第28話
高圧的なエミリーの隣で高階が小さくなって慌てている。
「そうです。ブラジャー。ショーツもつくっているから、ランジェリーブランドなのだけれど、顔出しできるプロのモデルを探しています」
「ふうん。あなたができそうじゃない。自分でやらずに人に頼むのはなぜ?」
冬夕とエミリーの間には、火花が散るよう。こういうバチバチの緊張感、初めて見るかも。
「はい。わたしたちはブラをつくる者として、特に医療用のブラをつくる者として、プロの意識を持っています。商品としてのランジェリーに絶対の自信を持っています。だから、その最高の商品をとびきり素敵に紹介したい。最高のカメラマンは、もう手配できました」
エミリーは高階を一瞥して、冬夕に向き直る。そして黙ってうなずく。
「それで、あとは最高のモデルが必要です」
「わたしは、正式なプロではない。でもある団体の雑誌の表紙を何度か飾ったことはある。だから、まるっきり素人、というわけでもない。ウェブメディアで紹介されたこともある」
「それは頼もしい」
「引き受けてもいいと思っている。わたしが着けるのは、医療用のブラなのね?」
「はい。わたしたちは医療用のブラを素敵にしたいという願いを持っています。サバイバーである母たちを喜ばせたいし、治療をがんばっている人の一助になりたいと願っている。お気に入りの一着を見つけてほしい」
「そのブラを見せて」
わたしが自分のバッグから取り出す。
「これは制作中のもので、一般用のだけれど。あとは刺繍を入れたら完成」
エミリーは、そのブラを柔らかく抱えるように扱う。光に透かし、そして、また丁寧にわたしに手渡す。
「素敵」
つぶやいて、エミリーは瞳を閉じる。なにかぶつぶつと小さくひとり言を話している。そのあと、目を閉じたまま沈黙。
わたしたちは、黙ってそれを見つめることしかできない。
しばらくして、瞳を開いたエミリーは、
「オーケー。わたしはそのブラのモデルになる。専属のモデルでいいわよ」
「ありがとう、エミリーちゃん」
「エミリーでいい。わたしも冬夕、雪綺と呼ぶ。
ところで、ギャラは発生するの?」
「はい。もちろん。そのつもり」
「今のそのブラはいくら? 上下揃いで。その金額を払ってくれるなら、やってもいいわよ」
上下セットだと、結構な金額になる。そうか、わたしたちはそういう価格で販売しているんだな。いざ払うとなると躊躇してしまう。
冬夕が金額を告げ、エミリーがうなずく。
「それでは、その金額でお願いします」
冬夕が右手を差し出す。エミリーはその手を掴む。今度はエミリーがわたしに握手を求める。思いのほか、優しく柔らかい握手だった。
***
撮影はわたしのママのアトリエで行われた。人物撮影用の背景のスクリーンはなかったけれど、
「レースのカーテンがあれば大丈夫」
そう高階が言うので、それを壁いっぱいに提げる。
エミリーに着けてもらうのは、スプスプの医療用ランジェリーでも比較的ラグジュアリー感のあるアイテム。アンティークのレースをあしらった、白地なので一見シンプルに見えるけれど、着け心地もシルエットもとても上品に仕上げているもの。
着脱と着け心地に配慮するため、フロント開きのスナップボタン留めなのだけれど、なるべくボタンだとわからないようにレースで覆っている。ブラ紐のアールもきつめで、デコルテを少し広く見せるようにしている。傷口やなくなった乳房を考慮しなくてはならないから、できる範囲のところでエレガンスを醸し出すようにしている。
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