Ⅱ. Sparkle!
第11話
「あー、雪綺ー。ブルーデーが来た」
そう言って、冬夕はわたしの背中にのしかかる。
「それはご愁傷様。わたし、ちょうど明けたところ」
「ふうん。だからそんなに涼しい顔していられるんだ。わたしたちソウルメイトだから、ブルーデーだっていっしょのはずでしょ」
わたしは、ふりかえって冬夕の鼻をつまむ。
「わたしの時、いっしょにおなかいたいいたいしてくれた?」
「でも、雪綺は軽いじゃん」
つっけんどんにそう言った冬夕は、あ、という顔をして、わたしに向かって深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。調子が悪いのを盾にして、ちょっとひどいことを言ってしまった」
「別に、ひどくないよ。冬夕がいつもつらい思いをしているのは知っているからね。確かにわたしの方が軽いような気がしている」
気にしないで、とわたしが言い、ありがと、と冬夕が答える。
あたりはしん、と静まっている。そこに、きゅっきゅ、とわたしたちの足音がこだましている。ここは、夏休み中の学校の廊下。わたしたちの通っている高校の家庭科室の前。
冬夕は、なにをそんなに詰め込んだの、というくらいずっしりと重そうなトートバッグから三角形の布を取り出す。それはわたしたちのランジェリーブランド『スクープ・ストライプ』のペナントだ。それを家庭科室のドアに提げる。
これが提がっている間、この教室はわたしたちのアトリエになる。夏休みの間にスクープ・ストライプ、スプスプは新作をたくさん作る予定なんだ。
秋には文化祭もあるので、その時には医療用のブラを出展するつもりでいる。
できればそれよりも前、夏休みが明けた頃には、普段使いのランジェリーのオンラインショップも開設して売り出したいと思っている。
いちおう、手芸部に所属しているわたしたちだけれど、顧問の先生からブランド展開することを了承してもらっている。文化祭に出展するのは、そのためのトレード、義務みたいなものだ。
わたしは、ロッカーの鍵を取り出し、ミシンを取り出そうとする。
そんなわたしを制するように、わざとらしく、オホン、と咳をする冬夕。
「今日はまず、ミーティングを行いたいのですが、雪綺さん、よろしいでしょうか?」
「うん、もちろん」
わたしは、応えて席に着く。
では、と言って、冬夕は彼女の抱えるバッグからラップトップを取り出す。
「あ、それでそんなに重そうだったんだ」
「そう。わたし、タブレットよりパソコンの方が使いやすいんだよね。ママのお古だからかなり重いんだけれど、最新のOSはまだインストールできるからね」
では、はじまりはじまり〜、と言ってアプリケーションを立ち上げる。これは動画かな?
冬夕がなにやらかしこまったお辞儀をする。ペンをマイクに見立てて、
「ハロー、エブリワン。ようこそスプスプミーティングへ」
あ、そうかプレゼンテーションか。
「この夏、わたしたちは、さまざまな課題に取り組むことになっています。今日、提案するのは、特に大事な2点についてです。それでは、雪綺さん。わたしたちがするべき大事なことのひとつ目はなんでしょう?」
いきなりオーディエンスを巻き込むタイプなの? わたしは、なんだか慌てて、しどろもどろに答える。
「えっと、ええ、販売するためにブラをたくさん作ること?」
「イエス! その通りですね」
画面には、わたしたちスプスプのブラが表示される。ストライプと刺繍をあつらえたオリジナルアイテム。
「それと文化祭に向けてのアイテムの制作ですね。それは今までと同じ、乳がんサバイバー用のブラを作ることです」
ラップトップの画面にはオリジナルブラの隣に、フロントホックの少し大きなサイズのブラの写真が映し出される。
わたしたちがママたちのために作っているブラジャーだ。市販されているものより、ぐっとシックでおしゃれなブラだと自負している。ママたちの意見も取り入れ、ストライプを裏地に入れて、表にはレースをあしらったり、幅にゆとりを持たせているブラ紐の、そのアールを少しきつくして、医療用ブラにありがちなもっさり感を払拭させている。
ちょっと見せブラっぽいデザインも取り入れているんだ。それは他人に見せつけるためではなくて、洗濯した時とかに、いいブラを着けているって思ってもらうため。乳がん患者だけれど、おしゃれができるのって素敵って、ママたちに感じてもらいたいから。
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