのか?でもまあ無理もないか……。まさか高校生になりたての奴がVtuberになるとは思ってなかっただろ?」


「よ、よく親許してくれたね?ダメって言われなかったの?」





「ーん、まあ色々あってな……。許してくれたよ」


「……?」


 気のせいかもしれないけど少しだけ様子がおかしかったな。

 まさかだとは思うが、親から許しをもらってないのか……。だとしたら、それってかなりやばいことなんじゃないのか……?





「與那城、まさかだとは思うが……」


 俺が親から許しをもらってないんじゃないのかと言おうとしたとき、扉が開いたような音が聞こえてきた。そこに立っていたのは澤原さんだった。





「澤原さん……?」


「取り込み中だったか……?」


「あっ、いえ……今じゃなくてもいいことなんで大丈夫です……」


 與那城のことも気になるけど、今は澤原さんが此処に来たと言うことは何か話があるのだろう。後回しにしてもいいか……。多少気になるが……。


「そうか、ならば三人に伝えたいことがあってな……」


 澤原さんは俺たちに用紙を配り始めていた。

 俺はその用紙に目を向けると、目を疑うようなことが書かれていた。千里が心配して俺の用紙を見るのであった……。






「ちょ、ちょっと待ってください……!これ本気ですか!?」


 真っ先に抗議の声を出したのは千里であった。

 千里は澤原さんに食ってかかりそうなほどの声を向けていた。


「悪いが樫川竜弥、この条件……。キミだけは少し厳しくさせてもらった。同期とのコラボは禁止……。同時接続1000を越えなければコラボは解禁できない」


 正直この条件を読んだとき自分の目を疑った。

 同期と言うのは本来であれば、横の繋がり……。それらと繋がりがなければ、不仲と思われることが多いはずだ。なのに、何故そんな不利益になるようなことを……?下手をすれば、視聴者を不安にさせる要因にもなり得るかもしれないというのに……。


 だけどこの条件……。俄然燃えて来たと言ったところだろうか……。

 あの少年が言っていた人々を楽しませられる配信というのをやるにはこれぐらいの条件がないときついもんだ。


「分かりました。でしたら、俺はその条件やり遂げて見せます」


「そうか、では期待している。自分からは以上だ、失礼する」


 澤原さんが帰る際、與那城が自分の下瞼を下げて舌を出そうとしていた為俺が「やめろ」と言いながら頭を掴んでいた。


「竜弥さん悔しくないのかよ!?私たち以上にきつい縛り付けられて……」


「落ち着け、與那城……まだ何もかもダメだって決まったわけじゃないだろ?」


「でもよ……!」


 與那城はまだなにか言いたげなのか、拳を強く握り締めていた。


「竜弥、悪いけどアタシも辞めた方がいいと思うよ。アタシは……正直趣味で歌い手やってたけど同接1000を超えるのはかなり難しいはずだよ」


「ああ、それは分かってるよ。それに俺は……もう三年も活動してないゲーム実況者だ。だからブランクもある。正直難しい話かもしれない。それでもやるしかないんだろ?」


「なんでそこまでして……」


「俺は決めたんだ。俺の配信で一人でも多く楽しめませたいって……」


 俺は正直千里に誘われた人間だ。

 それでも、俺の配信で多くの人間を楽しませることができるなら俺はそれを実行したい。


「どうして……」


「與那城俺はさ……、ゲーム実況者やってた頃俺のファンだって子と偶々鉢合わせしたことがあったんだ。俺は当然自分がゲーム実況者だってことを隠そうとしていた。でも、その子が俺のことを好きだと言ってくれたのは聞いて我慢できなくなって鞄の中にサインを忍び入れたことがあったんだ。それに気づいたその子は、俺に多くの人を楽しませる配信をしてねって言われたんだ」


