第3話 親友・健太郎
美恵子は、サンライズ法律事務所のデスクにいた。
美恵子「いやぁ、おとといの講演会、あんなに人が来るなんて驚いたわね。
だって、単なる一市議の講演会だよ。
しかも、会場は小学校の体育館…」
庶務の山田綾香がお茶をもってきた。
山田「美恵子先生、お茶どうぞ」
美恵子「ありがとう。山田さん」
健太郎「あ、俺にもお茶ちょうだい。山田さん」
山田「はぁい。すみません」
山田「はい。健太郎先生。お茶どうぞ」
健太郎「ありがとう。山田さん」
山田「講演会、そんなに人が来てたんですか」
健太郎「そうだよ。俺、午前中に打ち合わせがあったから、講演会の途中に体育館に入ったんだけどさ。もうお客がいっぱいでさ。
いやぁ~驚いたよ!」
美恵子「そうなのよ!
私、実を言うと、お客なんてあんまり来ないんじゃないかって思って、心配してたの。
だって、ガラガラじゃ、飯島くん、かわいそうじゃない。
でも、蓋を開けてみたら、後ろの法律相談コーナーのスペースの方にまで、立ち見が出ちゃってさ。
ざっと、百ニ、三十人くらいはいたのかなぁ?
そんなことありえないわよ。普通。
だって、これからの市政…みたいな、堅い政治の話よ。
私、後援会の人が気を遣って、人を集めてくるものだと思ってたから、多くてもせいぜい30人くらいがやっとかな…って、思ってたんだ」
山田「きっと、この影響じゃないですか?亅
山田は、「Angee」 という女性ファッション雑誌を見せた。
山田「飯島先生って、この方じゃないですか?
飯島英慈って書いてありますよ。
この雑誌にイケメン政治家特集で、インタビューされてるんですよ。
しかも、今月号に。
あっ! ここに、小さくですけど、講演会の場所も日時も載ってますよ。
だから、たくさんお客さんが来たんですよ!」
美恵子「えっ、本当? ちょっと見せて」
山田は雑誌を持ってきて、美恵子に見せた。
健太郎も萌も雑誌を見に集まってきた。
美恵子「ホントだ!
飯島くん、雑誌に載ってたんだ!」
健太郎「ウヒョー! カッコよく写ってるなぁ! こりゃあ、まるで芸能人みたいだよ!」
美恵子「道理で女性のお客さんが多かったはずだわねぇ。
法律相談もついでに受けてくのよ。
健太郎と2人じゃこなしきれないから、急遽、一つブースを用意してさ。
飯島くんにも入ってもらったのよ」
健太郎「そういやぁ、あの時、女性客がスマホで飯島の写真バチバチ撮ってたよな。
講演そっちのけで!
法律相談も飯島の列がヤケに多くてさ」
美恵子「そういえば、そうだったわねぇ。
でも、おかげで、今月は法律相談の予約がいっぱいなのよ。
なにはともあれ…よかったわよ!
飯島人気でもなんでも!
ねっ! 健太郎! うふふふふ…」
美恵子は上機嫌だった。
健太郎「事務所で、健太郎はやめてください!所長!」
美恵子「あ、そうだったわね。
ごめんごめん!健太郎せ・ん・せ・い」
美恵子はいじわるそうに言った。
美恵子の息子の健太郎も、弁護士として同じ事務所で働いているのだ。
山田「飯島先生って、独身なんですか?」
健太郎「そうだよ。あれ、山田さん、婚活中〜?
ちなみに、俺も独身だよ!」
山田「健太郎先生! それセクハラですよ!
こんな素敵な人が独身なんて、理想が高いのかな〜って、思って」
萌は雑誌のページをめくって、じっくり見ていた。
萌「…本当に俳優さんみたいに写ってますね。イケメンですねぇ…。
まるで芸能人みたい」
健太郎「飯島は大学の同期なんだけど、大学でもモテてたよ。
あいつ、目立つからさ。
でも、あいつは勉強一筋でさ。
絶対に最短で司法試験に受かってやるって…さ。
取り憑かれたように勉強してたんだ。すげー必死に」
山田「健太郎先生と飯島先生って大学の同期なんですか?
