それぞれの告白

第23話 それぞれの告白:1 (1/2)

 先生と別れの挨拶を交わし終わると、皆は一斉に教室を出た。その中には友達の彩花と千夏もいた。別れ際に、ぐったりと席についたままの私にジェスチャーで「頑張れ」と言ってくれた。

 そう。私は頑張らなきゃいけない。今日は一日中そのことしか頭になかったせいで、まだ何もしていないのに疲労感が私を襲っていた。

 よし、と自分に気合を入れて立ち上がり、鞄の持ち手を左肩にかけた。椅子の背もたれを両手で掴み、ぎゅっと力を込めて握りしめる。そして前に押して机の下に入れ込んだ。手が、小刻みに震えている。



 私は大きく深呼吸すると、彼の元へ歩み寄った。



 今日は珍しくまだ帰り支度が済んでいないようで、まだ席に座っていた。そういえば、今日はどことなく元気が無かったような気がする。私は胸の高鳴りが気付かれないように、いつもの調子で声をかけた。


「珍しいね」


 相手は眠そうな目で私を見上げた。そして私を確認するなり、眉をひそめる。もうこの反応には慣れた。こんな表情をするくせに、いつも相手にしてくれる。


「またき――……」


「また北村です」


 声を遮るように言うと、相手は眠そうな目を大きくした。普段の目の大きさになる。これは驚いている顔。微妙な変化だが、私にはわかる。彼の表情はわかりにくいが、以前よりも読み取れるようになってきた。その事実が、何よりも嬉しい。


「で、何が珍しいって?」


「だって、いつも真っ先に教室から出て帰っちゃうでしょ?

 なのに、教室にまだ居たから」


「……まぁ、もう帰るけど」


 私と会話をしながら手際よく帰り支度を済ませた彼は、鞄を持つと立ち上がった。そしてスタスタとドアに向って歩き出す。そんな彼を見て、私は思わず声をあげた。




「さ、榊原君!!」




 私と彼以外、誰もいない教室に、私の声が響く。

 気怠そうに振り返り「何」とだけ榊原君は答えた。語尾が疑問形なわけでも無くただ「何」としか発音をしない、独特な聞き返し方。私はそれが大好きだった。



「あのね……えっと」



 言葉が続かない私を見て、榊原君は不思議そうに片眉を上げ首を傾げる。その行為に更にドキドキしてしまい、顔がカッと熱くなるのがわかった。身体全体に熱気を纏っているような、そんな感覚。



「……私ね……」



 脈が早すぎて、こめかみと後頭部の血管が切れそうだ。

 どっどっどっどっ。

 すぐそこで、私の鼓動が聞こえる。




「私……榊原君のこと……」




 全身が心臓の動きに合わせて揺れているよう。でも、もうこのドキドキがバレても良い。そう思えた。




 彼は黙って私の目を真っ直ぐに見ている。私は視線を逸らしちゃいけないと思った。逸らしたら、気持ちがちゃんと届かないような気がしたから。






「榊原君のこと、好きなの」






 静かな教室に、私の声が小さく響いた。




……言えた!







 ――外では既に各々の運動部が活動しているようで、走り込みの号令や間延びした掛け声。鉄の棒に硬い玉が当たったあの独特の高い音が聞こえた。





 そして、沈黙。





 榊原君は何も言わず、ただ無表情で私を見つめる。

 特に驚いたような顔もしていなくて、私を見つめる目も冷静で……。


 余りにも榊原君からの反応がないので、私は自分が日本語をちゃんと喋ったのか不安になった。もしかしたら緊張し過ぎて意味不明な事を言っちゃったのかもしれない。現にちゃんと言えていたか覚えていない。さっきのことなのに、記憶が曖昧だ。

 色々な不安が入り交じり頭が真っ白になっていく。

 遂にはその不安にも沈黙にも堪えられなくなり、私は自ら口を開いた。


「……さ…かきばら君……。

 私の言ったこと……わかる?」


「うん」


 榊原君があまりにもあっさりと答えるので一瞬言葉に詰まってしまった。そして再度顔が赤くなるのを感じる。


「あ……う、えっと。

 あの、じゃあ、返事が……欲しい、です……」


 私がどぎまぎしながら言うと、榊原君は私に歩み寄ってきた。その間にも私から目を逸らさないで冷静なまなざしを送り続ける。

 そして私の前に立った彼は、口を開いた。



「今から、時間ある?」



 予想外の返事に、私はその場に立ち竦んでしまった。告白の返事を言ってくれると強く思い込んでいた分、なんのことかと訳が分からなくなり呆然とする。

 私が口を開けたまま突っ立っていると、彼は面倒くさそうに「あるの?ないの?」と返事を促してきた。その言葉に、飛びかけていた思考と意識が一気に戻ってきた。


「へ……あっ、あ、うん!

