第19話

 トントン。ノックの音。

「どうぞ」

「こんにちは、スプスプのふたり」

「こんにちは、まどかちゃん」

「今日は採寸するけれど、いい?」

「うん。練習を終えて、シャワーも浴びてきました」

「じゃあ、わたしと家庭科準備室で採寸をしましょう。ショーツの方も念のため測っておきたいので、それもお願いできる?」

「うん、大丈夫」


「じゃあ、よろしくお願いします!」

 採寸を終えて、小笠原まどかは去ってゆく。

彼女を見送ったわたしたちは早速ミーティングをはじめる。

「うん。トップとアンダーの差はほとんどなかった」

「予想通りだね。問題ないよ」

「そして、ウエスト、すっごく細い」

「それも予想通り」

「羨ましい」

「へえ。冬夕がそんなこと言うなんてめずらしい」

「だって、この間のブルーデイズで2キロも太ったんだよ!」

「すぐ痩せられるよ。だって、これから鬼のよーに作らなくちゃいけないんだから。制作の間はお菓子禁止だし」

「え? 雪綺のママのスコーンも」

「そう。だって、生地に脂がついちゃったら最悪じゃん」

「そりゃ、もちろんそうだ」

「頑張って作ろうよ」

 わたしがこぶしを突き出すと、おあいそ程度にちょこんと返す冬夕。

「でも、頭脳労働にはおやつ、必要だよ」

「そう言うと思って用意しました。じゃん!」

「あ、なつかし。ラムネじゃん」

「そう。このラムネはブドウ糖90パーセントなので、直接脳に働くらしいんだよね。手も汚れにくいし、いいでしょ。でも食べすぎるとやっぱりお砂糖だから太るらしんだけれど」

「わたしわあ、スイーツ、がいいな」

「つべこべ言わない。夏休みがあっという間に終わっちゃうぞ」

「はいはーい」


 そこからわたしたちは、怒涛の制作期間に入った。夏期講習と宿題の時間をのぞけば、ずっとミシンと格闘していたと思う。夏期講習のある時は学校の家庭科室で。宿題をこなさなくてはならない時は、おのおの自宅で。講習も宿題も取りこぼしのないようにしっかりとこなした。

 親の視線に対して、堂々と制作をしていたいということはあるのだけれど、わたしは、やっぱり冬夕の存在が大きいかな、と思う。

 彼女は本当に頭がいいのに、わたしと付き合ってくれている。分からない問題があっても、分からない、ということでわたしのことをばかにしたりしない。

「分からないっていうのは大事だよ。だって、それはすでに分かりそうな気配があるってことだもんね」

 

 わたし、夢みたいなことを考えていたけれど、やっぱり冬夕の横にずっと立っているのは難しいんだと思う。いつか彼女の手を離し、世界に羽ばたかせてあげないといけないと思う。

 そのきっかけに、スプスプは必ずなると思っているから、わたしは、このことを一生懸命に頑張ろう。頑張ってがんばって、世界がいち早く冬夕を見つけるように。そうなった時、笑って送り出せるように、わたしも冬夕のような知性を身につけよう。


 夏休み後半になっても陸上部は活動を続けていたので、その日に合わせて登校し、フィッティングとお渡しをすることにした。


「こんにちは。スプスプのふたり」

「こんにちは、まどかちゃん。早速試着してもらえるかな」

 家庭科室準備室に入る、冬夕と小笠原まどか。今回も設計自体は冬夕が担当し、わたしは素材と色合わせ、細かな装飾の作業を行なった。メッセージの刺繍は冬夕が担当。

 ほどなくふたりが戻ってくる。小笠原が、なんだかびっくりしたような顔をしているのが気になる。

「どうだった?」

「うん、あの……。素敵。素敵過ぎて、普段に着けること、できない」

 あ、そう思うのか。

「でも、でもね。今度、新人戦が秋に行われるんだ。その時に、必ず着ける。とても体にフィットしていて、すごく早く走れそうな気がする」

「うん。まどかちゃんが輝けるように願いを込めて刺繍もしているから、あとでそれも見てみてね。

 ところで普段使いにするには、やっぱり、ちょっとお値段高いかな?」

 冬夕の問いに小笠原は、はにかんで、うーん、と言う。

「そう、だね。何着も、とか練習用、とかにはやっぱりもったいない。あ、でも、高いっていうよりも、特別って感じがするの。ファストファッション? とかそういうのとは違う、わたしのもの、という気がするの。

 だからね、とても嬉しいんだよ。特別な時に着けるね。きっとまた注文するね!

 ほんとうにありがとう、スプスプのふたり」

 小笠原は、もう一度準備室に入り、着替えをする。やがて、ブラとショーツの入った袋を大事そうに両手で抱え、頭を下げて、帰ってゆく。

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