…ってことは、一橋大…?」
健太郎「当たり!」
萌「えっ? 健太郎先生って一橋なんですか? すごいっ!」
美恵子「そうよ。せっかく一橋に入ったのにねぇ。健太郎は遊んじゃってねぇ…。
飯島くんは、在学中に司法試験に合格したのに。
この子は将来のこと、何にも考えずに一般企業に就職したの。
案の定、すぐ辞めちゃって。
あげく、ロースクールに入り直したのに、司法試験に2度目でやっと受かったのよ」
健太郎「大学ってのは自分探しの場所なんだよ!それに、俺は大学生活を満喫したかったの!」
萌「まあまあ、いいじゃないですか。2回目だって!
とにかく、健太郎先生がいらっしゃるから、今、事務所がちゃんと回ってるんですから。
ねっ! 健太郎先生!」
健太郎「おっ、萌ちゃん、いいこと言うねぇ〜」
健太郎はお調子者で軽くて、明るかった。
事務所の雰囲気がいいのも健太郎のおかげだった。
だから、萌も山田も、楽しく働くことができて、居心地がよかった。
この事務所で働くことができて、本当によかったと、萌は思っていた。
事務所のドアが開いた。
来客だ。
英慈「おはようございます」
英慈が事務所にやってきた。
美恵子「あら、飯島くん。おはよう。」
英慈「突然、すみません。講演会のお礼にと思って。
これ食べてください」
英慈は、菓子折りの入った紙袋を手渡した。
美恵子「あら〜、悪いわね。
気を使わせちゃって。
別にいいのに。
でも、噂をすれば影ね!
今ね、ちょうど飯島くんの話をしてたのよ」
英慈「えっ、いったい何を話してたんですか。気になるな」
英慈はソファに座った。
美恵子「おとといの講演会、大成功したじゃない。
飯島くん、オシャレな雑誌に載ってたから、女性のお客さんがたくさん来たのかなぁ~って!」
英慈「ああ、あれね。
僕が地方政治の実態を少しでも知ってもらおうと思って引き受けたら、なんか違う方向にいっちゃって…。
悪目立ちして、マズかったなって反省してるんです。
本当に、変に目立っちゃって恐縮してますよ」
美恵子「謙虚ねぇ〜」
山田がお茶を持ってきた。
英慈「ありがとう。」
英慈がニコっと笑った。
山田はドキっとして顔を赤らめた。
たいていの女の子は英慈の笑顔に殺られてしまうのだ。
英慈「あれっ…新しい人?」
美恵子「ええ。経理兼庶務の山田さん。
萌ちゃんと一緒の時期に入ったの。
先月、事務の子が辞めちゃったから、今年は新卒を二人入れたの。
二人とも社会人1年生よ。フレッシュでしょ」
山田「はじめまして。山田綾香です。よろしくお願いします」
英慈「ああ。よろしく」
英慈はまたニコッと笑った。
山田は、またポッとした。
萌(出たっ! また無差別級の殺人スマイル!)
美恵子「萌ちゃん、飯島先生は市民からの法律相談をうちにまわしてくれるのよ。
だから、なんかね、無料で営業してくれてる感じ。
いつもお世話になってるの。
それに、飯島先生ご自身も法律事務所を開業してて、議員活動と弁護士の仕事を兼務してるの。
だから、忙しい人なのよね」
英慈「お世話になってるなんて言わないでください。
議員活動していると、陳情のついでに相続とか離婚問題とかいろいろ相談されるんです。
最初から法律事務所に行くよりハードルが低いみたいで、相談される機会が増えちゃって。
それに、僕は基本、今は民事は受けていないので、自分で受けられない相談は、こちらの事務所を紹介してるだけですよ。
美恵子先生に依頼すれば間違いないですから。
それに、僕の方こそ恩返ししなくちゃって思ってるんですよ」
山田はもうすっかり英慈のファンになっていた。
英慈「それじゃあ、失礼しようかな。ちょっとお礼がしたかっただけから」
美恵子「えっ、もうちょっと、ゆっくりしてけば」
美恵子は名残惜しそうに、英慈を引き止めた。
美恵子がいくら人格があり、面倒見が良くても、それ以上に英慈を気に入っていることは確かだ。
英慈「これから定例会に向けて役所に行かなくちゃならないんです」
美恵子「あら、そう。なら、しかたないわね。また今度ね」
英慈「はい。失礼します」
英慈は、事務所のドアを閉めて出ていった。
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