第3話 家出少女

 二次面接の帰り道、俺は今にも紙を丸めてくしゃくしゃになりそうなぐらい不貞腐れそうになっていた。何度も何度も頭を掻きむしり少しばかり苛ついてるような気がしていた。





『お前が人となりを得ることはない。お前はいつまでも自分になることは出来ない。誇れるような人間になることもできない。それは何故か教えてやろうか?』


『虚構という名の仮面に縋るだけの奴には……特にな』




「るっせぇな……」


 多少の苛つきが頭の中で聞こえてきた声のせいで更なるイライラへとなっていた。俺はその苛つきに向き合おうとはせず、ベンチの上で寝そべろうとしていた。







『……てくれ!俺は……を殺さねえと……気が済まねえんだ……!!』


 真っ白の空間のなか、あのときの記憶が今でも覚えている。

 その二、三日前には自分は死んでいてもおかしくないぐらいのことが起きていたはずだというのに俺はそんなことを気にせず"殺意"ばかり目を向けていた。

 それは何故か……。俺にとって"あれ"だけは許せなかったからだ。


「またこの夢か……」


 寝ようと思った矢先にあの悪夢を見てしまうとは今日はかなり運が悪いようだ。


「なぁ、お兄さん……アンタ大丈夫か?」


 悪夢を見たことに溜め息を吐いているとピンク色のボブヘアーの少女がこちらを心配そうに見ていた。


「悪いな……嫌な気分になったろ……」


「いや……私は気にしてねえけどさ……お兄さんどっか具合悪いなら今すぐに病院行った方がいいぜ?」


「いや……大丈夫だ……本当にありがとうな」


 俺は彼女にお礼を言うと、彼女の服装が少し気になっていた。

 色々入ってそうなリュックに、制服を着ている感じ学生なのだろう。携帯を確認すると、既に時間は21時を過ぎていた。


「なんだよ?人のことジロジロ見て……」


「学生なのか?もう夜遅いし帰ったらどうだ?」


「さっきまで魘されて暴れてた人にはぜってぇ言われたくない台詞だな、そもそもお兄さんが今にもヤバそうだったから見ててやったんだぜ?」


 


「親と喧嘩でもしたのか?」


 少女は俺の隣に座りながら口を閉ざす。

 何か小さく言ってるようだが、俺の耳には聞こえなかった。


「別に……そんなんじゃねえし……。ただその……ちょっと悩みがあるんだけどよ……」


「悩みって……?」


「……お兄さんって余計なことに首突っ込んで損するタイプだろ」


 少女は怪訝そうな顔をしながら俺のことを見つめてくる。

 実際俺は損するタイプなのは間違い無いのかもしれない。

 余計なことに首を突っ込んで損をしてしまうことは多い気がするからだ。


「魘されてる俺をずっと見ててくれてた奴が言うことか?それ」


「私はほら……まあ暇だしこの通り家出少女だから」


「家出の割には少ない荷物だな」


 家出少女という言葉に疑問を感じて俺は言葉を投げかける。

 教科書全部積み込みましたってぐらいの量はあるけどそれでも家出少女って感じの荷物の量ではないな。それか、最近の家出少女ってのはこのぐらいの量が基本なのか……?


「どうした?」


 何も言わなくなりただ空を見上げている少女。

 そして溜め息を吐いてから俺の顔を真っ直ぐに見てくる。





「ゲームが好きな女子高生って変?」





「別に変じゃないだろ」


 俺は率直な意見を述べた。


「変だよ、周りの女子はファッションとかネイルとかそういうオシャレとかに興味を持つのに私が好きなのはゲームだぜ?」


「なるほどな……誰かに言われたのか変だって……」


「別にそれは、なんだっていいだろ」


「まあ、それもそうか……」


 年頃の子が考えそうなことだ。

 周りはおしゃれに興味を持っているのに自分は全く別方向のものに興味を持っている。それのせいで自分の好きなものを否定したくなってしまうことがある。


 よくある話だ。

 それに俺にも分からなくもない話だったからだ。


「名前は?」


「與那城 静音」


「いいかよく聞け、與那城……。趣味にハマれるってのはな……」




「かっこいいことなんだよ」


「かっこいい……?」


 かっこいい、という言葉に強く反応する與那城。

 俺のことを顔を覗き込むようにして見つめておりその言葉に食らいついていた。


「趣味ってのは要は一芸みたいなもんだ。何かを好きになるっていうことは極めることに繋がるだろうし、熱中したくもなると思う。だからそうやって趣味っていうものにハマれるっていうのは俺はすげえかっけえと思うんだよ。もちろん、熱中し過ぎるのも良くない時はあるけどな」


「だからもう一度聞くぞ、ゲームは好きか?」


「ああ、好きだよ。ゲームは……本当に好きさ」


 與那城から素直な言葉が出ていた。


「ならその気持ちは大事にしろ……誰に何を言われたとかは気にするな……」


「……あんがとな、お兄さん。まさか出会って……すぐの人にこんなことを言われるとは思わなかったけどさ」


 確かに言われてみれば会ってすぐの人にこんなことを言われるとは思わなかっただろう。俺もまさかこんなことを言うことになるなんて思わなかった……。


「だろうな……。でも、さっきも言ったけど熱中し過ぎて勉強忘れたとか悲惨だからな?」


「分かってる分かってるよ……多分な」


「本当に分かってるのか……?」


 與那城が足をぶらぶらさせながら俺に苦笑いを見せている。

 この感じ、絶対に分かってない感じだ。


「大丈夫大丈夫、分かってるって……。熱中し過ぎないことを忘れないようにすればいいんだろって……!」


 やはり何処か俺の言っていることを若干理解していない様子だが、まあ元気になってくれたのならそれでいいかと俺は少し頬を緩ませていた。


「で帰ってくれるのか?」


「いーやまだ私は帰らないぜ?お兄さんゲームに色々と詳しそうだしさ……あれ……?」


「どうしたんだ?家の鍵でも……忘れたのか?」



「いや家の鍵じゃないんだけどさ……スマホがさ……」


 與那城はポケットの中に手を突っ込んだり鞄の中を探したりと一生懸命探しているが何かが見つからないようだ。漫画のように汗がダラダラと垂れてきていてかなりヤバい状況になっているのが伝わってくる。


