傷だらけの青年はVtuberになる

村上トオル

樫川竜弥のニューゲーム

第1話 偶然の再会

 いつからだろう。

 いつから俺はこんなにも自分が醜いと感じるようになったのだろうか……。


 それはあのときからなのは間違いないだろう。

 あのときの出来事が俺を変えてしまうほどの出来事だったのは間違いないはずだった。






「またやったのか……」


 目の前を確認すると、シーツはぐちゃぐちゃになっており汗まみれというまるで部活帰りですぐ寝たような感じになっていた。

 起き上がりシーツと布団のカバーをぐちゃぐちゃにして洗濯機に入れ枕も投げ込んだ後、ベランダに布団を天日干しをする。天日干しを終えた俺はゆっくりと深呼吸をしながら両手で太陽を掴むように上にあげる。そして、ゆっくり吐いていきながら下へと下げて行く……。


「落ち着かないな……。散歩でも行くか」


 室内に入り、どうにも落ち着かない俺は散歩に出かける為に寝間着を脱いでジャージへと着替える。携帯とイヤホンを持って外に出る。先ほど携帯で時間を確認したが、『1月16日午前7時12分』と表示されていた。


「もう1月か……」


 既に時というものは新しい年だというのに気づきながらも俺は走り続けようとしたときだった、勤めている店の店長から連絡が来ていた。内容は『仕事先見つかった?』という連絡だった。


「まさか勤めていた店が閉店するなんてな……」


 自分を慰めるように溜め息を吐きながらその行動をしたことによって軽くなった足を走らせていた。


 二年前俺が就職した店は経営難で閉店することが決まった。

 二年間という短い間だが大雨の日は送迎してくれたこともあったし、店が暇なときは軽い雑談なんかを結構して笑いあったこともあった。なにより、誕生日の日にケーキでお祝いしてくれたこともあった。


「再就職先探さないとな」


 仕事先を探してもらってる以上、いつまでも店長に迷惑を掛けるわけにはいかない。

 前に一度だけ新しく勤めている店に来ない?と誘われたが、流石にそれは断った。そこまでお世話になるのはまずいと思ったからだ。


「だけど此処まで現実に打ちのめされるときついよな」


 就職活動を始めようとすぐに行動したものの不採用。俺は正直就職というものを舐めていたのかもしれない。再就職先なんてすぐに見つかるだろと甘い考えだったのかもしれない。

 その結果、今に響いてるんだと考えるといやでも自己嫌悪感が強くなってくる。


「暗い曲聞くのをやめるか……」


 気分まで暗くなっているのに音楽まで暗いのを聞いてる必要はないだろうと感じた俺は他人の再生リストにあった明るい曲という分かりやすいタイトルのリストの曲を流し始める。音楽が流れ始めたのを聞いてから俺は走り始めた。






「この歌声何処かで聞いたことがあるな……」


 それは当然有名アーティストの曲だからとか自分が好きなアーティストの声だからとかそういう理由ではなかった。あーいや、後者に関して少し否定しよう。俺はこの歌声が好きだったような感覚があったからだ。


