Ⅳ. Scoop Stripe!

第31話

「わたしが手芸部に入部したいと思ったのは、母にブラジャーを作ってあげたかったからです。

 わたしの母は乳がんを患っていて、左胸の乳房を全摘しています。

 それで医療用のブラをつけているのですが、ある時、こんな風にこぼしているのを聞きました。

『もうちょっとかわいくってもいいわよね。ボーダーのブラとか選べるようになったらいいのにな』

 わたしは、そんな母の願いをかなえたいと思っています。

 この学校の手芸部のみなさんの作品を文化祭で見たことがあります。とても素敵でした。また、職業用ミシンがあることも魅力に感じています。

 今もブラは作っているのですが、それよりもずっとクオリティの高いものを作ることができるのではないかと期待しています。

 よろしくお願いします」

 こうあいさつすると、バチバチバチと力強い拍手が打ち鳴らされた。顧問の伊藤先生だった。

「いいね。医療用ブラ。ぜひ作っていきましょう」

 パチパチパチ……、とお愛想の拍手が続く。わたし、張り切り過ぎちゃったかなと思って、先にあいさつを終えていた冬夕の方を見る。

 冬夕は一度うなずき、小さくガッツポーズをする。

 わたしはほっとして席に着く。


 一年生の春、手芸部に入部した時のあいさつだ。

 今、わたしは文化祭の展示ブースに腰掛けて、はじめてこの教室に入った時のことを思い出している。

 手芸部の先輩はみんな、優しそうだったけれど、どこかよそよそしかったな。

 そしてあの時、わたしのあいさつを聞いていた先輩たちは、みんなやめてしまって、残されたのは冬夕とわたしだけになった。

 それは、冬夕とわたしがブラジャーを作っているという噂が、またたく間に全校に広がってしまったためだった。噂というか、事実なんだけれど、それはなぜかセンセーショナルな話題として取り扱われていた。わたしたちは母のことを思い作っているから、性的なシンボルとは微塵も思っていない。それでも、高校生っていうのは案外、純情で、『ブラジャー』という存在に過度に反応してしまうところがあったのだと思う。

 高校生に限らないのかな。

 なんとなく、そういうエッチで茶化したくなる気持ち、分かる気はするんだけれど、なんか、それって幼いよね、と思っちゃう。

 うーん、わたしがドライだからっていうのはあるのかもしれないんだけれど、なんかね、社会が許している露悪、みたいに感じてしまう。

 子どもたち、とひとくくりにしてしまうのもよくないんだけれど、彼らに媚びようとして、うんこ、とか、おしり、とかモチーフにした学習用具があるけれど、あれって本当によいのかなあ、って思っちゃう。抑えがたい欲望を肯定するような感じ。それらは認められていると、ちいさな時から錯覚してしまうのじゃないかと思うんだよね。

 わたし、考え過ぎ?

 でも、とりわけ男の子たちの許され方ってなんか腑に落ちない。

 理系クラスに進んだわたしたちにとっても、それは身に迫る問題になっている。

 特に大学受験という、人生を左右する出来事で行われている不正が、わたしを不安にさせる。

 医大を目指しているクラスの女子に言わせれば、

「それは、もともとそういうものでしょ。それ以上の点数を取ればいいだけ」

 なんて発言するのだけれど、それは強がりだと思うし、ちっとも正しくない。だって、もし女子たちの合格率があがれば、それだけ医師に占める女性率も高くなって、環境が整うと思うんだよね。

 なんでこんなにこだわるかっていうと、わたし、ママの主治医が女性だったらなあって、思うことがあるから。

 乳房を失うということは、本当に大事なものを損なうことだと思う。

 命が守られて、それはとても嬉しいし、この上なく安堵しているけれど、ママの人生はこれからも続く。

 がんの再発も怖いけれど、ママはリンパ浮腫になることもおそれている。腕などがパンパンに腫れあがってしまうこと。もちろん生活に支障をきたすし、ブラだけでなく、お気に入りの洋服に袖を通すこともできなくなる。ノースリーブのワンピースを着ることを躊躇してしまう。

 幸い、病院にはケアセンターもあって、そういうことの相談もできる。でも、どうもその心配を主治医(男性医師)はあまり理解できていないみたい。もちろん、知識はしっかり持っていて、適切な治療方針を示してくれていると思う。

 でもね、でもね。

 乳がんは、おおむね女性が罹患する。術後のケアや気になることは、やはり男性と女性では違ってくる。そこで、女性医師が多くなり、環境が整ったら、患者にとっても大きなメリットになるんじゃないかって思うんだ。全員が女性になればいいって言っているんじゃないよ。患者側に選択肢があればいいな、と思うの。

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