第18話 変化:4 (3/7)
取り敢えず自分の家に向かう事にした。そんなことを知らない少年は何を買おうかと、無邪気にパンの名前を並べては悩んでいる。
「お前、そういえば名前は?」
「マサトだよ。お兄ちゃんは?」
「慎一」
「だっせぇー!」
「……」
こいつ、今すぐ金槌で殴り殺してやろうか。
その前に全国の慎一に土下座しろ。
マサトはお喋りな性格なのか、聞かずともいろいろな話をしてきた。家はコンビニから非常に近いところにあり、よく利用していること。最近は給食や晩御飯を食べてもすぐにお腹が空いてしまうこと。少し肌寒い日でも半袖半ズボンが小学校ではカッコいいとされてるということ……。
適当な相槌を打ち場繋ぎな会話をしていると、ふと印象に残っていた場面を思い出した。先程マサトが激怒した場面。あれが不思議で堪らなかった。
「……なぁ」
「んー?」
「マサトさ、さっきママの事で怒っただろ。
あれ、なんで?」
「んー……?ママが好きだから!
好きな人馬鹿にされたら嫌じゃん」
マサトはあどけない表情で夜空を見ながら言った。息を白くさせようと、腹の底から息を出して遊んでいる。だが今の季節はまだそこまで冷え込んでおらず、目に見えない二酸化炭素が吐き出されるだけだった。
『ママが好きだから』?
「そう。それ。
それがわからないんだ」
「え?」
「どうやったら好きになれるのかが、わからない」
「ママを?」
「いや……、母さんに限らず。
どうすれば好きになるのか、どうなったら好きなのか、全然わからない」
「女子は?好きな女子!いるでしょ」
「いない。いたことない」
「うっそだー!」
「嘘ついてどうすんだよ」
「えええー。かっこいいのにねー。
モテるでしょ、女子からさ!
女子さ、みんな兄ちゃんのこと好きなんじゃない?」
「お前、女子って言いたいだけだろ」
マサトははしゃぎながら楽しそうに笑う。そのあまりにもあどけない顔を見て、俺は「こんな小さな子供に話してもしょうがないのに」と自分を嘲笑った。
その矢先、あ、でも!とマサトが口を開いた。
「おれさ、わかったかも!慎一兄ちゃんがママを好きじゃない理由!」
「え」
驚愕した。ずっと考えていた答えが、こんなガキに、しかもこんな短時間でわかるわけがない。絶対に意味不明な回答が返ってくる。そうに違いない。
しかし何処か期待をしてしまっている自分がいた。マサトの澄んだ瞳を見つめていると、本当に答えを出してくれたような気がしたからだ。
「あのね。
もしかして慎一兄ちゃんのママってさ……って!
すげぇえ!!」
一番知りたい所がマサトの驚きによってかき消される。マサトは俺の方向を見ているが、明らかに視線は俺じゃない。……後ろ?
振り返るとそこには見慣れた建物があった。いつの間にか着いてたらしい。
「ここ俺の家なんだけど」
自分の家を指差しながら言うと、マサトは目を輝かせながら「すげぇ!すげぇ!」と連呼した。
「慎一兄ちゃん家、でかいんだね!
おれん家と大違い!!」
そういえば道中、マサトは団地に住んでいると話していた。隣りのオッサンの笑い声や寝言すら聞こえる時があるほどで、それが五月蠅いのだと愚痴も漏らしていた。
そんなマサトから見ると、横並びに四台納車できるガレージが引っ付いている家は、まぁデカいと思うのかもしれない。
「入るか?ちょっと疲れたろ」
「いいの!?
よっしゃー!入りたい!!」
無邪気に喜ぶマサトを見て、心の中でほくそ笑んだ。手を引いて家のドアを開ける。マサトが靴を脱ぎ散らかしているのを横目に、ゆっくりと鍵を閉めた。興奮気味のマサトを、一階にある俺の部屋へ案内する。
……簡単。簡単過ぎる。
家に入ったのならこのガキは死んだも同然。
直ぐさま殺してやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます