第11話 変化:1 (3/3)

「――榊原君、あのね。

 帰りたくないなら、そうやって言ってよ。

 私、頑張って言ったのに……。

 返事なしで行っちゃうなんて」


 彼の歩みに懸命に追いつきながらも思わず本音が漏れる。それでも話し掛けても足を止めずに廊下を進む彼に、流石に悲しさを感じ俯いた。そんな私を榊原君は横目で一瞥すると「……別に」と呟いた。


「なにが別に?」


「どっちでもいいってこと。

 勝手についてこれば?」


「……」


 榊原君は私が嫌いなのかもしれない。言い方に棘がある。泣きそう。しかも榊原君、わかりにくい。これは一緒に帰っちゃダメっていう状況なのかな?

 それとも……。


「一緒に帰って良いの?」


「だから、好きにすれば良いよ」


「……。そうじゃなくて。

 私は一緒に帰りたいよ。

 でも、榊原君が嫌なら一人で帰る」



 うわぁあ!恥ずかしい!恥ずかしすぎる!!でもこうやってハッキリしないと、榊原君わかんないんだもん。むしろ私よくやった!誰か私を褒めて!!



 私の一世一代の赤面発言を聞いた榊原君は立止まった。私も合わせて足を止める。ドキドキしながら反応を待っていると、彼は私を見ながら浅い溜め息をついた。


 ……これは、確実に私に対して飽きれてる。しつこかったのかな……?


 強烈にヘコんだ私に、榊原君は予想外な言葉を発した。




「嫌だったら、どっちでもいいなんて言わないよ」



「!」




 榊原君は顔を真っ赤にして立ち尽くしている私を興味なさそうな目で見ると、また歩き出してしまった。それに気が付いて、遅れて彼の後について行く私。

 ――どうしよう!幸せ。幸せすぎる。榊原君の事もっと好きになった。あー、これ以上勝手に好きになってどうするの。

 でも、これは脈ありなのかな……?

 少しだけ、自惚れてみてもいいよね。




 ……なんて、最初の内は呑気なことを考えていた。しかし、学校を出て数分経った今、私は苦しんでいた。


 会話がない。


 榊原君の歩く速さは至って普通だが私が遅いため、彼とは横並びではなく後をついて行く形で歩いていた。それでも会話は出来るだろうが、何せ会話が続かない。学校の事を話しても、彼は気のない返事しかしなかった。最初は私もめげずに話しかけていたが、四回、五回と繰り返した辺りで心が保たなくなった。


 しかも今になって榊原君の家は私の家とは全く違う方向にあるということを知った。通学路が逆なのだ。しかし自分から一緒に帰ることを言い出してあれだけ拗らせた上に了承を得たので、今更一人で帰るとも言いにくい。

 榊原君はそんなこと、気にしなさそうだけど……。


 気まずさに頭を垂れながら歩いていると、頭を何かにぶつけ、立ち止まる。顔を上げると前に少しよろけている榊原君が見えた。

 ……もしかして、榊原君にぶつかっちゃった!?


「あ……、ご、ごめん!!」


「いや、いいよ。

 いきなり止まった俺も悪かった」


 榊原君は振り返り、私の目を見ながら面倒くさそうに言った。

 ……そうは言うけれど、凄く恥ずかしい。ちゃんと前を向いて歩くべきだった……。

 


 ぶつけた額を片手で撫でながら「なんで急に止まったの?」と尋ねてみた。

 友達の話によると、榊原君の家は一軒家。しかもかなり大きいらしい。しかし辺りはマンションやコンビニしかない。家についたから立止まったという訳ではなさそうだ。


「……。

 答える前に、俺も一つだけ、聞いていい?」


「……?全然いいよ」


 榊原君からの質問?なんだろうとドキドキしていると、榊原君は衝撃的な事を言った。




「北村、お前、なんでついて来てんの?」




「……へ?」




 私は驚きの余り、間抜けな返答をしてしまった。開いた口が塞がらないって、こういう事を言うのだろう。


「……あ。や、だって……。

 あの……榊原君が……嫌じゃないって……」


 榊原君のさっきの台詞はOKという意味ではなかったの?私が勝手に舞い上がっていただけなのかな。

 そう考えると、自然と視界がぼやけてきた。でも今ここで泣いたら、更に彼を困らせることになる。私は必死に堪えた。


「うん。言った」


「じゃ……、何でそんなこと言うの?

 榊原君、わかんないよ……」


 涙が零れないように気をつけながら、彼を見上げる。不思議そうな顔をして私を見ていた。



「俺も北村がわからない」


「……え?」


「……通学路、違うだろ。

 しかも、逆方向なんじゃないの」



 榊原君は今来た道の逆方向を指差しながら言った。私はただただ目を見開くだけ。私が返事をしなくても彼はその反応で理解した様だった。


「……。

 なんで一緒に帰ろうと思ったの?

 最初は知らなかったにしろ、途中で気付くだろ」


 榊原君の淡々とした冷たい口調に私は何も言えず俯いた。



 ――なんで一緒に帰ろうと思ったの?――



 ……そんなの、あなたのことが好きだからに決まってるじゃん。

 でもそれは本人にとって迷惑極まりない行為だったのかもしれない。もし私が榊原君の立場だったとしたら、不審感でいっぱいだっただろう。



 私が謝ろうと顔を上げると、目の前にいたはずの榊原君の姿が消えていた。「えっ?あれ?」と当たりを見回すと、先程来た道の真逆の方向に歩いている彼の背中が見えた。私は慌てて後を追いかける。



「榊原君っ!

 家あっちじゃないの!?」


「そうだけど……。

 いいよ、あんたを送ってく」



 神様。私は夢を見ているのでしょうか。

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