第2話 面接

 ゲーム実況者『坦々』。

 彼は二年半という短い期間で活動していたゲーム実況者だった。ジャンルは様々なゲームが得意であり、ホラゲーや恋愛ゲー以外は得意としている万能型のゲーム実況者であった。登録者数は13万人であり、10代前半から20代前半という若い世代に人気なゲーム実況者だった。これから期待しているゲーム実況者ランキングでは上位に入り、今後も注目されていくだろうというタイミングで彼はゲーム実況者界隈から引退という形になるのであった。




 以下は、彼の配信上の切り抜きである。





『おいイエローモンキー、この武器買ってくれよ』


 この配信の切り抜きは彼が活動を一年目を迎えようとしていたときの出来事であった。

 イエローモンキーというのは黄色人種を差別する蔑称のような言葉だ。この言葉は先ほどからずっと坦々に浴びさせられていてそれを言われても黙り込んで坦々はゲームを続けていた。

 しかし、コメント欄では年齢層の問題もあるのか、仲間の発言を許せないと憤怒している視聴者たちも多くいた。



『あ~そうじゃないんだよな……これだから猿は……』


 彼の視点に切り替えて視点を変えて見ているのか坦々のプレイに難癖を付けようとしている姿が見て取れていた。それでも坦々は何も言わず、ただ黙り込んでいた。




 最終ラウンド……。坦々達のチームが一歩リードしているこの状況で坦々一人の状況となっていた。次々と坦々が敵を倒して行くなか、彼がある言葉を投げかけた。


『へぇ……イエローモンキーにしてはやるじゃないか……』


 難癖を付けてきた先ほどの彼であったが、最終ラウンドでは彼のプレイを褒めていた。

 最後まで坦々は何も言わずにプレイするのであったが……。





「みんなまで一緒になるな!!」


 配信中大きな声を上げたのは坦々であった……。

 彼が見ていたのはコメント欄であり、先ほどまでの仲間に怒り奮闘中の人が多かったのだ。


「いきなり大きな声を出して悪かった……。でも、みんなまであの人と一緒になる必要はないんだ」


 それでも先ほどの彼の発言が許せないという人は少なからずは居たのだ。


「俺もさっきの黄色人種を差別する発言は良くないとは思う。でも、だからってみんなまでが同じ土俵に立つ必要はないんだ」


 同じ土俵に立つ必要はない……。

 その言葉に視聴者は黙り込んでいた。


「今回の試合の件は運営に報告させてもらう。だからこの話はこれまでだ。ありがとう、みんな俺の為に怒ってくれて……」


 彼がそれ以上言わなくていいと言うのを合図に誰も先ほどのプレイヤーについて述べることは無くなった。余談ではあるが、元々このゲームは少数のアジア人がチートと呼ばれているものを使用してプレイしているものが居るのだ。勿論、運営もそれに対処をしているのだが数は減らず、更にプレイヤーからアジア人に反感を持つ人間も少なからず居たのだ。

 その為、先ほどの彼のようなプレイヤーは少なくはないのだ。






「なるほど、視聴者の気持ちをお理解してあげることが大事ってことか……」


 一人の男性がゲーム実況坦々の動画を見ていた。


「確かにこれは視聴者がつきやすいだろうな」


 彼が考えたのはこうだ。

 少しでも自分の視聴者を宥めるためにその状況でこうしていることを理解してあげようとしていること。視聴者を完全には否定しないこと。これが彼に視聴者が多くついていた理由であり、なにより二年半半炎上しなかった理由であろう。


「なにより立ち回りがいいな……」


 彼がヘイトの矛先に向けられた際も「まあまあ」と軽く流したりするなど、怒ってるような素振りを全く見せようともしないのである。そういう自分から相手に矛先を向かせるような行動をしていないことが、彼の視聴者がすぐに鎮火する理由でもあり、彼は誤った行動をした認識があればすぐに謝るという選択肢を取っていたというのもあるだろう。


