第20話
わたしたちは、残されて、少し複雑な気持ちになっている。
「普段使いして欲しいと思うけれど、でも特別って言われると、それはとても嬉しい」
冬夕は嬉しそうにしているけれど、まだ何かを考えているようでもある。
「ブランドのラインをいくつか作ったらいいのかな?」
わたしは軽く提案をしてみる。
「うーん。わたしは今の路線でいいような気がしているよ。いつか特別を普段使いするってところまで持ってゆけたら理想なんだけれどね。
わたしたちは、もう自分たちの手作りのものしかつけていないから、特別感はないけれど、その意識って大事なのかも。
これは今後の課題として、引き続き検討してゆくことにしましょう。オンラインショップの時のサイトの作り方の参考になるね。
あ、それと、わたしちょっと調べてみたんだけれど」
そう言って冬夕は新書とスマホをバッグから取り出す。
「まどかちゃんが、生理来ていないって言ってたじゃない? それで病気だと嫌だなあと検索してみたんだけれど、確かにそういう病気はあるみたい」
「そうなんだ」
わたしは、体がきゅっと縮こまるのを感じる。
「命に関わるわけじゃないけれど……。ううん、でも本当は命に関わるの」
冬夕はめずらしく爪を噛む仕草。
「次の命に関わるの」
「次の命?」
次の命ってなんのこと?
「うん。もしかして、出産が難しくなるかもしれない」
ああ、と思う。それは、確かに命に関わることだ。
「なるほど、それなら、やっぱりちゃんと伝えた方がいいんじゃない」
「でもね、ことはそう簡単じゃないんだよ。
トランスジェンダー、ざっくり言えば自分の性自認と体が違う状態のことなんだけれどね。そういうことが起きているかもしれないの。極端な事例で言えば、もしかして、卵巣じゃなくて精巣があるのかもしれない」
わたしは、えっ、と思い冬夕の目を見る。
冬夕はうなずいて続ける。
「うん。それなら普通は分かるよね。でもね、性器が外に出てないこともあるんだって。そうなると、完全にわたしたちの手に負えないことだよね。
まどかちゃん、いずれにしても婦人科受診した方がいいと思うから、今度注文くれた時にさりげなく伝えようと思っている。
もしさ、結婚して子ども出来ないって知ったらショックが大きいと思うんだよね」
わたしは黙ってうなずく。うなずきながら、とてもとても不謹慎なことを考えていた。わたし、子ども、欲しい? 冬夕は、子ども、欲しい? わたしたちの将来に子どもって考えなくちゃいけないこと?
「でも、わたし、考えていることがあって」
わたしは、冬夕を見あげる。
「日本はもっと養子縁組、あ、結婚じゃなくて里親、里子の方ね。その方法が、言い方は軽くなっちゃうけれど、もっともっとカジュアルになったらいいと思うの。特に子どもを預ける側の方の話になるんだけれど。
子どもを、やっぱり育てられなくて虐待するっていうのは、なんか、価値観のせいだと思っているの。母は聖母たれ、みたいな思想。そうじゃなくていいと思うんだ。男性が育児にもっと参加すべきだし、もっと社会が優しくていいと思うんだ。
つまずきには寛容に。
差別は看過しない。
なんかいいスローガン見つけなくちゃ」
まぶしい、まぶしい、まぶしい。
わたしは、突然、泣きたい気分になる。
「雪綺、どうした?」
わたしは冬夕に抱きつく。
「あんまり、遠くにゆかないで」
冬夕はしばらくじっとしていたけれど、そのあと、ゆっくりとわたしの髪をなぜる。
「わたしは、遠くにゆく」
わたしの目から、涙がこぼれてしまう。
「雪綺もいっしょよ」
冬夕は優しい。でも、その優しさはわたしにとって厳しい。
「泣かせちゃった。ごめんね。おわびにアイス、おごっちゃうよ」
わたしは、グズグズの鼻をすすり、冬夕に刺繍してもらったハンカチで涙を拭う。
「……トリプルスクープ」
「了解」
ペナントを仕舞い、行きつけのアイスクリームショップ「ムーン・コーンズ」に向かう。
いっしょに、いっしょに。
いつまでも、いっしょに。
わたしたちは、手を繋いで校門を抜ける。
閉門の時間、たくさんの視線。学年主任の視線。
だけど、誰もわたしたちに声をかけない。かけられない。
冬夕はとても厳しい顔をしている。
わたしは、冬夕の手をぎゅっと握る。
冬夕もわたしの手をぎゅっと握り返す。
戻ることのできない季節を過ぎた、と思う。
わたしは、冬夕の隣にふさわしい自分でいたいと願う。
まぶしい、まぶしい、まぶしい。
<スクープ・ストライプ Ⅱ. Sparkle! おわり>
***
<参考文献>
上谷さくら 岸本学 「おとめ六法」
森山至貴 「LGBTを読みとく」
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