第9話
採寸は冬夕が行う。わたしもいっしょにいた方が本当はいいのだけれど、とてもプライベートなことだし、ふたりがかりでのぞむのは違うと思っている。
いっしょの方がいいと思うのは、わたしも杉本のおっぱいがどんなだかはっきりわかるし、そうすればある程度ブラの形もイメージできるから。
でも、そこは冬夕に任せる。
目的のために、大事なことを履き違えないようにしないといけないと、言い聞かせる。
「さとみちゃん。あと、これはカルテなんだけれど、好みの色とか装飾とかそういうの、書き込んでちょうだい。あ、胸囲とかも書いてるから、これは絶対にわたしたち以外には誰にも見せないからね」
杉本が帰ったあとで、ふたりで会議をする。
「なかなか立派なおっぱいでした。アンダーとトップの差が16cmあったよね」
「おー、Dカップになるかあ」
「うん。それを見た目で、C、できればBくらいにしたいって考えてる」
「それできるの?」
「うーん。やってみる。考えたデザインの方向性は間違ってないと思う。少し時間はかかるかなー。だから、雪綺にはカラーリングを考えてもらいたい」
「オーケー。カルテと杉本を見て、だいたい、イメージはできている」
「頼もしい」
「じゃあ、生地を今日は買い出しにゆこう」
「そうだね」
スプスプのペナントを下げ、わたしたちは帰途につく。廊下を歩いていると、男子がひとり目の前からやってくる。
すれちがいざま、
「レズのセックスターイム」
とつぶやいて去って行く。追いかけようとしたわたしの腕をつかむ冬夕。
「言わせておいて。レズビアンがなんだかも彼はわかっていないのよ」
伊藤先生に鍵を返し、わたしたちは無言で校門を出る。
「ああいう、揶揄と差別に、わたしたちは戦いを挑むの」
冬夕がこぼすようにつぶやき、それきりわたしたちは黙って歩く。
梅雨の季節。あいにく空は曇天で、なおさら重い空気がわたしたちを包んでいたけれど、生地屋さんにくると、それはひといきで雲散される。
これがいいんじゃない。うん、すごくいい。差し色にはこれを使おうと思って。さすが。
手芸店はいつ来てもわくわくする。なんでもつくれそうな気分にさせてくれる。それは冬夕と手芸を始めた頃から変わらない。最初の頃はなんでもできそうな気分だけで満足していた。だから、家についても何もしないことが多かった。布地だけが重なってゆく。
それではいけない、と思わされたのは、やっぱり冬夕の手仕事を見たからだった。
本当に惚れ惚れするようなその手つき。運針のリズミカル。吸い付くような布地。波が収まると、あらかじめ用意されていたみたいにその作品はそこにあった。
わたしは、冬夕の手元をいつまでも眺めていられる自信がある。それと同時に、冬夕にもわたしの手元を見てもらいたいという欲求が芽生える。
それがわたしの技術を向上させると、今も思う。差し出されたハンカチに答える術だと考える。
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