第29話
「では、撮影入りまーす! よろしくお願いします」
颯爽と登場するエミリー。ああ、本物だ、と思う。ランジェリー姿だからといって、1ミリも恥ずかしがるところがない。むしろ、堂々としている様が、学校にいる時よりも際立っている。編み込みされたロングヘアが、まるでティアラのよう。
そして、被写体と撮影者の息がぴったりと合っている。
「エミリー、いいよ。もっと顎を上げて、気品高くして」
「うん、すごくいい。今度はこっちに目線をちょうだい」
「ライト、もっとエミリーに強く当てて!」
冬夕とわたしは、高階に言われるままにライティングやセッティングを行う。
「じゃあ、同じ感じで他のアイテムも一気に撮っちゃおう」
わたしたちは、エミリーのフィッテイングを手伝う。胸がむき出しになってもおかまいなしだ。乳房の形も乳首も、ツンとしていて理想的なおっぱいだ。
でも、わたしたちは、それを失ってしまった人のためにブラをつくる。やっぱり、ママをモデルにした方がよかったのじゃないかという後悔の気持ちが湧きあがる。実際のサバイバーが身につけている方が利用する人たちに寄り添っているのじゃないか、そう思う。
見学に来ているわたしたちのママの様子をうかがう。ふたりともじっと、エミリーを見つめている。
どんな風に感じているのだろう。自分の損なわれた健康を思っているだろうか。胸元が疼いていたりしないだろうか。
「じゃあ、ラストのシュートです。お願いします!」
エミリーは最後まで堂々として、本当に完璧なモデルだった。
「終わりでーす」
高階が声をあげると、ママたちが一斉に拍手をする。
「エミリーちゃん、素敵! 最高!」
「そのブラ、わたしも着けてるのよ!」
エミリーはにこやかに笑い、一礼をする。
「素敵なモデルさん。わたしたちが、どんな風に歩いたり、振る舞ったりしたらいいかを示してくれたわ。彼女から、すごくエールを送られているのを感じるのよ」
撮影が終わるとすぐに高階は自分のラップトップで写真の選定をはじめる。
写真が決まると、今度は色の調整を始め出した。
「うそ! 撮影した時の写真、なんだか暗いな、と思っていたら、めちゃめちゃ明るくなってるし、すごく素敵になってるじゃん!」
高階は、へへへ、と鼻をこする。
「わたし、自分用のフィルターをつくっているから、それで現像してみるね。そこからディテールがはっきりするようにシャープネスとか整えてみる」
正直、暗くてどよんとした感じの写真で、わたしたちの方がうまくない? とか思っていたけど、そんなことなかった。重めだった画像が、みるみる明るくなり、びっくりするほど最高の写真になった。色の感じで、ここまで変わるなんて驚きだ。冬夕も画面に釘付けだ。
「ヒーコちゃん、さすが。エミリーの美しさも際立つし、ブラのテクスチャーもさわれるように感じる」
「ピントは、結構、カリカリに合っていると思うよ。偽色は入れないようにするね。あくまでも商品に忠実になるように調整します。とはいえ、スマホによっても、その設定によっても色って違うから、この画面での調整になるけどね」
写真の納品は後ほどメールで、ということになり、今日の作業はここまで。あとはお楽しみのアフタヌーンティー。
「あ、これクロテッドクリームですよね」
「ヒーコちゃん、よく知ってる。さてはイギリス好きだな?」
「あ、いえ、どっちかっていうと、食いしん坊です。以前にこうやってお茶をいただいたことを思い出しました」
そう言ってエミリーに目配せをする。エミリーは両手の人差し指を上に向け、アーメン、と言った。
ふたりは、うなずきながら優しく笑う。彼女たち、クリスチャンなの? それであんなに息がぴったり合っていたのだろうか。
「エミリー、はい。今日の謝礼。ギャランティって言えばいい? 本当にありがとうございました」
「こちらこそ、いい経験になったわ。ところでスプスプは、最初に見せてもらったような一般のブラもつくるのだったよね」
「うん、そうだけど」
「じゃあ、この料金で、上下揃いの下着をつくってちょうだい」
そう言うとエミリーは、冬夕が渡したばかりの封筒をその手に返す。
呆気にとられる一同。すかさず突っ込む高階。
「エミリー! なにかっこいいことやってんの? わたしが幼いみたいじゃんか!」
「ふふふ。ヒーコちゃんにはこちらです。きっと気にいると思うよ」
冬夕が高階に紙袋を手渡す。高階はそれを胸の前に抱える。
「ありがとう、スプスプのふたり。お母さんたちも。わたし、撮影ができて本当に嬉しい。運営、大変だと思うけれど、がんばってね」
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