第2話 衝撃のキス

萌は英慈の体の上にいた。


唇と唇が重なっていた。


英慈と萌は、床の上で抱き合う形になっていた。


まるでベッドの上で抱き合うように。 


萌の唇は英慈の唇を思いきりふさいでいた。


強い衝撃で息ができないくらい強く、萌の唇が英慈の唇をブチューと押しつけていた。


萌には、誰かに頭を押さえつけられて唇を相手に押し付けられたような感覚があった。


萌は目をまん丸くして、すぐにパッと顔を離した!!


そして、すぐさま起き上がって、英慈の上から降りた。


萌「だ、大丈夫ですか?!

怪我はありませんか?!

立てますか?! 

頭打ちませんでしたか?!

どうしよう…!!どうしよう…!!

きゅ、救急車呼びましょうか?!」


萌はパニック状態だった。


英慈は体を起こしてみた。


英慈「う〜。あ~、っっ…。だ、大丈夫だ…」


英慈(舞台裏がゴチャゴチャしてくれて助かったな。

ガラクタがクッション代わりになってくれたんだ)


萌は泣きそうだった。


萌「よかった。

…ごめんなさい…ごめんなさい…!

本当にごめんなさい!!

講演会の前なのに!

大怪我してたら、どうしよう!!」


萌はパニック状態だった。


とんでもないことをしてしまった…と。


英慈「なに、これくらい大丈夫さ。

学生時代、空手と剣道で鍛えたからな」


英慈は強がって体を動かしてみた。


英慈「ほら、この通り!」


実際、体育館の舞台裏はガラクタだらけだった。


ネットやらマットやら小道具などが片づけられておらず、雑多に置いてあった。


英慈(実際、クッション代わりのものがなかったら、頭でも打っていたかもしれない。

危なかったな)


萌は、はずみでキスをしてしまったことよりも、英慈に怪我をさせそうになったことに気が動転していた。


萌「…よかった。本当によかった…」


萌の涙目が、七海を思い出させた。


すぐに泣く七海を。


(お兄ちゃん…)


心の中で、七海の声がよみがえった。


美恵子がすごい勢いで駆けつけてきた。


美恵子「地震大丈夫だった?!

今、すごい音したでしょ!」


美恵子は床に倒れ込んでいる英慈と傍らに座っている萌に気づいた。


美恵子「えっ!飯島くん!

どうしたの?!萌ちゃんも!

まさか、今の地震で転んだの?!」


英慈「はい。転んじゃって…」


美恵子「だ、大丈夫?!飯島くん!

あの、さっきのすごい音、あれ、もしかして、飯島くんなの?」


萌「あ…」


余計なことは言うな…と、英慈は萌に目配せした。


英慈「はい。すみません。お騒がせして。僕は大丈夫ですから」


美恵子「本当に大丈夫?」


美恵子は心配そうに言った。


英慈は立ってみた。


ヨロヨロしていた。


英慈「あ…イタタタ…!」


美恵子「……………」


萌「……………」


英慈「あっ…うっっ……痛っ…!

な、なんとか…大丈夫です…」


美恵子「そ、そう。

…な、なら、よかったわ。

講演会だし、ここはなんとか、持ちこたえないとね。

あ、湿布もらってこようか?」


英慈「いえ、はい…。

いや、だ、大丈夫ですから。ホントに…」


(あー、それにしても…痛いなぁ!)


美恵子「…あ、そうだ。

萌ちゃん、老眼鏡見つかった?

老眼鏡がないと落ち着かないのよねぇ。字が読めないから、仕事にならないのよ」


萌「…はい。ありました」


萌はポケットから老眼鏡を出して、美恵子先生に渡した。


頑丈なケースに入っていたので、老眼鏡は無事だった。


美恵子「ああ。よかった。これでいろいろ動けるわ」


美恵子は舞台裏をマジマジと見渡した。


美恵子「………

それにしても、この舞台裏、倉庫みたいにゴタゴタして危ないわね。

現に、危険な目にあったわけだし。

飯島くん、本番で転んだらたいへんよ。

それに、児童が怪我したら大問題になるわ。

学校が管理責任を問われることになるわよ。

私、校長に言うわ!」


美恵子はすぐさま校長の携帯に電話をかけた。


美恵子「もしもし校長先生!

今の地震で体育館の舞台裏の荷物が倒れてきて、飯島先生が怪我しちゃったんですよ!