「樫川竜弥……一次面接の時点で既に採用という判定は出ているが見極めなくてはならないな……」





「彼が自分と似たような人間なのかを……」





 ◆


 一次面接……。

 動画による面接であった……。二年半以上ゲーム実況者をやっていなかったとはいえ体はどうやら自分がゲーム実況者だったときのことを覚えていたようだ。


 あのときと似たような感覚……。に近いような感じで俺はゲーム実況の動画を送った。まあ、一つ不満があるとすれば俺が送ったのはホラーゲームを実況した動画だったことだ。


 率直に言うと、俺はホラゲーが苦手だ。

 苦手だけど一番素の反応が出やすいから俺はこのジャンルを選んだのだ。その結果、素の反応はかなり出ていたようだった。あまり使っていなかった「馬鹿」とかそういう言葉がすぐ出てしまっていたから。


 そして、今日二次面接の日がやって来ていた。

 俺はスーツに身を包んでネクタイを縛って集合場所へと向かうのであった。





 正直な話をすると、俺は一次面接が自分が受かるとは思ってもいなかった。もっとこう自信過剰になっていれば、こんな程度当たり前だと言う気持ちにもなれたかもしれない。でも、まあ少しぐらい自信過剰になってもいいよな……。俺は事務所の前で小さくガッツポーズをしていた。


 事務所の前に来てすぐ思ったのは、ただ広そうだというのが頭の中に思い浮かんでいた。

 俺は事務所の中に入り、受付を済ませてエレベーターの中へと入って行く……。



 エレベーターの中に入ったとき、俺はあることが疑問に思っていた。

 それはもう一人、一緒に入って来た銀髪の女性だ。


 普段なら他に人が乗っていてもそんなに気にならないがあまりに綺麗な顔立ち、細い体に目が入ってしまっていた。思わず目に入ってしまうほど綺麗な髪の色をしていたし、サングラスの奥の瞳を見てみたいと思ってしまうほど惹かれてしまっていた。


「滅茶苦茶変態だな俺……」


 その人に聞こえないぐらいの声で自分のことを罵倒する。もし本人に気づかれていたら警察に突き出されていたかもしれない。俺はこの事務所に遊びに来た訳じゃないんだと自分に言い聞かせて再度覚悟を注入させていると、後ろに立っている女性が俺に話しかけてきた。


「面接か?」


「はい、実はそうなんです……」


 恐らく此処の関係者なのだろうと思い、俺は隠すことなく正直に話した。


「そうか、此処の面接はちょっと特殊だ。気をつけた方がいいぞ」


「面接が特殊……?」


 面接が特殊……?

 Vの面接がどんなもんなのかは聞いたことないが、一般的に想像するのはこの場でゲームをして見せて欲しいとかそんな感じのことだろうと考えていた。


「まあピクニックでも来たと思う気持ちで……いや、それだと落ちてしまうな。まあ気を引き締めば受かるだろう」


「は、はい……。ありがとうございました」


 ピクニックの気持ちでこの面接を受けたら流石に落ちると思うんだけどな……。まあ、あまり気を引き締め過ぎるなと言いたかったのかもしれない。


「先下りていいぞ」


 エレベーターが目的の位置に辿り着くと、俺が先を譲ろうとしたが女性に先に出るよう言われ、俺は先にエレベーターの中から出た。周りを見れば真っ白な廊下が広がっていて、上は当然蛍光灯の光が俺の瞳に入って来ていた。

