第22話 変化:4 (7/7)

 暫く観賞し、次は胴体に取り掛かろうとマサトに近付きしゃがんだ瞬間、身体が鉛のように重くなった。地面に足が食い込んでいるような錯覚に陥る。


 立てない。


 どうやら、身体は気づかないうちにかなりの疲労を蓄積していたらしい。冷静になって考えてみれば、昼飯以降なにも食っていない。そんな体で常に興奮状態でいたら、これだけ疲れるのも当たり前か。

 しかもマサトの前に猫を一匹、金槌で撲殺している。その後に人間相手に絞殺。この短時間で相当な精神力と体力を使ったのだろう。

 それらを踏まえて、もう一度マサトの胴体を見た。


 ……疲労が溜まった身体で続きをするより、切りも良いし、今日はもう終いにして続きは明日にした方がいいんじゃないか……?




 そう考えた俺は、ここで切り上げることにした。

 余分なビニールシートを折り返してマサトと作品の上に被せる。ノコギリとナイフは外の水道で血液や肉片を洗い流すと、ゴミ袋に入れ、いつでもまた使えるようにビニールシートの横に置いた。



 手に付いた血をある程度洗い流して家に上がる。そして風呂に直行。風呂から上がったら脱ぎ捨てたままの服をゴミ袋に突っ込んだ。

 今日は上下とも全滅だ。しかし、全然不快には思わなかった。

 ゴミ袋を部屋の隅に追いやり、冷蔵庫の中を物色する。中には既に調理済みな物が沢山あった。勿論親が作ったのではない。自分で買ってきた物だ。

 親は週に一回の間隔で二万円程度の金を机の上に置いていく。こいつで勝手に生きていろという、親の責任を果たしているらしい。ここ何年かは親が作った飯を食べたことがない。別に良いけど。



 冷蔵庫の中を漁るにつれ、どんどん面倒になってきた。腕を動かすのも、立っているのもダルい。風呂に入って一息ついたからか、生首を切っていたあの時のように身体が動いてくれない。

 瞼が重くなり、脳に酸素を行き渡らせようと欠伸が絶え間なく出る。



 眠い……。



 もはや腕は動いておらず、いつの間にか冷蔵庫に体重を預けていた。

 目をしょぼつかせながら睡魔と戦っていると、どこか遠くから声が聞こえた。最初は眠気や疲労からの幻聴だと思ったが、だんだん声が大きくなる。





 よ―――――…

 ――さ――








 よ―も―――…

 ゆ―さな―







 よ―も―くを…

 ゆ―さない







「……マサト……?」




 声の主がわかった時には、何を言っているのかハッキリ聞き取れるくらいになっていた。




「よくもぼくを。

 ゆるさない」




 振り返ると両目にドライバーが刺さり口が裂けているマサトが、血をダラダラ流しながら立っている。

 そんなマサトを見て、特に驚きもしなかった。心の中でこうなる事がわかっていたような、そんな感覚。

 マサトの首は何故か繋がっている。




「……首、繋がってる。

 結構頑張ったのに」


「うるさい。

 おれはおまえをゆるさない」


「許さないって……。

 言ったろ、誰も悪くないんだよ。お前も俺も。

 悪かったのは、お前の運なんだ。

 恨むんなら自分の運の悪さを恨むんだな、ガキ」



「にいちゃんはわかってるはずだよ」



「……何が」



「いけないことだって。

 ほんとうはじぶんがわるいんだって」



「……ガキに何がわかるんだよ。

 俺は悪くない。悪いのは……」


「ううん。にいちゃんがわるいんだ。

 だからおれはにいちゃんをゆるさない」


「俺を殺すのか?」


「うん。

 おれみたいにしてやる」


「へー。俺、死ぬんだ。

 ……それも良いかもね。むしろ俺は……――」





 ――ゴン。




「……っ」



 額に鈍い衝撃を受け息を漏らした。見上げると直ぐ目の前に赤い何かがある。しかし近すぎてピントが合わず、ぼんやりとしか見えない。ぶつけた額に手をやりながら頭を引くと、それが未開封のソーセージだという事に気付いた。

 どうやら冷蔵庫に顔を突っ込んだまま眠ってしまっていたようだ。


 さっきのが夢だと気付き、落胆した。何故だかわからない。でも、期待を裏切られた様な気がした。


 早く扉を閉めろと冷蔵庫が電子音を鳴らし、急かす。その電子音が、頭の中でけたたましく反響していた。

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