第33話
***
「スプスプの文化祭大成功を祝して、」
「チアーズ!」
「チアーズ!」
わたしたちは、展示の片付けもそこそこに行きつけのアイスクリーム屋『ムーン・コーンズ』にやって来ている。
乾杯したのは、もちろんアイスクリームで。お互いレギュラーサイズのトリプルコーン。すごい贅沢してる〜!
「予約してくれた人、全員が買ってくれた」
「在庫、なくなったね」
「こんなに喜んでもらえて嬉しい。怖い気持ちもあったけれど、なんていうかヤバいね。楽しい」
「冬夕が語彙力失ってるの、めずらし」
一番上のスクープをスプーンで掬う。そして、お互いの口に運ぶ。
「あーん」
「うーん、デリシャス!」
「あ、写真撮らなくちゃ。トリプルコーンをフィルグラにアップしよう」
わたしたちは、とても手応えを感じていて、そして浮かれていた。
誰しもに認められた存在になったと、思っていた。
アイスクリームを頬張りながらわたしたちは、目をキラキラさせていたと思う。これからも胸を張ってブラを作り続けてゆくと、疑うことなくまっすぐな気持ちでいた。
***
「あれ? ペナントがない」
「え、うそ」
それは、文化祭が終わって、数日がたった頃。フィルグラを通して入って来た注文の医療用ブラを仕上げ終わり、帰宅しようと家庭科室を出た時だった。
「確かに掛けたよねえ」
「わたし、冬夕が掛けるの確認している」
「うーん。誰かのいたずらかな。いやだなあ」
自分たちの大事にしているものがなくなるのは、とてもいやな感じだ。ましてシンボルマークをなくしてしまうなんて、よくないと思う。
「おい、ちょっと」
クラスメイトの男子がわたしたちに声をかける。えっと、誰だっけ。クラスメイトだってことは分かるんだけれど、彼と話をするなんて初めてだ。
「こっちに来て欲しい」
わたしたちは、顔を見合わせる。お互いに首を傾げながらも彼のあとについてゆく。
「こっち」
そう、彼が指差したのは男子トイレ。
「え、なに?」
「あれ、お前らのだろ」
彼はトイレの中に入り、わたしたちの躊躇など気にもとめず、わたしたちを呼ぶ。
「早く」
しぶしぶわたしたちは、男子トイレの中に入る。
並ぶ、白い陶器の便器。
「これ」
またも彼が指差す。小便器の中。切り刻まれていたけれど、そこにあるのは、確かにわたしたちのペナント。
「濡れてないから、用は足されていないと思う」
「井坂君、ありがとう。雪綺、わたし、ビニール手袋とビニール袋を取ってくる」
「あ、わたしもゆく」
「ごめん、井坂君。しばらくそこ、誰も入らないようにしておいて」
わたしたちは無言で廊下を走る。
家庭科準備室にビニール袋と手袋があるのは知っていたので、それを取りに戻る。
それらを掴むとわたしたちは踵を返し、男子トイレに向かう。
走りながら、冬夕が早口で言う。
「あれが、誰の仕業でもいいのだけれど。
たぶん、女子。しかも衝動的というか、感情的」
わたしは答えず、思いを巡らす。
女子?
男子トイレの前で、所在無げに立っている井坂。わたしたちを見て、手をあげる。
「井坂君、ありがとう。誰か来た?」
「誰も」
うなずくと冬夕はトイレに入り、ペナントを取り上げる。手袋ごとビニール袋に入れる。
「井坂君、ありがとう。このことは誰にも言わないでいてくれると嬉しい」
「ん? ああ。言わないけど」
「ありがとう」
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