第32話

 ***


「ああ、素敵です。こういうブラを探していたんです」

 文化祭を訪ねてくれたマーサさんは、県をまたいでやって来てくれた。

「地元では、見つけることが全然できなくて。もちろん通販ではいろいろ見かけるようになってはきたけれど、このブラはとりわけ、キラキラって輝いて見えたの」

 マーサさんは、男の子の手を握りながら、もう片方の手でキラキラっていう仕草をして見せてくれた。

 それを見て、なんだか胸が熱くなった。

「どのブラジャーも左右のパッドを調整することができます。気に入ったデザインがあったら、ぜひ試着をしてみてください。お手伝いもします」

 じゃあ、こちらを、とフィルグラに一番最初にアップしたブラを選ぶマーサさん。

「中也はパパのところに行っていて」

 男の子はすぐさま、廊下の方に走ってゆく。照れくさかったのかな。少し、おはなししたかったな。

「こちらが試着室になります」

 冬夕が家庭科準備室を案内する。

「パッドの厚さなどを調整しますので、ごいっしょさせていただきます。よろしいですか?」

 一瞬、瞳を泳がせたあと、マーサさんはメガネの縁をあげながら笑って言う。

「ええ。三角さん? 結構、傷痕グロいけど平気?」

「わたしたちの母は、それぞれ乳がんのサバイバーです。ですから、傷痕のこと、そんな風に思ったりしません」

 冬夕のまっすぐな視線に、マーサさんは一度うつむき、今度は天井を見上げる仕草。

「ごめんなさい。悪気はなかったの。とっさに自分を守っちゃったわ。わたしだって、グロいなんて思っていないもの。これがわたしの生きている証しなんだから」

 試着と調整を終えて、マーサさんが準備室から出てくる。

「向こうに鏡がありますので、シルエットを確かめてみてください」

 マーサさんは、左右に体を振り、ポーズをとり、全体のシルエットを確認している。なんどもそれを繰り返したあと、わたしたちの方を向き、言う。

「とても気に入りました。ぜひ、このブラをください」

 すかさず冬夕が

「揃いのショーツもありますが、そちらはどうなさいますか?」

 マーサさんは、目を見開いて

「そうそう、フィルグラで見ていたんだった! 上下セットにしてくれる医療用ブラなんて、わたし聞いたことなかった。それってすごく素敵なことよ。もちろんいっしょにいただくわ」

 そう言ったあと、わたしたちそれぞれに握手を求めてきた。

「がんばって。応援しているわ。このことをフィルグラで発信してもいい? あなたたちの写真は、……そうね、今は遠慮しておくわ。でも記念写真はいいでしょう?」

 高階がここにいたら、いい写真を撮ってくれるだろうけれど、今は手持ちのスマホで。マーサさんがインカメラで自撮りするその左右に、わたしたちの顔をすべりこませる。

「本当に嬉しい。ブラももちろんだけれど、あなたたちみたいな女の子がいることがね。あー、これで勇気出た。わたし、来週、術後一年目の検診があるの。すごく怖かったけれど、このブラつけてゆくわ。

 通院と放射線治療、投薬も欠かしていないし、大丈夫だと思うけれど、それでもやっぱりすごく心配していた。

 でもね、お気に入りを身につけるっていうのは、嬉しくて気持ちがあがるし、とっても自信になるのよ」


 文化祭、わたしたちのブースは、その場を離れて他の展示を見にゆくことができないくらい盛況だった。フィルグラで予約をしてくれた人がひっきりなしにやってきてくれた。そしてその人たち、全員がスプスプのブラを(ショーツも合わせて)購入してくれたのだった。

 それは、わたしたちにとって、そして顧問の伊藤先生にとっても大きな驚きだった。このことは励ましとなり、そして自信になった。

 遊びに来てくれた友だちの相手をすることができなかったけれど、それを含めても充実した時間だった。

 谷メイなんかは、

「わたしの晴れ舞台を見られないなんて、ウィンターズかわいそうだから、せめて衣装は見せてあげるね」

 そう言って、メイクと衣装を施して、二回もやって来た。

 ヒロインなんだぜい、とサムアップして去っていった。ドラァグクイーンみたいなメイクと衣装だったけれど、それが、演劇部の見つけた新しいヒロイン像なんだろうか。すっごく気になる。メイの舞台も見たかったな。

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