第30話
***
その日の夜、さっそく高階からメールで写真が送られてきた。フィルグラのDMで送ってもいいけど、解像度が下がるから、と言ってメールアドレスの方にデータを送ってくれたのだ。
そうするとすぐに、わたしのスマホにロップイヤーがやってくる。
>フィルグラアップするね
>オーケー
わたしは眉の太いクマのサムアップスタンプを送る。
さっそく冬夕がフィルグラのスプスプアカウントに写真をアップロードする。
『スクープ・ストライプ公式アカウントです。これから、医療用ブラジャーのアイテムを公開していきます。よろしくお願いします!』
エミリーの着衣写真。ブラ単体のアップ画像。ショーツと組み合わせたイメージ画像をアップする。
ハッシュタグもたくさんついている。
たちまち、いいねがいくつもつく。わたしたちもそれぞれ個人のフィルグラアカウントで、このエントリーをリグラムをする。
クラスメイトからいいねがたくさん届く。コメントも瞬く間に増えてゆく。
>かわいい〜♡
>スプスプ、おめでと〜
>エミリー、めっちゃ美人! スタイル抜群!
>お、ガチ脱ぎじゃん
>えっろ
>はあ? オバブラじゃん。勃たねえ〜
予想はしていたけれど、やっぱりこういうコメント届くよね。なんかすごく心が痛む。撮影の時の高揚感が一瞬のうちに去ってしまった。
>エミリーたんハァハァ
>いや、マジでエロボディ
>私は乳がん患者です。右の乳房を全摘しています。このブラはとても素敵です。どこで購入することができますか?
「えっ?!」
わたしはコメント欄を凝視する。そのスマホの画面に冬夕からの通知が入る。
>フィルグラ、見て
>見てる
>TELする
冬夕からすぐに電話がかかってきた。
「雪綺、見た?」
「見た」
「これから、この人のことフォローしてDM送るね。あ、その前にコメントバックするね。ちょっと待って」
コメント欄にスプスプのペナントがあらわれる。
>コメントありがとうございます。フォローさせていただいたので、相互フォローをお願いします。その後、詳細をDMいたします。
「コメントした」
「うん」
「あ、フォローされた。DM来た! うんうん。きっと冷やかしじゃない。どうしようか。まだオンラインショップは開設していないし、とりあえず文化祭の展示のこと伝えようか」
「それがいいと思う。」
冬夕の声が少し慌てていてうわずっているのが、なんだか面白い。
また、興奮がわたしを包む。
コメント欄は沈黙している。
応援のコメントにはハートマークがつけられてゆく。
届いた。
届いた。
ママたちの他にも、当たり前だけれど、サバイバーはいるんだ。必要な人に、わたしたちはわたしたちのブラを届けることができる。
***
文化祭当日、いつものようにペナントをドアに提げ、家庭科室をわたしたちスプスプのアトリエにする。
今日は開放日だから、扉は閉めない。
そわそわする気持ちを少し煽るように、廊下からざわざわした気配が間欠泉のように、途切れながら流れてくる。
フィルグラに初めて写真をアップした日、コメントくれた乳がん患者さんはハンドルネームをマーサさん、といった。
あのコメントをきっかけに、スプスプのアカウントは、すっくと立ち上がったように思う。
それからしばらくの間、真摯な問い合わせが相次いだ。
かわいいブラを求めている人が本当に多いことを知った。それもみんなサバイバー。今も病いと闘っている人たち。
「病いと戦う人のQOLをあげること、本当に大事なんだ。雪綺、わたし、スプスプを続けることが少し怖くなっちゃった」
「冬夕?」
椅子に腰掛けた冬夕は、自分の手のひらをじっと見つめている。
「でも、これがわたしが望んでいたこと。わたしが雪綺といっしょにやっていきたいこと」
うん、と言ってわたしは冬夕の手を握る。
「わたしたちは、喜んでくれる人に、応えたい」
ふっと、空気の流れが起こり、人の入ってくる気配。
わたしたちは慌てて立ち上がる。
「こんにちは、マーサです」
眼鏡をかけた、わたしたちのママくらいの年代の女性。やんちゃそうな男の子と手を繋いでいる。
「はじめまして。スクープ・ストライプの三角冬夕です」
「松下雪綺です」
マーサってなんだよお、と言いながらお母さんの足にまとわりつく男の子。
マーサさんは笑っている。
今、スプスプの新しい世界がはじまろうとしている。ううん、もうはじまっている。
展示している医療用ブラを手に取る冬夕。
「試着室もご用意しています」
わたしたちは、そう、ブランドをはじめたのだ。
<スクープ・ストライプ Ⅲ. Shooting! おわり>
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