第34話 さよならに変えても:3 (2/3)

 北村はぐっと下唇と噛むと、顔をそらし、瞼に力を込めて目をつむった。長いまつげが頬に影を落とし、微かに震えている。怯えているのだろうか。それもそうか。まさか自分までもが殺意の対象になるとは、夢にも思っていなかっただろう。いつ殺されてもおかしくない状況に、北村は何を思うのだろうか。


 俺に出会ったこと。

 俺に好意を抱いたこと。

 俺を理解しようとしたこと。

 俺を受け入れようとしたこと。


 後悔を、しているだろうか。




 数秒の沈黙。




 すると突然、北村は頸動脈を押し潰すようにしていた俺の左手を掴み首から引き剥がすと、自らの胸の前で両手で包むようにして力強く握った。

 そして意を決したように俺の方へ向き、叫んだ。



「……そ、

 そんなの嫌に決まってるじゃない!」



 先程までしおらしく全く抵抗の意も見せなかった北村の行動に、俺は思わず見開く。



「生きたいの!私!!

 もっともっとやりたいことがいっぱいあるの!死んでる場合じゃないの!

 榊原君のことは好きだよ!?もちろん理解したいし、そのうえで受け入れたい!!

 でも私が死んだら、その先の榊原君を知って受け入れていくにはどうしたらいいの!?」


 予想だもしていない威勢と言葉に俺が唖然としている間も、北村は感情に任せるかの如く続ける。


「榊原君ばっか勝手なこと言わないで!

 私だってやりたいこと、榊原君としたいこと、たくさんあるの!これからも!」


「……したいこと?」


「私のことももっとたくさん知ってほしい!

 できれば私のことを好きになってほしいし!

 そしたら、どこか一緒に遊びに行って、手も繋いだりして、ぎゅーってしたりして……」


「何回か手も繋いだし、さっき俺に抱き着いてたじゃん」


「えっ、……あ、ち、違う!あんなのだめ!いつも榊原君が強引に手を引っ張ってるだけだし、さっきのも私は榊原君から抱きしめられてない!叶ったうちに入らないし、恋人になってからなの!」


「じゃあ付き合って手を繋いで抱きしめたら俺の要求は呑んでくれんの?」


「そ、それだけじゃないんだから!

 恋人ってそれだけじゃないでしょ!えっと、ほら、デートして、手を繋いだり、ぎゅーしたり、キスとか……あれ、私何言ってんだろ……!

 あ、う……、わかってる!今こんなこと、言うアレじゃないよね!わかってるんだけど……!」



 一人で勝手に勢いを失っていくと、俺の手を掴んでいた両手を離し、そのまま真っ赤になった顔を隠すように覆った。

 そして、少しの間をおいて指の隙間からくぐもった声が漏れてきた。



「馬鹿みたいだね。この期に及んでって。

 こんなこと言っちゃって、信じられないよね……。

 ……でも、本当に、そう思うの」



 覆っていた両手を開けると、そのうちの右手を俺の頬へやり、俺の存在を確かめるかのように指先でなぞった。

 北村の頬はまだ赤らんだままで、うるんだ目を一瞬俺からそらすも、もう一度向き直し、言った。



「私、榊原君と生きたいの……。

 一緒に生きていきたいの」

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