「……千里?」


 再び足を止めて邪魔にならないような場所で携帯を開いて確認する。

 音量を最大にしてもう一度曲を聞き直すと、やはり聞き覚えのある歌声なのは間違いなかった。


 投稿者の名前を確認すると、『ナタデ子』という名前の人だった。

 ナタデ子って……。どんなネーミングセンスしてるんだ……。俺は若干センスの無さに困惑しながらもあることを記憶の中から見つけ出した。


「この名前を聞いたのは何年ぶりだろうか……」


 間違いないと思わせたのは彼女のナタデ子という名前だった。と言うのも千里はナタデココが好きで朝食にはよく食べているというのを聞いたことがあったからだ。

 念のため、他の動画を確認するとそこには所謂弾いてみたや歌ってみたなどが投稿されていた。

 かなり不定期の投稿のようだが割と再生はされているようだ。そのなかには当時千里がよく口ずさんでいた歌もあり、確信へと変わっていた。


「そうか千里も頑張ってるんだな……」


 俺は千里が未だに音楽で頑張ってることを嬉しく思っていたが……。

 もう自分には関係ないことだと言い聞かせていた。俺はもう千里と会うことはないのだから……。


「休憩するか……」


 公園に辿り着いた俺は水道の蛇口を捻り顔を軽く洗う。

 冷たい水が俺の顔へと掛かると、水滴がそのまま顎の下へと川下りのように流れて行き、地面に水滴が落ちていた。その水滴を少し見つめた後に俺はハンカチで顔を拭いた……。


 ベンチを見つけた俺はぐったりと座り込み、飲み物を飲んでいた。

 運動した後の水はやはりいい。喉の渇きが嫌というほど伝わって来るから……。水を少し飲んだ俺は公園を少し挙動不審レベルで周りを見ていた後に俺は自分の携帯で動画サイトを開く……。

 開いた瞬間、俺の中であるものが気になっていた。


「ゲーム実況者か……」


 開いた先に映し出されていたのは最近流行りのゲーム実況者だった。

 ゲーム実況者とは簡単に言えば、ゲームをしながらゲームを見て反応したりする人達のことだ。

 動画サイトの一つのジャンルとして、かなり人気なものとなっている。


「俺には……もう関係ない話だな……」


 自分を嘲笑するかのように俺は携帯を見るのをやめた。

 だが、それでもあることが気がかりになっていたのだ。




『あの……ありがとうございます!!』


 もし、今の自分をあのときサインをあげた少年が見たらきっと失望するに決まっている。

 見たかった俺はこんなもんじゃないって否定されるに決まっているだろう。俺はあの子に言われた約束も果たせなかったろくでなしなのだから。


「ゲーム実況者……坦々は……あの日……俺が殺したんだから」


 かつて存在していた坦々は俺がゲーム実況者として活動していた頃の名前なのだ。

 二年半という短い期間であったが、色んなゲームをやっていた。ああでもやっぱりあれだけはやりたくなかったな、ホラゲー。あれは俺の精神を削りまくったから二度とやりたくないな。まあもう、ゲーム実況をすることもないだろうが……。



「さてもう一度走り出すか……」







「竜弥……?樫川竜弥……だよね?」


 走り出そうとしたとき、公園の入り口の方からそんな声が聞こえてきた。

 その声に聞き覚えがあった俺はすぐに公園を去ろうとした。


「待って!!綾川千里……覚えてるよね?」


 一瞬彼女の顔を見てしまった。彼女の顔は当時と何も変わっておらずあの頃のままだった。

 できれば彼女とは再会したくなかった。綾川千里は俺の高校時代の親友だった。クラスも一緒でとても仲が良く勉強が苦手な千里にテストが近い日には、いつも付きっきりで教えていた。その代わりとは言ってはなんだろうか、千里はいつも自分の音楽を聴かせてくれた。

