第26話
***
「ねえ、ママ。スプスプのモデルになってもらえる?」
乾燥機から取り出した洗濯物をたたみながら、料理中のママに大きな声で問いかける。
「モデル? 下着の? わたしが? いやよ」
「えっ、マジ」
洋服をたたむ手が止まる。
「もちろん。だって仕事に差し支えるでしょ。紅茶のインストラクターが下着の写真を出しているなんて、クライアントが逃げちゃうわよ」
「うわー、マジか。詰んだー」
わたしは洗濯物の山の中に倒れこむ。マジかー。
「確かに、あなたたちのやっていることは素晴らしいし、応援している。でも、わたしも仕事やら契約やらいろいろあるのよ。生活だってかかっているんだから」
生活! そうだ、あのことをお願いしなくちゃならないんだ。
わたしは、洗濯物につっこんだまま、もごもごとしゃべる。
「え? なに? 忙しいんだから、ちゃんと聞こえるように話して」
わたしは意を決して立ち上がり、キッチンに向かう。
「あの、ママ」
「わ、びっくりした。なに?」
わたしは深呼吸をひとつして、切り出す。
「わたし、志望大学を決めたの」
「そう。どこに?」
ママは料理の手を休めない。
「教養学部。アーツ・サイエンス学科がある大学」
「それは?」
「私立文系」
「私立! 文系?」
わたしの方を振り向くママ。わたしの方をじっと見つめる。娘の考えていることを探っている。
鍋が吹きこぼれる。ママはあわてず、火を止め、布巾でレンジを拭いてから、あらためてわたしと向かい合う。
「私立文系?」
「そう、私立文系」
わたしが大学名を出すと、目を丸くしたあとで、なるほど、とうなずく。
「それは、冬夕ちゃんといっしょなのね。ふたりで大学生活送りたいから、だけで決めたわけではないのよね。そんなに簡単な大学じゃないし。うん、悪くない選択だと思う。でも、英語力がすごく必要じゃない?」
「そうなの!」
ママは腕組みをする。
「うん。その大学を目指しなさい。確かにふたりにぴったりだと思うわ。でも、冬夕ちゃんはともかく、雪綺はすごく努力しなくてはならないよ」
「そうなんだよ」
へら〜と笑うわたしをママの視線が射すくめる。わたしはぴりっとしたその雰囲気に、たちまち緊張してしまう。
「でも、まだ時間があるから大丈夫よ。必要なら英語学習の教材を用意してもいい。塾でもいい」
「えっ。本当に?」
「うん。わたしもちょっと憧れた大学だから。かといって、あなたに押し付けるつもりはないよ。でも現役で無理だったら、そうだな一浪くらいはゆるしてもいい」
「……ありがとう」
あのね、とママが言って、わたしの頰を両手で包む。
「雪綺はわたしの宝物。とっても大事なの。だけどわたしのエゴで縛りたくない。でも優しくするエゴは許してちょうだい」
そう言うと、手をほどき、背を向けて料理の続きに取りかかる。
「モデルの話、考えておく。簡単に無理だなんて言ってはいけないわね。顔を出さない、という条件なら可能かもしれない。まあ、ばれちゃうんでしょうけれど。わたし、サバイバーであること、おおやけにしているし。
むしろ、フィルグラとかでスプスプのこと宣伝しちゃえばいいのか」
「あー、嬉しいけれど、今はいい。なんか、まだ大人の世界は、ムリ、って思うから」
「そうなの? 十分、大人の世界のことをしているのにね。あなたたちは、まだまだ守ってもらいなさい。絶対に守ってあげるから、自由にやりなさい。そして、大学や今の高校生活で、その教養っていうやつをきちんと身につけなさい。しっかりと学びなさい。とにかく学び続けること。
あなたたちが生きる世界では、たとえば、政治の世界でも、担がれて女性首相になるのではなく、女性首相の座を勝ち取ることが必要。日本は、今、少し学びの姿勢をおろそかにしているけれど、目が覚めれば、なんだってできる国よ。賢い女性が虐げられることなく生きることができるように、本来ならわたしたちの世代が成し遂げるべきだったと思うけれど、ロストジェネレーションは、本当に不遇だったの。でもそれも言い訳ね。
とにかく力を貸すことはできるから、がんばって」
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