第36話 さよならに変えても:4 (1/6)
――死にたい。
榊原君は淡々と、そう言った。
"生きたいと思っていない"のではなく、
もう、自分の意思で、終わらせたいのだと。
それを聞いた私は、ほぼ反射的に注射器を奪うつもりで手を握った。
彼が本当にそのつもりでいるとわかったから。
「そんな、なんで……」
声が震える。
今までとは違った恐怖。失うかもしれないという、焦り。心臓が真っ白に冷えていく。
「北村が言ったように、俺は勝手だから。
死んで詫びたいだとか、自分がやってきた事への罪悪感や責任に押しつぶされそうだからとか、そんな理由じゃない」
俯いて手元を見ていた彼が、私を見上げた。
いつもの無表情とは少しだけ違う、穏やかともとれる表情だった。
「もう無理なんだ。
この世界で、俺は俺で生きていくことが」
そう言うと死体……マサトさんの方へ視線のみを移し、続ける。
「あいつ……、マサトは小学生だから、当然親は既に警察に連絡してるだろう。コンビニの監視カメラで俺が浮上して、早くて今日には足がつくんじゃないかな」
小学生……。
見ていられないほどの残酷な姿に体格などに意識を向けることができなかったけれど、マサトさんは小学生だったんだ……。思い返してみれば、胴体も、頭も、私たちよりかなり小さかった気がする。榊原君は、小学生を……。
あまりに惨い現実に内臓が押し潰されるような息苦しさを感じながらも、彼の話に耳を傾ける。
「そこで俺が捕まったとして、まぁ刑罰とか更生に向けてって話になるんだろうけど、俺は絶対に変われない」
マサトさんに向けていた瞳が、ふっと光を失ったように見えた。どこか極端に遠くを眺める表情。もはや何も見えてはいないかのように、彼の瞳はぼんやりとしていた。僅かな光すらなく、何も見えない深い暗闇の中で、ただただ瞼を開けているかのように。
彼は、独り言のように続ける。
「例えば仮に……あり得ないだろうけど、俺が考え方を変えることができたとして。それでも感性、感覚までは変えられない。他者どころか俺自身ですらどうしようもできないくらい、もっと深く、本能的な部分が、倫理ってやつから外れてるんだ。
不意に湧き出てくる欲求を、自分の意思で止めることもできなくなってきてる」
そう言って一つ瞬きをすると、瞳が、視線がこの世に戻ってきた。その視線を私に移すものの、すぐに手元へ落とした。下唇を浅く嚙む。睫毛を伏せて、後ろめたそうに、それでいて悲しそうに眉間に皺を寄せた。
「お前のことだって、いつか、本当に殺してしまう」
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