 俺は正直千里の音楽が好きだった。


「覚えて……る」


 逃げてしまえばよかったのかもしれない。

 だけど、此処で逃げてしまえば俺は一生後悔することになるかもしれない。そんな矛盾を抱えたまま俺は声を振り絞った。


「よかった……。アタシのこと覚えててくれたんだ」


 頰を緩めて少し嬉しそうにしている彼女を見て俺は握り拳を作っていた。


「このあと時間ある?少し話しない?」


「あ、ああ……。いいけど……」


 疲れ切ったようにベンチに座ると、千里が俺の隣に座ってくる。それを見てから無言で俺は少し離れた位置に座り直す。それをされた千里側が何を思うかいざ知らずに……。


 ベンチを座り直してからと言うものの、俺たちの間で会話は全くなかった。聞こえてくるのは足音や自然の音だけだった。





「連絡無視しててすまなかった……」


 沈黙に耐えきれなかったのは俺の方だった。

 頭を深々と下げて誠意を示して謝罪をした。


「謝らなくていいよ。……でも欲を言えば、少しぐらいは親友のメッセに既読つけて欲しいなって思いながら枕ぶん投げたりしたこともあったけどさ」


 そのときの気分を表すようにして手で小石を拾いそのまま公園の砂浜の方へ投げつける千里。俺はそんな千里を見て自然と握り拳を作っていた。


「本当に……すまなかった……」


 こんな簡単なことで許されるないのは分かっていた。

 それでも俺には謝ることしかできなかった。自分は千里との信頼を裏切ってしまったのだから。それを許されるはずがないのだ……と。





「な、なにしてんだよ千里……!?」


「ジョギング」


 そんなものは見れば分かると俺は恥ずかしくなっていた。

 ただジョギングしているのではなく、俺の手を繋ぎながらというこれでは顔を赤くするなという方が無理があるというものだ。なのに、千里はそれを平然とやってのけるのだから俺は何も言えなくなってしまうのだ。


「だからって……手を繋ぐ必要はないだろ……」


「いいじゃん、昔竜弥がアタシのこと励ますために頭撫でてくれたことを思い出してさ……!それで一緒に走れば励ませるかなって思って」


 どうにも恥ずかしいこの状況をどうにかしたい俺であったが、なんて返せばいいのか分からなくなっていてたのであった。「放してくれ」と言うのは簡単だが、今のこの状況を悪くないと感じている自分も居るからだ。


「ねぇ、一緒に走ってて何か思わない?」


「なにを……?」


「一緒に走るって楽しいでしょ?」


 誇らしげに笑みを浮かべてくる彼女に対して俺は心を揺さぶれそうになっていた。



「……そうだな」


 信号が赤になったのを見て俺と千里を止まる。

 俺は点灯している赤信号を見ながらあることを考えていた。それはこうして千里に再び出会えたことは嬉しかった。だけど、俺にとってそれ以上今此処で千里に出会ってしまってよかったのだろうかと気持ちが強かったのだ。

 俺の中で未だに千里に会うということに対しての心の準備が出来ていてなかったからだ。


「手繋いで走って正解だったでしょ?」


「手繋ぐのは……必要なかったと思うけどな……」


 千里の手の温もりを実感して喜んでしまっている自分がいるのに気づいて若干自分でも引いている気がしていた。あんまりこういうときに自分のことを分析なんてしたくないがきっと千里から繋がれたということに意味があったのだろう。



「ほらもっと走ろう?」


「自分で走るから……いい加減手を離してくれ……」


 俺の言葉に全く耳を傾けず走り続ける。

 溜め息を吐いて俺の話を聞かないな……。と少し呆れていたが悪い気はしなかった。千里が言っていた通り一緒に走ると言う行為自体に清々しい気分になっていたからだ。


「走ってると色んなものが見えるじゃん。ただのビルだったりオシャレな喫茶店だったり人の楽しそうな話し声とか通勤通学する人とか……。そういうの見てるとさ、なんか楽しいって思わない?」


 千里の言う通りだった。

 周りを見れば知らぬ間に出来ていた初めて見るお店や楽しそうにしながら一緒に話している学生……。そして、時々見えてくる木々の数々が心を癒してくれた気分になっていた。


「……良かった」


 止まっていた信号が青になり、再び足を動かす俺たち。

 千里の表情がまた緩んでいた。


「何が良かったんだ?」


「竜弥は高校生の頃から変わってないんだなって思ってちょっと嬉しくなっただけだよ」


「それ褒めてるのか……?」




「アタシの音楽をずっと側で聞いてくれた竜弥のままだったのがちょっと嬉しくなったの、もちろんちゃんと褒めてるよ」


 千里に褒められて俺は少し浮かれた気分になってしまっていた。

 前に出て走っていた千里より先に前に出て足を早めてしまうほどに……。


「千里、何か歌えたりしないか……?」


「走りながら……?まあいいけどさ……」


 突然のことに少し「えっ?」と言っていたが千里は了承してくれた。


 千里は軽やかに足を動かしながらサビと思われる部分から歌い出してくれた。

 その後も続けて歌っていた。この曲は確かかなり高音の曲だ。そして疾走感があり軽やかなメロディが特徴的でそっと人の心に寄り添ってくれるような歌詞になっている。確かCMでも使われいてた楽曲だった気がする。