今すぐ片づけに来てくださいよ!」


校長「えー!怪我されたんですか?!」


校長は血相を変えてやってきた。


校長は先生たちを4人引き連れてバタバタと走ってきた。


校長「いやー!すみませんねー!

飯島先生!

お怪我のほうは大丈夫ですか?」


英慈「ええ。まあ…。

ちょっと…腰を打って、痛いですけど…まあ、大丈夫です」


校長「本当にすみません!!

いやぁ、昨日、6年生の感謝の会がありましてね。

出し物で使った小道具が舞台裏に置きっぱなしになってまして!

ああ、まったく6年の先生方は、だらしないからなー!」


美恵子「校長先生!

すみませんじゃ、すみませんよ!!

飯島先生は、これから講演会なんですよ!

もし大怪我してたら、講演会が中止になるじゃないですか!

こんなゴチャゴチャした舞台裏を放置するなんて、安全配慮義務違反ですよ!

もし、中止になったり、大怪我してたら、損害賠償ものですよ!」


校長「そ、損害賠償?!

飯島先生!すみませんでしたっ!!

あの…その…

そ、卒業式も近くて…その、今、学校はバタバタしてて…。

本当にすみませんでしたっ!!

ほらっ、先生方も謝罪して!」


校長は弁護士の美恵子に詰め寄られて、タジタジだった。


他の先生たちも、校長の言うことに逆らえずに、頭を下げた。


英慈「やめてくださいよ!

頭を上げてくださいよ!

校長先生も、先生方も!

僕は大丈夫ですから!」


英慈は、必死にその場を取りなした。


英慈「美恵子先生もそんなに校長先生を責めないでくださいよ。

安全配慮義務違反なんて、そんな大げさなこと言わなくても!

学校の先生は忙しいんですよ。

すぐに片づけられなくて当然ですよ。

そもそも、僕もボーッとしてたのがいけないんですから」


英慈の気遣いに場の雰囲気が緩和した。


英慈「校長先生、先生方、かえって、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」


英慈は頭を下げて、真摯に対応した。


先生方は驚いた。


(市議会議員がこんなに腰が低いなんて…。しかも、すごいイケメン!)


みんなこう思っていた。


そこに来ていた女性教諭数人はドキッとして、英慈の顔に見とれていた。


英慈の瞳で、見つめられるとたいていの女性はポーッとしてしまう。


お堅い女性教諭たちもご多分に漏れず、そうなった。


英慈の顔には、それだけの魔力があった。


美恵子「でも、危険ですよ!

校長先生!また地震でもきたら大変です!

あんなにゴチャゴチャした舞台裏で、児童に何かあったら学校としての管理責任問われますわよ。

校長先生!」


校長「おっしゃる通りです!

ほらっ、先生方、今すぐに舞台裏の荷物を片づけなさい!」


土曜日にたまたま仕事に来ていた先生方が駆り出されて、舞台裏の荷物を運び出した。


加えて、校長のおわびの気持ち…ということで、校長権力で、先生達に椅子出しもやらせることになった。


美恵子は先生達にキビキビと指示を出した。


美恵子の力はたいしたものだった。


校長に抗議し、舞台裏の片付けを先生達にさせただけでなく、結果、講演会の準備まで手伝わせてしまったのだから。


おかげで後援会スタッフや他の事務所の人達が来る前にすべての準備が終わってしまった。


美恵子は政治家のような行動力と実行力をもっていた。


なんの地盤も縁故もない英慈が市議会議員に当選できたのは、美恵子の人柄と人脈とアイディアのおかげだ…と言っても過言ではなかった。


その後すぐに、英慈の後援会スタッフがやってきた。


後援会会長「あれっ、準備が終わってる。飯島先生。これはいったい…」


英慈「ええ。学校の先生方が手伝ってくれて、終わっちゃいました。」


英慈はニコッと笑った。


萌はドキッとした。


みんな、男も女もドキッとした。


萌は英慈の笑顔は殺人兵器だとさえ思った。


男も女も、若い人もお年寄りも、英慈の笑顔で、なんでも許してしまいそうになる。


萌(うわっ、こういう人が『人ったらし』っていうのね…。天性の!)


萌は冷静にそう思った。


講演会が始まる時刻になった。


英慈は痛い腰を我慢しながら、講演をした。


約1時間後…


なんとか講演会が無事に終わった。


講演会は100席では足らず、大盛況だった。


法律相談会もその流れで行列ができていた。


萌は整理券を配ったり、お客を誘導したりして、忙しく動いた。


夕方、4時…


法律相談会も、講演会同様、大成功して終わったのだった。


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