「スマホの電話番号教えろ……鳴らしてやるから」


「わ、私のスマホの電話番号使って詐欺グループとかに売っ……」


「そんなことして俺になんの得があるんだ」


 自分が今スマホを失くしているという少しやばいというのに何処か余裕があるのか冗談混じりに言っていた。與那城は「えへへ」と言いながら俺に携帯番号を教えてくる。



「近くにはないみたいだな、仕方ない……」


 自分のスマホの明かりを頼りに俺は公園の茂みの中を探し始めた。

 もう時刻は22時を回っている。正直大きな公園の中で探すとしたら、かなり時間が掛かってしまうだろう。せめて、近くで鳴っているような音だけでも聞こえていてくれれば良かったんだが……。





「なぁお兄さん……失くしたのは私なんだし探すのは私一人で頑張るよ。だから……」


「人の善意は素直に受け取っておいた方が楽になれるぞ」


「でもさ、さっき会ったばかりの奴に此処までする必要なくね?」


 俺はこのとき帰ってもいいだろうという気持ちはあった。

 此処までしてやる必要はない。だから、何事もなかったように帰ってもいいだろという気持ちは確かにあった。

 だけど、此処で帰るのは違うだろう。





『帰ればいいのに……』


 與那城でもない誰かの声。そんな声すら聞こえていたが、俺は無視した。

 建前を言えば、こんな夜遅くに一人探し物を指せる訳にはいかないというのともう一つは……。


「俺だってそう思うよ。だけど……此処で帰るのは後味が悪くなる。俺はそう思ってるから帰らないで與那城のスマホを探すのを手伝ってるだけだ」







「駄目だ、見つからねえや……」


 俺と與那城は公園の茂みの隈なく探した。

 だが、與那城のスマホを見つかることはなかった。


「なぁ……與那城こんなこと聞くべきじゃないんだろうけど……やっぱ親と喧嘩したのか?」


「え、ええ!?な、なんでそんなこと聞くんだよ……!?」


 親と喧嘩しているという図星だったのか、與那城はただ立ち止まりしおらしくなっていた。




「別にただ興味本位だ……気悪くさせたのなら悪かったよ……。でも、これだけは言ってやる。家族とは喧嘩できる間はいっぱいしておけ」


「な、なんだよ?それ……」


「親と喧嘩できるだけいいってことだ……俺は正直與那城の気持ちは分からない。親と喧嘩したことなんてないからな……。だけどな、多分大人になった親と喧嘩できるようなことなんてのはほぼないと思う。だから、今はめいっぱい喧嘩しておけ……」


「な、なんだよ……それ変なの……」


 與那城はクスリと笑っていた。

 だが、その笑みは先ほどまでの笑みと違って本物の笑みのようにも俺は見えていた。まるで満開の花が咲き開いたようなそんな感じだった……。


「あ、あった……」


 與那城は茂みの中からスマホを見つけ出したようだ。


「あったか……ちゃんと自分のか?」


「ああ、うん……。ちゃんと私のだよ……」


 スマホを見つかった事だし、これ以上長居は無用だろう。

 逆に俺が女子校生と居るところを職質されたら笑うしかないしな……。


「あ、あのさ……」


「なんだ、まだ何か聞きたいことがあったか?」


「お兄さんの連絡先、覚えたから……!連絡してもいいよな……!」


「……分かったよ」


 二十歳の人間が女子校生から連絡を貰うのは正直どうなんだという自分の中で意識はあったが、どうせ「駄目だ」と言っても連絡を送るのをやめるつもりはないだろう。與那城はそういう奴って感じだろうしな……。


「ありがとう!あっ、それと名前教えてくれよ……!」


「樫川竜弥だ」


「樫川竜弥……、ありがとう覚えておくから!スマホとかその他諸々マジでありがとうな!」


 彼女の無邪気な笑顔が俺に向けられていた。


「家まで送って行くか?」


「いや、そこまでしてもらうのは悪いからいいよ!また今度遊ぼうぜ!!」


「ああ……」


 與那城は俺に向けて手を振ってくる。そんな様子を見て、俺は軽く手を振ることにした。


「行ったか……。まだ高校生になったぐらいの歳っぽそうだったのに慰められたな」


 俺は立ち上がり、夜も遅くなっていることを確認してから歩き始めようとしたときであった。白い紙のようなものが落ちているのを見えたのだ。いつもならこんなゴミを気にすることもなかったが何処か名刺のようなものが気になって拾ってしまったのだ。


「天屋旅館」


 と書かれている名刺だったのだ。

 何故、旅館の名刺が気になったのかは分からないがすぐに大した事じゃないだろうと思い、俺はその名刺をとりあえずポケットに入れて歩き始めるのであった。


「與那城 静音か……また会いそうだな」


 ただ一度きりの出会いだったというのに……。中々に濃い話になってしまった。だけど、あの子供また何処かで会いそうな気がするな……。それは連絡先を交換したからという訳ではない。

 なんというか與那城とはまた会う気がしていたからだ。

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