「千里の奴、高音出せるようになったんだな……」


 出せない訳ではないのだが、千里は高音をあまり得意としていなかった。そのため、高音の曲は避けて通っていたようだったが歌えるようになっているようだった。千里の生歌を聞いたのは高校生以来だったが俺にはあの頃と比べて更に成長した千里の歌声が俺の心を突き動かしていた。

 歌詞はほんの一部だけだったがそれでも俺の心を震わせるには充分だった。走ることへのモチベーションを上げるにはもってこいの曲だしな。





「どうだった?」


 先ほどの公園に戻って来た俺達。

 俺はベンチに座り込んで一歩も動く様子はなかった。そして、その隣には詰めるようにして座り込んでいたが俺はそれを気にすることはなかった。


「また一段と歌声が凄くなったと思ってな。前は高音出せないって言ってたろ?」


「そうだったね、説明すると長くなるんだけどアタシなりに頑張ったんだ。まあキー下げたりするのが一番手っ取り早いんだけど……。あっそうだ、最近は作詞にも挑戦してみようと思ってさまだ全然だけどいつか作詞作曲アタシで曲を作ってみたいんだ」


「良い夢だな……あの頃から変わってないんだな」


 努力を惜しまず継続していくその千里の姿に俺は惹かれていたことを今記憶の中から思い出していた。

 あの頃の千里が変わらないままで居てくれたことが少し嬉しくなっていた。


「そうかな?でも……まあ竜弥がそう言うんだからそうなのかな……?」


「そういえば……バンドはどうしたんだ?」





「バンドなら解散したよ」


「えっ……あっ悪い……知らなかったんだ……」


 今でもバンドで活動していると勝手に思い込んでいた。千里の言葉を聞いてなんて返せばいいのか迷っていた。踏んではいけない地雷を踏んでしまった自分自身にイラつきながらも罪悪感を感じて拳を握り締めていた。

 それに気づいたのか千里が言葉を続けようとする。


「アタシは後悔してないよ、お互い納得して解散したし香織はアタシについて来てくれたから」


「香織、元気にしてるのか?」


「元気にしてるよ、今でもアニメ好きみたい。この前は確かロボットアニメ見て一人で泣いてたって言ってたっけ」


「そうか……相変わらずなんだな」


 物語に対して感情移入するところは相変わらず変わってないんだな。

 俺は香織とも連絡を取っていなかった。親友だった彼女とも俺は連絡をしていなかった。

 と言うより、俺は高校卒業後完全に高校時代の知り合い、友人と完全に縁を切っていたからだ。だから、連絡を来ていても無視を繰り返していた。今になってみれば、俺は馬鹿なことをしたのかもしれないと後悔していた。

 だけど、俺の中ではそれは仕方のないことだと自分で納得させている節もあった……。


「それで千里は今なにをしているんだ……?」


「アタシは今大学通いながらあることを見つけたんだ」


「あること……?」


「っそ、竜弥はVtuberって知ってる?」


「ああ、そんな詳しい訳じゃないけど……」


 Vtuber……。

 此処数年、動画サイトで台頭してきている活動者たちのことだ。


「なら話が早いね、アタシはそのVtuberっていうので自分の力を試してみたいの」


「香織にはそのことちゃんと話したのか?」


「Vtuberのこと教えてくれたの、香織だったんだ。千里はこんなところで埋もれちゃいけない存在だって……。だから色んな活動を通して有名になるべきだって……」


 香織が言いそうなことだ。

 香織は千里に一緒にバンドを組もうと誘われたときから千里をもっと輝かせたいと決心するほど千里に対して強い熱意を持っていたほどだからだ。そんな彼女がVtuberになってみようと持ち掛けたのはきっとそういう思いが強かったからだろう。


