第37話 さよならに変えても:4 (2/7)
「そ、それで、だからって、榊原君が死なないといけないの!?」
もう一度、彼の手と注射器を握る手に力を込め、言い聞かせるように一回、二回と揺する。
「駄目!そんなの絶対に駄目!!
いやだ、さっきも言ったよね!?
榊原君がいなくなっちゃったら、私の願いは!?私の、榊原君と一緒に生きたいっていうのはどうしたらいいの!?」
この人は自分の罪から逃げようとしてるんじゃない。根っこから世間と違う自分から、逃げ出したいんだ。自分から自分を、手放したいんだ。
一人にしたら、本当に死んでしまう。
「私、帰らないから!」
その一言に、彼は顔をあげ眉間に皺を寄せると「はぁ?」と声を漏らした。ふざけるな、と顔が言っていたが私はお構いなしに続ける。
「榊原君、私がいなくなったら死んじゃうでしょ!
それ、その注射!貸して!そんなの持ってたら余計にそういう気持ちになっちゃう!」
「さっきも言ったけど警察が来るかもしんないんだって。お前は面倒なことに巻き込まれる前に帰れよ」
「もう巻き込まれてるからいい!!
ただただ私は榊原君のことを好きになっただけなのに…!ここまで来たら警察にだってなんにだって付き合うんだから!」
拳からはみ出ている注射器を抜き取ろうと引っ張るも流石に握力には勝てなかったため、握りしめている拳と注射器の間に指をねじ込み隙間を開けようと試みる。
「……馬鹿か、そんなに力入れると割れるぞ」
「割れちゃえばいい!」
彼は舌打ちをすると、注射器を持った拳を私の手から強引に引っこ抜いた。そして遠ざけるように軽くのけぞり、注射器を握った拳を自分の頭上後方に突き上げる。
「別に死に方なんていくらでもあるし、こいつを割ったところで意味ないから」
その言葉を無視してすぐさま彼の肩に手を置き、よじ登るようにして上半身を伸ばす。彼は肩を掴んで支えとしている私の二の腕を左手で掴み、下へ押すように力を入れてきた。そのせいで私は腕を伸ばすことができず、もう少しなのに手が届かない。
必死になりつつも、違和感のせいで思考が回る。
榊原君は言った。
『死に方なんていくらでもある』
なのに、なんでこんなに抵抗するの?
……この薬に固執している……?
綺麗に死ねるって言ってたけど、榊原君はそこに執着してるの……?
理由はわからないが、注射器を奪うことは彼の死を邪魔をすることに繋がる気がして、力を緩めることなく手を伸ばした。けれども、やはり腕を掴まれているため届かない。
「〜〜っ、もう!ちょっと!離してよ!」
「しつこい。意味ないんだから諦めろ」
「いいの!意味なくても!
とにかくそれ頂戴!
私が割ってやるんだから!!
そしたら、少なくともその薬で死ぬことはなくなるでしょ!?」
「ここで割れたらお前にも薬がかかるって。どうなるかわかんないだろ」
「私を殺したかったんでしょ!?
そんなことはどうだっていい!」
「ああ、言うんじゃなかった」
面倒くさそうにそう言うと、私の二の腕を掴んでいた左手をすんなり離した。
私は自由になった腕を伸ばし上半身を持ち上げ、手を伸ばす。それとほぼ同時に、彼は上げていた右腕を下げ注射器を地面に置いてしまった。かと思うと、あいた右手で私の上げていた手首を掴み、左手で私の伸び切った腕……肘に手をあてて関節が本来曲がる方向に一気に押した。
横からの思わぬ負荷に簡単にかくんと肘から折れ、バランスを崩した私は小さな悲鳴をあげながら倒れこむ。そうなることがわかっていたかのように彼はあぐらをかいていた足を崩すと、両手を私の背中に回し、自分に引き寄せた。
彼の肩に顔が埋もれる。
私は、榊原君に両手で抱きしめられた。
身動きが取れないくらい、強く。
突然のことに、私は「……はぇッ!!?」と情けない声が出る。一気に耳が熱を持ち、心臓が激しく脈を打つ。
それとは別に、すぐそばで、榊原君の呼吸、鼓動も感じる。
今の攻防で、少しだけ乱れた息のまま、榊原君は言う。
「落ち着いてくれ、頼むから」
顔は見えないけれど声からして、うんざりしている表情が想像できた。
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