 あの頃からだろう。俺が明確な目標を持ってゲーム実況者を始めるようになったのは……。

 元々は妹に勧められて成り行きで始めたものだった。そこに形を生み出してくれたのが少年…明だった。


「そう……だったのか……。お兄さんも理由があって決めたのなら私はもう何も言わないけどよ……」


 でも俺は目標を出来たと言うのに逃げてしまった。





『違うよ……先に進むことを選んだんだよ』


 そんな悪魔の囁きに近い声が聞こえてくる。

 先に進むことを選んだか……。違うだろ、逃げたくて逃げただけだ。


「竜弥、本当にいいの?今からでも条件緩くしてもらっても……」


「大丈夫だ千里、それより親睦を深めてカラオケでも行くか?」


「……アタシはいいけど静音はどうする?」


「私も別にいいけどよ……」


 それから俺たちは事務所を出て、カラオケ屋へと向かった。




「あの人なんか感じ悪くて嫌いだな」


「澤原さんのこと?」


「っそ……竜弥兄にだけあんな厳しくしなくたっていいのに」


「その竜弥兄って呼び方やめてくれ……」


 カラオケ屋に来てそれぞれ適当に荷物を置きながら、與那城はまだ澤原さんに不服そうであった。


「千里ぉ……竜弥兄が冷たい!」

 

 與那城が千里に飛びついてそのまま千里がソファーの上で與那城の頭を「よしよし」と撫でていた。


「ごめんね静音……竜弥には本当の妹が居るんだ」


 妹の話をされて俺は妹……いや結衣のことを少し思い出していた。

 高校を卒業してからというものの俺は家族でもある結衣とも連絡をすることはなかった。


「え?そうだったのか?どうりでお兄ちゃんって感じがしてたけど……」


 それはきっと俺の中で……あることを心の中で決めていたからだ。


「そんなするか?その……お兄ちゃんオーラって奴……」


 二人に一瞬俺に現れた、モヤモヤの気持ちを見せないようにしながらも二人の方を向いた。

 俺は少し困惑しながらも與那城と千里の方を見る。すると、二人で顔を見合って笑い合っていた。


「なんとなくだけどするんだよな、竜弥兄って……」


「だからその竜弥兄って呼び方を……まあいいか……二人共歌うか?」


「採点バトルする?」


「千里に勝てる気しねえよ……普通に歌わないか」


 一番最初に歌い始めたのは千里からだった。

 そういえばこの曲に関しては千里はかなり尊敬していると言っていた気がする。曲というより作者と言った方がいいのかもしれないけど、当時は千里とほぼ同じ歳ぐらいの子が作った曲だったのもあって親近感が湧いたらしい。


「やっぱり安定して……ん?」


 しかし、歌っているのを聞いて違和感を感じていたのだ。


 違和感を感じたのは歌声そのものだった。かなり高い声でサビに入る曲の為、入るのがそもそもキツいというのような問題でもない。何処か無理矢理して腹から声を出しているような気がしていたのだ。俺はそれを自分の中で気のせいだろと言う気持ちがあったがどうしても気になって仕方なかったのだ。







 だけどそれ以上に俺は千里の歌声に魅了されていた。

 歌に魔法なんてものがあるのかは分からない。だけどこれだけは言える。きっと千里にはそういう魔法みたいな力が備わっているのだと……。何故なら俺は千里のことを今カッコいいと思えているからだ。


「気のせいだよな……」


 俺は自分で自分を納得させるために思っていた気持ちを飲み込んで吐き捨てたのだ。

 きっと俺が千里の生歌をちゃんと聞いたのはこれが久々だからちょっと違和感を感じただけなのだろうと……。


「千里、相変わらず上手いな」


 結局俺がその言葉を口にすることはなかった。

 俺は何事もなかったようにカラオケを楽しむことに専念していた。


「そうかな?でもそう言ってくれて嬉しいよ竜弥」


 千里と居ると俺はやはり何処か安心する。

 これに甘えてしまう自分が死ぬほど嫌いだけど俺は少しでも千里との今を大事にしたいと思っている。

 あのとき、俺は最悪な形で別れてしまったから。


『甘えてもいいんじゃないかな……』


 ああ、そうだよな……。

 折角親友とまた出会えたんだ。甘えても……罰は当たらないだろう。




「竜弥兄、次だぞ」



「期待してるね竜弥」





「えっ?ああ……!」


 二人の真っ直ぐの笑顔が向けられる。

 俺はその笑顔が少しばかり嬉しくなりながらも歌い始めるのであった……。

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