第36話
***
医療用ブラジャー 学生の手で
乳がん患者にもお気に入りのブラジャーを身に着けて欲しい。そんな願いを持って活動している高校の手芸部がある。
三角冬夕さん(17)、松下雪綺さん(17)が部活動で製作しているのは医療用のブラジャー。乳がん術後用の下着は一般のブラジャーとは違い、着用の仕方や着け心地に配慮されたものとなっている。
「母が、医療用ブラジャーにはかわいいものが少ないと、こぼしていたのが製作のきっかけです」
そう語るのは松下さん。手芸部員二人の母はともに乳がんの手術を行ったサバイバー。
先日、行われた文化祭では、ブラジャーの変遷を展示し、また実際に医療用ブラジャーの試着販売も行い、好評を博した。
部長の三角さんは
「乳がんの治療は長期に及びます。その治療の合間、週に何度かお気に入りのブラジャーを身に着ける喜びを提供できたらと願っています。病気を抱えている人にこそ喜びが必要だと思っています」
なお、彼女たちの活動は、これから手芸部を離れる。スクープ・ストライプというブランドを立ち上げ、学校内での活動は終了するとのこと。
***
「きっとね、わたしたち、手芸部を笠に着てぬくぬくしていてはいけなかったんだよ」
部室として使っていた家庭科室の片付けをはじめている。いよいよ、この部活動をわたしたちは卒業する。
冬夕の言葉をわたしは拾う。
「それは、つまりわたしたちが追い出した先輩たちのことを言っているの?」
一瞬、冬夕の動きが止まる。すぐに何事もなかったように片付けを続ける。片付けながら、冬夕は話し出す。
「先輩なのか、同級生なのかは分からない。それでもわたしたちの活動によって、普通の部活動を阻害されてしまったことは確か。新入生も入ってくれなかったしね。そのことについては申し訳なく思っている」
昨日、新聞にわたしたちが掲載された。あたりさわりのない記事になったのは、ペナントの事件を事前に伝えていたから、かなと思う。取材自体はもっとボリュームの大きなものだった。そして写真はやっぱり高階の方が数段、上手だと思った。
「でもそれでやめてしまうなんて、冬夕らしくないじゃん」
「あのね、雪綺」
冬夕が片付けの手を止め、うつむく。わたしに表情を見せないほど、深くうなだれる。
「わたし、そんな強い人間じゃないんだよ。スプスプのペナント、どういう気持ちで作ったか知ってるの! 大事な大事な生地を使って作った。はじめて雪綺といっしょに買った生地なんだよ。とっておきとして残しておいたもの。
だから……!」
冬夕は大きな声で叫び、肩を震わせている。
わたしは、何か声をかけなくてはいけないと思い、でもそれをできずにいる。ううん、声をかけなくちゃいけない。わたしは、冬夕の背中を追いかけるばかりじゃいけないんだ。
「サンキュー、冬夕。わたし、知ってた。ちゃんと伝えればよかった」
わたしは、冬夕の髪の毛を撫でる。ふわふわで柔らかい。猫っ毛だから、美容師さんとヘアクリームにはこだわってるんだよね、と言っていた。いつも丁寧に整えられている髪の毛。
「冬夕。あの生地、わたし、まだ持っているよ。おんなじの。寸法は、ちょっと足りないかな。ひとまわり小さいペナントになっちゃうかもだけれど、作れるよ、おんなじの」
わたしは冬夕の髪の毛を撫で続けている。
冬夕は嗚咽を漏らし、うずくまったままでいる。
夕陽の長い手が、教室の奥にいるわたしたちをつかむ。でもそれは冬夕が泣き止む前に、あっけなくかき消える。
あたたかい闇がわたしたちを包みはじめる。
冬夕は泣いている。
わたしは冬夕を撫で続けている。
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