第21話 変化:4 (6/7)
俺の部屋で作るのは良いが後片付けが大変そうだし、完成した物をいつまでもここに置いておくわけにもいかない。そもそも室内にこれほどのデカいナマモノを置くのは、少し抵抗がある。
しかし遠い場所に運ぶのは不可能だ。死体を引きずって行けば即逮捕。そんな間抜けな事は出来ない。
ではどこに保管すれば良いのだろう。
距離もさほど遠くなく、なるべく人目につかないルートでいける場所……。
散々考えて、ある一つの場所が思い当たった。確実に人目につかず、遠くない。しかも、そこなら作品を見ようと思えばいつでも見れる。
部屋を出て物置部屋に向かった。ドアを開けると防虫剤の独特な香りが鼻をつく。引出しの中を漁り、使わなくなった青いビニールシートを取り出した。思っていたよりもでかいけど、まぁ良しとしよう。
ビニールシートを抱えて物置部屋のドアを足で閉めると、今度は目当ての場所へ向かった。
リビングへ入り、その一面にある引き戸を開け、サンダルを履く。
何気なく辺りを見回す。雑草は生えていないが、手入れもされていない。隅にはもう何年も使われていない植木鉢が無造作に積まれている。一面が土だけの、殺風景な光景が広がっていた。
久し振りに来たな。自分ん家の庭。
ここなら運ぶ時も誰にも見られないし、作る最中にも人目を気にしなくてすむ。この時生まれて初めて、自分の家に庭があって良かったと思った。
庭の中心にビニールシートを敷く。端には使わなくなった植木鉢を置き、風で飛ばないよう固定した。
次に自分の部屋に戻り、マサトの上体を起こすと脇下から腕を通し、引きずるようにして運ぶ。庭に通じるリビングまで来ると、マサトを壁にもたれさせるようにして座らせ、そこからおぶって庭に出た。材料が土で汚れるのは極力避けたかったし、短い距離ならこの重さにも耐える事が出来た。
ビニールシートの上に慎重に降ろし、仰向けになるように寝かせる。一通りの作業が終わり一息つきながら、何気なくマサトの頬を撫でてみた。
もう温もりが感じられない。冷たいとまではいかないが、生き物が持つあの独特な優しい温かさが消えていた。
涙やら唾液やら汗やら……様々な体液がマサトの顔に生乾きで付着していたので、運ぶついでに自分の部屋から取ってきたタオルでマサトの顔を拭いてやった。
人間で初めて作品をつくるんだ。精々綺麗にしてやらないと。
マサトの顔を拭いている最中にここからどう制作していこうか考えた。基本、俺は顔に手を加える事が多かった。猫の時も、頭を中心に刃を入れたり殴り潰していた。
腹をかっさばくのも良いが、やはり今回も顔を中心的に弄っていこう。
弄る場所が決まったので、道具を取りに家の中に戻った。物置部屋に入り、父さんの工具箱や使えそうな物をゴミ袋に入れていく。道具を見る度に、それでどう人体を改造出来るか想像した。動悸が激しくなる。こういう感情の事を「わくわくする」って言うんだな。多分。
ある程度ゴミ袋が道具でいっぱいになったところで部屋を出て庭に戻った。
マサトの横でしゃがみ込み、取り敢えずどうしようかと顔とゴミ袋の中にある道具を見比べ、考える。
すると、不意にのこぎりに目が止まった。
まず……首、切ってみるか。
ゴミ袋の中からのこぎりを取り出し、マサトの細い首にあてがう。そのまま俺は腰を上げ中腰になり、マサトの胸を片足で踏み付けて押さえた。
のこぎりを握り直す時に、自分の手が震えているのに気付いた。恐怖でじゃないことは、もうわかってる。
俺はのこぎりを握っている手に力を入れて、勢いよく刃を前に動かした。ぐちゃっと肉が擦れる音がしたと同時に血が溢れ出る。またのこぎりを握り直すと、今度は手前に引いた。ずっと使われず物置にあった物なので錆びているだろうと思っていたが、案外切れ味が良い。たった一回の往復で、指の第一関節まで入る程の切り口が出来た。
