第7話
「さとみちゃんのブラだけどね」
ティーカップの紅茶をすすってから冬夕が切り出す。
「わたし、ちょっと作ってみたいと思っていたの。胸が大きい人がちょっと小ぶりに見えるようになるもの」
「まあ、わたしからしたらずいぶんぜいたくな悩みに思えるけど」
「雪綺、そんなこと言わないで。胸の大きい人はそれで悩んでいることもあるんだから。で、そういう人ってさらしを巻いたりして、すごく胸をしめつけて過ごしているんだよね。結局、わたしの考えるデザインも、考え方としては同じようなところに行き着くんだけれど、単純なさらしだと、痛くて苦しいし、とても味気ないんだよね」
わたしは紅茶を飲みながら、冬夕の話を聞いている。
「胸の大きさって、姿勢が影響するって雪綺もわかっているでしょう? それで、背筋を少し立てるようにして、矯正するような感じかな。カップは大きめだけれど浅くして、無理なく、でも少し胸がやせるようにみせることができないかなって考えてるの」
なるほど、とわたしは相槌を打つ。
「わたしのママも胸が大きいじゃない?」
冬夕のママもサバイバーだ。幸い、がんの発見が早かったので、乳房を温存することができた。
しこりに気がついたのは冬夕だった。
冬夕のママには、わたしのママのブラの試作品を作っているときに、協力してもらっていた。
本当に人の表情と同じように、胸の表情も十人十色。だから、厳密に言えば、役に立つとは言えないのだけれど、当時のわたしたちの胸は、役に立つ以前の問題だった。やせっぽちで、わたしなんかはまだ、スポーツブラで十分なくらいだった。
もちろん、ママに直接採寸はお願いしていたけれど、正直に言うと、くぼんだ胸を見るのは、心が粟立った。
そんなわたしを見かねた冬夕が、彼女のママにそれをお願いしたのだった。冬夕はいろいろな小物や刺繍を手縫いしていたけれど、ブラを作ったことはなかった。
採寸しながら、指に奇妙にひっかかる場所があったの、と冬夕は言っている。
「ママの指を持って、その場所を触ってもらった」
「そうね、しこりがあるわね。検査に行ってみるわ」
すぐに冬夕のママはそう答えたそうだ。
検査の結果、乳がんの疑いがあると分かった。ほどなく手術が行われ、無事に成功。冬夕のママはステージ1の乳がんだったと確定した。
「松下さんに、わたしは助けられたと思っています」
冬夕のママは手術の後、わざわざわたしの家までやってきてお礼してくれた。
温存療法とはいえ、ブラジャーの選択肢はとても狭くなる。当時、医療用のブラでおしゃれなものは皆無だった。今はいくらかあるかもしれない。でも、やっぱり洗練されているかというと、まだ首を傾げるところがある。それで、わたしたちはより積極的にブラジャーづくりに専念するようになった。
それでも、はじめてママのブラが完成したのは、中学3年の春。結構時間がかかった。今でもママはそれを大事に使ってくれている。ワイヤーレスだから大きく形が崩れることはないけれど、それでも伸びたりしないように、いつも手洗いをしてくれている。
型がひとつできたので、それをいくつもつくることはできた。
ただ、冬夕のママも治療をしなくてはならなかったし、わたしも冬夕と同じ高校にゆきたかったから(偏差値はなかなか高い)その1年はブラを作る余裕があまりなかった。
本格的におしゃれなブラづくりをはじめたのは高校に入ってから。一年生の時は、先輩もいたから、伊藤先生の言っていたように文化祭や地域のバザーに出品するものを多く作っていた。だから主に、わたしの家で作ることが多かった。
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