 女性の方を見ると、「それじゃあな」と言って去っていく女性の姿があった。俺は「ありがとうございました」と伝えて面接会場の方を見つめる。





 目の前にあるのは当然扉だった。


『お前が受かる訳ないだろ』


「っ……」


 誰も居ないはずの周りからそんな声が聞こえていた。

 前にも聞こえていた優しさが込められたような声ではなく、何処か棘がある声が聞こえていた。そんな声を聞いた俺は扉の前で躊躇していた。


「今度こそ……今度こそ俺は誇れる自分になるんだ……」


 俺には此処を引けない理由がある。

 一つはあの子との約束を今一度果たす為、もう一つは千里から貰ったこのチャンスを無駄にしない為……。最後は俺が俺自身になる為に……。


 扉を軽く叩くと、中から爽やかそうな声で「入れ」という声が聞こえてきた。

 「失礼します」その一言で俺が室内に入ると、そこには黒髪の男性がそこには立っていた。見た限り、面接官と言った感じの人というのは一瞬で分かった。


「樫川竜弥です、この度はよろしくお願い致します!」


「澤原瑛太だ、こちらこそよろしく頼む」


 澤原瑛太と名乗った男性は、名刺を渡して来て俺はそれを頂戴する。

 それから「座っていい」と言われて、俺は澤原さんの前に座るのであった。


「樫川か、なるほど珍しい名字だな」


「よく言われます、学生の頃や職場でも言われていましたから」


「だろうな……。樫川竜弥、今日は朝は何を食べて来た?」


「そうですね、今日はラーメンを食べてきました」


「朝からか……。ゲーム実況者の頃のSNSを見たがラーメンはかなり好きみたいだな」


 SNSを見られたことはちょっと恥ずかしかった……。

 あの頃のSNSは時々高校生らしいところが出て来ていてそれを思い出して少し恥ずかしくなっていた。例えば、明日テストだけ勉強してねえ!とかみたいな絶対勉強してるだろみたいなことを呟いたりしていたのだから。それのせいもあって坦々というゲーム実況者は高校生!?という記事をまとめサイトで結構まとめられたっけ……。

 俺本人はあんまり気にしてなかったけど香織には「ゲーム実況者が安易に年齢を晒すな」と怒られたっけ……。


「そうですね……。特に醤油ベースのはかなり好きでした……」


「そうか、俺も特に醤油ベースのものが好きだったりするな。そういう点では気が合うかも知れない」


 この質問に意味があるのか、ないのか俺には分からなかった。

 でも雑談をしているような感覚になってしまって少し気が緩んでしまっている自分が居たような気がしていた。


「さて明空竜弥、本題に入るとしようか……。このアイオライトに入って、配信で人々を楽しませたいと書いてあるが……。これについて話せるか……?」





「俺は後悔していることがあるんです、それは俺がゲーム実況者坦々を名乗っている頃ある少年に言われたんです。人々をもっと楽しませられる配信をしてね……、と普通だったら上から目線でムカつくなと思うかもしれません。でも、その子は俺のサインを貰って嬉しそうにしていた。俺はそれが嬉しかった。だから、あの少年に言われたような実況をしたいと思うようになったんです」


 そう、これこそがあの子、少年との約束……。

 

「でも俺は……結局その約束を果たすことが出来ずゲーム実況者坦々を自分の手で卒業という形で殺したんです。何もかも忘れる為に……だけど俺は最近気づいたんです。俺はあのときの果たせなかった約束を未だに悔いていると……。坦々を捨てきれずに居ると……。だからVになる今度こそは……俺は逃げたくないんです。あの子に果たせなかった約束を今度こそ果たしたいんです……!」


「こんな俺でも人を楽しませることが出来るなら……最高ですから……!」


 やっと……やっと本音を言うことが出来た気がする。

 これが俺の中で眠っていた本音なのかと思うと少し驚いた気はする。こんな自分が人を楽しませることが出来るなら俺は本望だ。なにより、誰かの役に立てるなら俺はそれをしたい。


 ああ、そうか。これが自分ということなのか。

 今少し理解できた気がする。自分というのは自分の意思を持って何かを成し遂げる人のこと……。俺はそれを今理解した。





「良い夢だな……」


「えっ……」


 思わず咄嗟に「え?」という言葉が出てしまった。頷いてくれた後に、その一言が俺の中で染みたような気がしていた。心の奥底から染みるようなその言葉に俺は一瞬心を揺さぶられたような気がしていた。





「失礼した、なるほど確かにいい夢だ……。一人でも多くの人を自分の配信で楽しませたい……。そういうことか?」


「はい、そうです」


 一旦自分の気持ちを落ち着かせる。軽く頭の中で深呼吸をする。

 少し熱くなり過ぎたことを自分で自覚しながらも目を瞑って目を開ける。そんな単純作業をしながら俺は澤原さんのことを見つめる。





「樫川竜弥、今日の面接はこれで終わりだ。後日結果の方を知らせる」


 思わず変な声が出てしまう。

 これで終わり……。まだ、志望動機を聞かれただけ……だよな?なのに、これで終わり……?もしかして、俺の志望動機がマズかったのか……。それとも何か悪いことでもしてしまったのだろうか?いやでも、良い夢だなと言ってくれてたよな……。なにか、何かマズかったのだろうか……。俺の中でそんな感情が渦巻きながらも、「本日はありがとうございました」と伝えた。


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