第13話 変化:2 (2/2)

 口実で送っていくと言ったら、北村は元々大きい目を更に大きくさせ、口を動かそうとしているようだが言葉が出てこないらしい。ただ瞬きをして俺を見ているだけだった。

 今日、こいつのこういう顔を何度見ただろう。嬉しそうにしたり悲しそうにしたり、驚いたり固まったり。酷く体力の使うことをしているなと思う。それと、白い肌だと認識していたがそれは間違いで、こいつの肌は人よりも赤みが強いのかもしれない。俺が視界に入れる時、いつも赤みを帯びていた。それとも、この時期でも日焼けをするほど肌が弱いのか。


 観察していると、北村は絞り出すような声で「ほんとに……?」と聞いてきた。それに「うん」と返すと、今度は頭と両手を勢いよく左右に振りだした。


「い、いや!いいよ!

 私が勝手について来ただけだし!!」



 ……まただ。



 こいつ、なんでこうも面倒くさいのだろう。一緒に帰るか帰らないかの件も話がなかなか噛み合わず、無駄に時間を使ってしまった。いちいち拒否しないで、素直に受け入れやいいのに……。


「じゃあ、俺も勝手に送るだけだから」


 じっと北村を見つめる。ここでこいつが拒否ったらもう知らない。言った通り、勝手に行かせてもらう。


 北村は顔を赤くしながら下唇を噛んで俺を見ていたが、不意に視線を落すと「……じゃあ、お願い……します」と呟いた。

 そんな北村を見て何故か溜め息がでる。俺は「うん」と返し、再び歩き出した。





 暫く歩くと、不意に袖を掴まれた。振り返ると、北村は俺を見上げることなく揺れる瞳で先を見つめていた。胸元で片手を握りしめ、猫背気味に身体を縮めている。


「何」


「ごめんね。あの……もうすぐなんだ。

今朝話した、猫の死体……」


 声が震えている。俺の作品は北村にかなりの恐怖を与えているようだ。

 心が謎の満足感で満たされる。縋るように袖を引く、北村の力が心地良い。


「……ふーん、そんなに。

 俺も見てみたいな」


「い、いくら榊原君でもやめといた方がいいよ!

 あの……ほんと凄いから!!

 ご飯食べれなくなっちゃうよ!!」


「大丈夫」


「大丈夫って……、多分榊原君が思ってる以上にグロテスクだよ。

 だからほんとにやめといた方がいいって!」


「グロテスクね……」


 バーカ。お前が言ってるソレは、俺が作ったんだよ。

 作った本人が見れないわけないだろ。


 そんな会話を続けている内に、視界に待ち焦がれていたモノが入る。すると横にいる北村の足が止まり、袖を掴んでいる力が強くなるのがわかった。見上げる瞳は落ち着きがない。明らかに動揺している。


「ね、やっぱりやめよう?」


「俺だけで行くから。ここで待ってて」


言い聞かせるように意識して声を和らげ、袖を掴んでいる北村の手に自分の手を重ねる。北村は心配そうに俺を見るものの、素直に手を離してくれた。





 小走りで作品に近付く。もう片付けられたかと思ったが……、良かった。あった。

 しゃがみ込んで様子を見る。激しく腐敗こそしていないが、大量の虫が湧いていた。蠅が近くを飛び回り止まっては手を摩る。作品の目にはもう輝きは無く、灰色に濁っていた。

 明らかに違う箇所がある。腹の切り口には小枝が数本刺さっており、口に押し込んでいたはずのカッターナイフは二十センチほど離れた場所に落ちていた。カッターナイフはまだしも、腹の小枝は自然にこうはならない。恐らく誰かが弄ったのだろう。

 当初の状態と多少は違えど、あるだけマシか。


 集中して観賞していると、北村がためらいながらもこっちにやって来た。


「榊原君……平気?」


「平気」


「……。

 本当にこういうのに強いんだね。

 私、駄目」


「北村が弱すぎなだけ」


「そうなのかな……」


 話す間も北村は作品を見ようとはせず、俺に視線を向けていた。ここまで来るのにもかなりの勇気が必要だったのだろうと、北村の足の震えを見て思った。

 俺は疑問を投げ掛けてみた。


「これを見て、どう思う?」


 製作者として自分の作ったものを見て人がどう感じるのか、興味があった。

 北村がこれを見た感想を知りたかった。

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