第19話 変化:4 (4/7)
「慎一兄ちゃんの部屋……。
めっちゃ広いのに、何も無いね」
マサトは部屋を見渡しながら言った。
部屋で大きな物と言ったらスチールで出来た机と椅子、二メートル程高さのある本棚、ベッドくらいしかなかった。机の上にはノートパソコンと教科書やノート、筆記用具。本棚には小説の他に廃墟や戦争の資料、猟奇的な犯罪や人間の心理の事などが書かれた本が並べてある。それらが十八畳の部屋に点々と置いてあった。絨毯などは敷かず、フローリングの床が剥き出しになっている。
自分の部屋が殺風景であることに自覚はあるが、どうもごちゃごちゃしている部屋は落ち着かず、いつも必要最低限の物しか置かれていなかった。
「これで十分さ」
「えー。
おれはもっと、おもちゃとかゲームとかさぁ……。
あ、このパソコンでゲームやるの?」
マサトは机の上に置いてあるノートパソコンを指差しながら言った。
マサトが細い首を傾げる。
俺は、細い首が重さに耐え切れず、そのままぐりんと頭がもげるんじゃないかと思った。その妄想が頭に浮かんだ瞬間、身体中に電流が駆け巡る。ドクドクと脈が速くなり、頭に血が上っていく感覚。
もう我慢出来ない。
……いや、散々我慢しただろう。
もう、なんでもいい。
ゆっくりマサトに歩み寄る。ポケットに突っ込んでいた手を外に晒しながら呟いた。
「マサトはさ、死体って知ってる?」
「知ってるけど……」
マサトはパソコンから視線を俺に移す。なんでそんなことを聞くの、と目が訴えていた。
「それを見るんだよ」
「え?」
「そのパソコンで検索して。
死体もそうだけど、内臓や、傷口とか。
なぁ、インターネットって便利だよな。普段は知らないような事、見れないような事を可能にしてくれる」
晒された俺の片手には金槌が握られている。マサトはまだそれに気付かない。
「さっきから何言ってるの……?
……なんか目が怖い……」
「好きなんだよ、俺。そういうの。
お前くらいの頃は血を見ただけで興奮してた。
でも今は駄目なんだ。
もっと刺激が欲しい。もっと強烈な……」
マサトと俺の距離は十センチ程度。マサトはガタガタと震えながら後退りをし背後にある机にぶつかるも、俺から目を離さない。机の上に置いてあったペンが衝撃で転がり、床に落ちる。
マサトの視線が、俺の左手に向けられる。
金槌に気付いた。
「そ、それで。
……おれを……殴る、の……?」
目に涙を溜め震える相手に、俺は喉を鳴らし笑った。
金槌を持っている手を
上にゆっくりと上げる。
そして、
そのまま金槌を
マサトを過ぎて
机の上に置いた。
「ううん。殴らない」
困惑と安堵の色をみせるマサトの首を両手で掴み、力ずくで机の上に押し倒した。ノートが音を立てて床に落ちる。マサトは眉を上げ目を見開き俺を見た。俺もその充血した目を見ながら、ぎりぎりと首を締め上げていく。
「そんなので殴るわけないだろ。
無駄な傷はつけたくないんだ」
初めて人間で作品を作る。
慎重にいかないと。
マサトは浮いている足をばたつかせ、手で俺の腕を掴み抵抗する。声を上げようとしているようだが「かっ、ぐがっ」などと言葉にならない。
そんなマサトの口が「なんで」と動いた。俺は「さっき言ったじゃん。死体が好きだからだよ」と答える。
するとマサトは喘ぎながらも呟いた。
「かわいそう」
俺には意味がわからなかった。これは多分俺に向けての言葉。しかしこの状況で可哀相なのは俺ではなく明らかにマサトだ。マサトの顔は真っ赤になっていて、口から涎を垂れ流している。目も虚ろだ。
「可哀相なのはお前だよ。
まぁ、これは誰も悪くないんだけど。
お前も俺も悪くない。
悪いのは、俺に見つかったお前の運だ」
体重をかけるようにして更に手に力を込める。
そう。 だれも、 わるくないんだ。
――……しかし……。
なかなか死なねぇな。
思いの外、人間は頑丈のようだ。これくらいの子供なら俺にでも容易く殺せると思ったのに。
首を絞めたままマサトを床に押し倒し、馬乗りになってより体重をかけながら再度挑戦する。
それでも死なない。手が疲れてきた。指が痛い。攣りそうだ。しかもなんだかこの状態に飽きてきた。早く終わらせたい。
手で絞め殺すのに限界を感じてきた俺は辺りを見回した。紐状の何かがあれば良いのだが、何せここは俺の部屋。日頃使わないような物が置いてあるはずが無い。
それでも少しの可能性を信じて探していると、目の前の机の上に置いてある金槌に目が止まった。もうこいつで殴り殺してしまおうか。確実に手で絞め殺せないのはもうわかったし、このままではマサトも気の毒だ。
俺はマサトから手を放した。その間に逃げられるかと思ったが、マサトは胸を激しく上下に動かすだけで起き上がろうとも立ち上がろうともしなかった。涙の膜がはっている目も、もはや焦点があっていない。
俺は金槌に手をのばそうと身を乗り出すと、視界の下の方で揺れ動く物を発見した。
あ……、紐……あるじゃん。
それは俺がまさに今着ているパーカーの、フードに通っている紐だった。何故気がつかなかったのだろう。こんなにも近くに、凶器があったのに……。
俺は片方の紐の結び目を解き、フードから抜き取った。それをマサトの首に括り、手に巻き付ける。
「……おい。マサト、意識あるか」
マサトに呼び掛けるが、虚ろな目で天井を見るだけだった。いや、既に見ることはできていないのかもしれない。
「俺が両手を引いたらお前は死ぬ。
今回は確実に、だ。ここまで長引かせて悪かった。
最後になんか言う事あるか?」
ベタな質問をしてみる。するとマサトは少し時間をおいて、口を動かし始めた。声にならないみたいなので口の動きに注意する。
「まま。ぱぱ」
死ぬ寸前にして尚、家族の事を思うマサトが不思議だった。マサトの目尻から涙が伝う。まだ微かに口を動かしている。
「にいちゃん かわいそう」
……まただ。
手で首を絞めている時もそうだった。自分が殺されそうな時に、ましてやその殺そうとしている人物に言えるような言葉じゃない。なぜマサトはこんな事を言うのだろうか。
「……なんで俺が可哀相だと思うんだ?」
「ひ りだから
にき われ から」
口を動かすのに限界がきているようだった。弱々しくなっていて、何を伝えたいのかがわからない。気にはなるが所詮ガキの考え。これ以上長引かせてまで聞く必要はない。
「辛いんだろ?
今、楽にしてやるな」
両手を思い切り引っ張った。紐がピンと張り、首に食い込み、細く鋭く気管を潰す。
マサトは先程のように身体をバタつかせることはなく、身体をのけぞらせ足を張り、口をかくかく動かすだけだった。
力を緩めることなく絞め上げる。今までには無い手応え。
――いける。
マサトののけぞらせていた身体がどんどん落ちていく。苦しそうに、酸素を欲するように口を開けるも、随分弱々しかった。
そして絞め続けること数分、マサトの動きが完全に止まった。紐を引っ張るのを止め、胸に耳を当てる。
無音。
マサト が 死んだ。
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