夢中になってのこぎりを動かしていると、あるところを境に血の量が多くなった。というか、飛び散った。どうやら動脈を切ったらしい。
首に太い血管、頸動脈が通っているのは知っていた。だから大量の出血も覚悟はしていたし、ビニールシートはその為の物でもあった。
……が、のこぎりを思い切り動かしすぎたのか、予想以上に血の飛び散りが激しい。自分の考えが浅はかだったせいで、俺は服も勿論だが、見事に顔面にも血を浴びることとなった。
目の辺りに付着した血は袖で拭い、口の周りのは舐めてみた。口の中に鉄の香りが広がる。予想通りの味。
俺は口の中に残っている香りを舌で転がしながら作業を続けた。
のこぎりを前に押す。
のこぎりを後ろに引く。
そしてまた前に押す。
そしてまた後ろに引く。
また前に。また後ろに。
ぐちゃ。ぬちゃ。ぐちゅ。ねちゃ……
……――がりっ。
生々しい音に、無機質な音が混じったのに気付いた。
新たな手応え。
もう一度、今度は軽くそこを擦ってみる。確かにがりがりと音がなる。明らかに肉では無い。なんだ、もう頸椎か。
頸椎とは所謂首の骨。猫の首を何度か折った事はあるが、人間の骨は未経験だ。のこぎりごときで切断出来るのかわからないが、取り敢えずこのままこの動作を続けてみることにした。
が、案の定、骨は切れない。
血や脂でぬるぬる滑り、なかなか上手く刃が当たらない。一旦のこぎりを引き抜いて、血塗れの刃をタオルで拭いてみることにした。タオルにべっとりと血が染み付く。よく見ると肉の破片も付いていた。
タオルの繊維が細かい刃に引っ掛かり苦労したが、ある程度綺麗になったのでここらで拭くのをやめ、また切断に取り掛かることにした。
切り口にのこぎりをあてがい、一気に押す。
がりり。
お。今までにない手応え。いけそうな気がする。
そこから首の骨が切断されるまでには、長くはかからなかった。骨が切れたらもうこっちのもの。肉をザクザクと切っていく。
手応えが凄く気持ちいい。
たのしい。
とは言え、切り離しが終りに近付くにつれ、体勢的にもキツくなってきた。のこぎりの刃も地面に当たり動かしにくい。
この状態のままでの続行は無理だと判断し、庭の隅に置いてあったレンガをマサトの頭の下に置いた。そしてまた作業に戻る。先程よりも切りやすくなり、どんどん刃が進んでいく。
ついに頭と胴体が繋がっているのが皮一枚となった。面倒になった俺はマサトの頭を掴んで、乱暴に首を引き千切った。血が飛び散り、ビニールシートの上にばらばらと音をたてながら落ち、跳ねる。
俺は持っている生首を、静かにシートの上に置いた。しゃがみ込んで、生首を観賞する。
目が半開きの状態だったので、親指と人差し指で右目の上下の瞼を押し広げてみた。どこかをぼんやりと見ている様な、そんな虚ろな瞳が露になる。猫の目の方が、よっぽど綺麗だ。
そんな瞳に俺はがっかりして、袋から適当に探り当てたドライバーで右目を突き刺した。猫と同様、透明なゼリー状の液体がどろりと溢れた。何回か突いて、グリグリと中で回すとようやく血の涙が流れた。左目も別のドライバーでぐちゃぐちゃにする。
両目にドライバーを刺したまま、今度はナイフを取り出して口に挟ませた。そしてそのまま口端から斜め上、耳の付け根にかけて切り裂く。勿論、片方も同様に。
切り終わるとナイフを置いて、口を裂く際に出た血だけをタオルで拭いた。しかし拭けども拭けども血が出るので、血を拭ききるのを諦め、俺は立った。
そして二、三歩離れ生首を見る。作品の過程を見る時や完成した時に、俺が必ずやる動作だ。
生首は目から血の涙を流しているのにも関わらず、口端を吊り上げていた。
首だけになり、両目に棒を突っ込まれ、血塗れになっても尚、口は笑っているのだ。
奇妙で美しく官能的な光景に満足し、更に「この光景を作ったのは俺なのだ」と優越感に浸った。
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