 あるっ、あるよ!」


「じゃあついて来て」


「え?どこ……――あっ。

 ちょっと、榊原君?!」


 彼は私の片手を強引に掴むと、ドアに向かってスタスタと歩き出した。気のせいか、歩く速さがいつものペースよりも早い。私は手を引っ張られながら、小走りで榊原君について行った。

 廊下ですれ違う周りからの視線が痛い。ちらちらと見られている。そりゃそうだ、男女が手を繋いでいるのだから。

 私は耐えきれず、顔に熱を持ちながらもそれらの視線から逃げるように俯いたが、榊原君はものともしていなかった。




 学校を出ても、手を繋いだまま。歩くペースも落ちない。私の存在を覚えてくれているのだろうかと疑わしくなるくらいに、彼の足取りは速かった。少しくらい、私に気を使って欲しい……。

 ずっと小走りな私は少し息を荒くしながら「どこに行くの?」と聞いてみた。しかし榊原君は「いいから」としか言わない。



 頭の中が混乱する。

 榊原君の考え、告白の返事、行き先、今の状況……。

 何もかもがわからない。

 ……なんで榊原君は何も喋ってくれないの?



 私は不安になっていた。


 なのに、頭のどこかでは彼と手を繋いでいることに喜びを感じている。

 冷たくて、一回り大きな手。

 どうしよう。こんな状況でも、私――……。


「ここ」


 榊原君はいきなり足を止めると、大きな建物を指差した。




 その建物は三階建てで、横にも縦にも大きかった。白いタイルが敷き詰められた壁に所々穴が開いており、そこには磨りガラスがはめ込まれている。テレビで時たま見るような、芸能人が住む立派なお屋敷に印象が似ていた。

 だがしかし、こんなところに芸能人が住んでいるはずも無い。何かの施設かとも思ったが、どうやら民家のようだ。なのにあまり生活感がない。ずっと使っていないのだろう。車庫のシャッターにも異様に埃が積もっており、地面との接地面を渡るようにして蜘蛛の巣が張っていた。


 私には、彼が何故自分をここに連れて来たのかわからなかった。

 その家の大きさに驚きながらも周りを見ていると、表札に目が止まった。その表札は高そうな黒い石で出来ており、表面が綺麗に加工され、濡れたように滑らかな光りを放っている。そして、そこには白く「榊原」と刻まれていた。


 ……ってことは……。


「ここ……、榊原君のお家?」


「うん」


「え?……ええっ?!

 本当に?!えっ?なんで?!

 なんで私を――……」


「いいから」


 私の言葉を遮ると、また強引に手を引きだした。家の扉を開け、繋いでいた手を引っ張ると、顎を使って中に入るよう私に促す。冷静な彼とは裏腹に、私の頭の中は更に混乱する。


「え?あっ、や。

 あのっ、え?えと、入って良いの?」


「入って良い。

 言わないと分からないのか」


 ムスッとした表情で言う。

 そんなこと言われても……。好きな人どころか、初めて男子の家に入る。いきなり過ぎて心の準備が……。


 渋っている私を見て、彼は浅い溜め息をついた。混乱していると、力強く手を引かれた。かと思うと、するりと手を放され背中を軽く押された。衝撃で足が前に出る。

 こうして私はつんのめりながら、家の中に入る事となった。驚きで何も言えないまま振り返る。榊原君はもう既に家に入っており、ドアを閉める所だった。


「言ってもわからないようだったから、行動に移した」


 こちらを見なくても私の視線を感じ取ったみたいで、彼は背中をむけたまま言った。二回、ガチャリと音がする。二つ鍵があるようで、それらをかけたのだろう。


「そう……、ですか。

 ……おじゃまします……」


 強引な彼に鼓動が激しくなるのを感じながら俯いていると「こっち来て」と手を握られた。更に心臓が跳ね上がる。

 榊原君はいつの間にか靴を脱いで家にあがっていた。また先に行こうと強引に手を引かれたので、私は焦りながら靴を脱ぎ、靴に向かって腕を伸ばす。「いいよそんなの」と言われるも、脱いだ靴の踵部分を指で引っ掛け、辛うじて靴を揃えた。



 手を引かれるがままに歩くと、一つのドアの前についた。榊原君はそこを開け、視線で私を促す。今度は素直に入る事にした。その際に、握っていた手が離れた。それに残念がっている自分に気付き、更に顔が熱くなる。


 おろおろしながら部屋を見渡した。どうやらここは榊原君の部屋らしい。凄く広いのに、少ない家具が点々と置いてあるだけ。彼らしい部屋だと思ったのと同時に、何だか寂しくて寒い印象を受けた。

 ふと、壁際の大きな本棚に目がつく。たくさんの本の背表紙が敷き詰められており、なんだか小難しそうなタイトルばかり並んでいた。日常の何気ない会話の中で、彼に対して「本当に同い年だろうか」と疑問を持つことが何度かあったが、そう思わせる理由の一つを見たような気がした。



 目線を落ち着かせる場が分からずキョロキョロと見渡しながら立っていると、彼が「座れば」と机の前にあったキャスター付きの椅子を指差した。私は従うようにして、その椅子に向かった。

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