「そうか、良かったな。やりたいこと見つけられて……」


 少し千里のことが羨ましくも感じてしまっていた。

 やりたいことが明確に決まっている。それがどんなに凄いことなのか俺は理解しているからだ。


「竜弥は今何してるの?確か喫茶店に就職したんでしょ?」


「ああ、そうなんだけど……。働いている店が後数ヶ月で閉店するんだよ」


 閉店するという言葉を聞いて、千里の動きが止まっていた。





「ごめん、アタシ何も知らなかったからさ……」


「千里が気にする必要ないだろ」


 千里が余計なことを聞いてしまったと思ったのか、眉間に若干皺を寄せて後悔している様子だった。

 ……余計なことを言ってしまったのは俺の方だ。千里に閉店することを伝える必要なんかなかったのに何故俺は伝えてしまったのだろうか。同情して欲しかった、いや違う。

 千里ならきっと何かいい方法を知っているかもしれないと期待してしまったからだろう。今俺のこの状況をどうにか出来るかもしれない打開策をと……。

 本当自分が情けなくなる、他人に頼らなくちゃ何もできないなんて……。


「あっ、じゃあさ……。竜弥もならない?」


 一緒にならない……。

 ああ、やっぱりだ。俺はそんな言葉を聞いて何処か安心しきっている自分がいた。

 拳を強く握り締めて俺は千里に表情を見せないように顔を逸らしてから一旦自分を落ち着かせていた。


「ならないってまさかVtuberにか……?もしかしてコンビVtuberでもやろうって言いたいのか?」


 悪くはないが、俺と千里じゃ方向性が違い過ぎる。

 千里は音楽……。俺の場合なら多分ゲームになるだろうしな……。


「それも楽しそうだけど、アタシは企業Vtuberになろうとしてるの。ほら、これ」



「アイオライト……?」


 千里がスマホで見せてきたのはアイオライトと書かれているグループの公式サイトだった。

 聞いたことがないグループだが最近出来たグループだろうか……。


「二人で企業Vになろうって言いたいのか?」


 少し考えていた。自分の経歴を考えれば確かに企業Vになることは可能だろう。

 何故なら俺はゲーム実況者『坦々』という名前で二年半活動していたことがあるからだ。その経歴が活きようとしているのだ。それに、働いている店が潰れたら自分にやることがなくなってしまうのも事実だと思っていた。


「どうして俺を誘うんだ?香織でもいいだろ?」


「他でもない、竜弥だからかな……」


「俺だから……?」


「っそ、竜弥だから……。説明して欲しいって言われたらちょっと困るけどアタシは竜弥に隣にいて欲しい……。ただそれだけ、もちろん嫌なら断ってくれていいよ」


「ならな……」


 ならないとはっきりと断言しようとしたとき、俺の頭の中で聞き覚えのある声が聞こえてきた。







『本当は興味があるんじゃないのかい?』


 小さい頃俺がよく聞いていたような声に近いきがしていたのだ。自分でもまさか、そんなとは思っていたが……。だけど、その声を無視することは出来なかった。


『いつも思っていたよね、今の俺は誰にも誇れないって』


 余計なお世話だ。

 でも、確かに俺は店が閉店すると聞いたときから自分のことを誇れないと思うことが増えた。何度も何度も面接は不採用で自分が惨めに感じることが多かった。


『キミは本当は……あの子に失望されたくないんじゃないのかい?』


 手で拳を作り、俺は握り締めていた。


『それに……キミは千里にもう一度歩み寄りたいと思ってるんじゃないのかい?』







「うるせえな……それ以上言うな……」


 千里には聞こえない程度の声で俺は頭の中に聞こえていた声を黙らせていた。

 本当は分かっている。俺はあの子に失望されたくないし、千里が誘ってくれて嬉しかった。なにより、俺は坦々だった頃の自分を捨てきれない。


 ああ、そうだよ……。

 俺は自分でもどうしようもないぐらいの未練タラタラな惨めな男だよ。


「千里……俺もなるよ……。Vtuberに……」


 今度こそ……今度こそ……俺は自分が誇れる人間になりたい。

 もう絶対に誇れない自分にはならない。誰かの為に自分でありたい……。



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