第10話

 わたしたちはそれから杉本のブラをつくることに専念をした。大半は冬夕が作業をした。わたしは、ブラひものレースの装飾や、ホックの部分、そこはストライプの生地を使用する、そういった細かい作業を担う。

 なんとか夏休みの前にはそれを仕上げたかった。期末テストに差し掛かっていたので、分担しながら、結局、その時期は杉本のブラを制作するので手一杯だった。

 期末テストが終了した日、わたしたちは家庭科室にペナントをさげる。


 コンコン。

 控えめなノック。

 少し、ペナントは揺れたかもしれない。


「こんにちは」

「こんにちは、さとみちゃん。こちらに座って」

 冬夕が不織布の袋から、ラベンダー色のブラジャーを取り出す。

「えー」

 口元をおさえる杉本。

「かわいい……」

 そのひとことにほっと息をつく。

「でも、これ、わたし、入るかな」

「準備室で試着しよ」

 冬夕は杉本を隣の部屋にうながす。

 わたしは、その間、じっとして待っていた。


 やがて、はにかみながら杉本が出てくる。わたしは立ち上がって彼女を迎える。

「雪綺ちゃん、どうかな?」

「すごく、すっきりした」

「そうなの!」

 杉本は瞳を輝かせて、あとから出て来た冬夕の方を向く。

「とっても快適なの」

「よかったあ」

「なんだか、制服がひとまわり大きくなっちゃった。ぶかぶかして、おなかのあたりがすかすかするよ」

「少し、背筋も支えられると思うから、楽になるんじゃないかな? そのことを意識すると姿勢ももっとよくなるよ。向こうに鏡があるから見てみて」

 杉本は飛ぶようにそちらに向かい、左右に体を振って、全身を眺める。

「すごいね。全然違うんだもん。わたし、やせちゃったあ」

 確かに胸の印象で、体のラインの見え方も変わってくる。

「このまま、つけて帰ってもいい?」

「もちろん」

「ありがとう。えっとふたりはなんていうんだったっけ?」

「スクープ・ストライプ。スプスプ」

「スプスプ! ありがとう! きっとまたオーダーしちゃう」

「うん。夏休み中にたくさん作る予定だよ。それが出来上がったらオンラインショップもはじめるつもり」

 杉本は、きらきらした瞳でわたしたちを見る。

「すごいすごい! 絶対すごいよ! 友達に自慢しちゃう。スプスプ、すごくいそがしくなっちゃうよ」

「うふふ。嬉しい。さとみちゃん、ブラにひとこと刺繍も入れているから、あとで見てみてね。スプスプからのメッセージ」

 うん、と答えて杉本は家庭科室をステップを踏むように出てゆく。

 わたしたちはグータッチをする。


 ペナントをおろし、今日の営業を終了する。テストも終わって、ものすごい開放感に浸っている。

「打ち上げといきますか」

「そうだね。今日はどこにしますか?」

「もちろん、ムーン・コーンズ」

「トリプルスクープにしちゃおっかな」

「わたしも」


 わたしたちは、行きつけのアイスクリーム屋さんに向かう。テスト明けで、ウチの生徒でごったがえしているだろう。人気のお店だから、立ったまま、カウンター席で食べることになるだろう。フレーバーはどんな組み合わせにしようかな?

 昇降口を抜ける。強い日差しが目を射る。梅雨はもうじきあけるだろう。

 いよいよ夏休みに突入だ。

 わたしたちは、たくさんのブラをつくるつもりだ。

「雪綺、わたしもブラ、欲しくなっちゃった。つくってもらえる?」

「もちろん。あ、でもまた採寸しなくちゃだな。冬夕さんは成長期ですから」

「あー。太ったって言いたい? これからアイス食べるのに」

「全然。だって、ほら、わたしと身長いっしょになったじゃん」

 冬夕は立ち止まり、わたしの目をじっと見る。そして、

「ほんとだ」

 そう言って、手のひらでふたりの頭のてっぺんを測ってみる。

「雪綺の瞳がまっすぐ見られる。わたしね、雪綺の目の形が好きよ」

 アーモンドの瞳がまっすぐにわたしを見据える。

「え、わたしキツネ目じゃん」

「オリエンタルな瞳だよ。切れ長でとってもかっこいい」

 わたしは照れてしまって、はにかんでうつむく。冬夕の瞳がアーモンドの形で、素敵だってことを伝えそびれる。ううん、伝えなくちゃ。

 わたしは、まっすぐに冬夕の瞳を見る。

「わたしは冬夕の瞳が好き。アーモンドの瞳。憧れる」

 冬夕は、はっとした表情を浮かべる。その瞳が大きくなる。目を見据えたまま、わたしの手を取り、歩き出す。

「トリプルスクープにしなよ。わたし、おごっちゃうぞ」

「それなら、わたしも君にアイスをプレゼントしよう」

 手を繋いで、わたしたちは笑い合う。

 風がびゅう、と背中を押す。木漏れ日が細かい拍手のように揺れている。



 <スクープ・ストライプ Ⅰ. Proudly! おわり>



 ***



<参考文献>


ハヤカワ五味 「私だけの選択をする22のルール あふれる情報におぼれる前に今すべきこと」


マララ・ユスフザイ 「わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女」

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