変化

第9話 変化:1 (1/3)

 榊原君とメールをした次の日。学校に行くと既に彼は教室にいて、自分の席に座り静かに本を読んでいた。そこまでは普通。日常の風景。

 しかし、いつもとは違う点が一つだけあった。私はどうしても気になったので、勇気をだして声をかけてみる事にした。


「榊原君。おはよう。

 ……その傷どうしたの?」


 彼の顔には昨日までは無かったはずの細かい切り傷がいくつか出来ていた。特に左頬にある3センチほどの二本の傷は、深いのか、赤く炎症を起こしている。どの傷も薄いかさぶたになってはいるものの、見ていて痛々しい。


「別に。なんでもない」


 榊原君は本から視線を逸らすことなく呟いた。反応が冷たくて泣きそうだ。でも、めげない。


「そっか。痛そうだね」


「今はそんなことないよ」


「なにかに引っ掻かれたの?

 例えば、猫とか」


「……」


 榊原君は無言で本から私に視線を移した。恐ろしく冷静な目で私をじっと見上げる。


「……え?あ、当たった?」


「うん」


 彼はまた本に視線を戻す。


「榊原君、猫飼ってるんだ」


「……」



 無言。

 会話が終わってしまった。



 返事をしないということは、猫は飼ってはいないのだろうか。それとも猫は飼ってはいるのだけれど、ただ単に返事をするのが面倒なだけなのか……。


 ――あ、そういえば。


 猫のことを考えた瞬間、今朝通学路で見つけたアレを思い出した。本音を言うと思い出したくもなかったのだけれど、今思いつく話題がこれしか無い。想いを寄せている人にこういう話をするのもどうかと思うけど、多分、榊原君なら大丈夫。喋ることにした。


「……榊原君。あのね。

 私、朝、凄いの見ちゃったんだよね」


「……」


 無反応。ちゃんと聞いてくれているのか心配になったが、構わず続ける。


「それが、猫の死体なんだけど……」


 榊原君が私を見た。それどころか、読んでいた本を閉じて机に置き、その上に片手を重ねると、首を軽く傾ける仕草をした。

 え……、予想外の食い付き。

 彼の視線を受け顔に熱を感じながらも、詳細を伝えるために続ける。


「気持ち悪くてあんまり近くで見れなかったんだけど、血塗れだったの」


「猫の死体なんて珍しくないよ」


「うん。そうなんだけど、アレは違った。

 顔も血塗れで、多分片耳が無かった。

 それに……」


「……」


 榊原君は眉をひそめる。続きが気になっている様だった。でも私は、その続きがなかなか言えない。


 ――思い出すだけでも悍ましかった。

 耳が無かったのは生きていた時からかもしれないし、血塗れなのも、交通事故で亡くなってしまったのなら不自然ではないことなのだろう。

 しかし、異質なモノがその死体にはあった。そのモノの存在で、恐ろしい事がわかってしまった。


 私は恐怖心を抑え込み、言葉を絞り出した。




「口の中にね、

 カッターナイフが刺さってたの」




 教室に、チャイムが鳴り響いた。

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