第8話 二人:5 (2/2)
ある程度観賞した後、不意に目に視点が合った。もう何も写すことのない、黄色い眼球。暗闇の中外灯を浴びて、濡れたように光っていた。
なんて綺麗なんだろう。死んだ後も尚、輝き続ける水晶体……。
その美しさに感動し、眼球が欲しくなった。カッターナイフを拾いあげ、目の周りを切り付ける。眼球を傷つけないように慎重に。
しかし、思ったように上手くいかない。骨に当たったり、皮の奥にある眼球をどうしても傷つけてしまう。眼球を無傷でくり抜くのはかなり難しそうだ。
眼球を持ち帰るのを諦め右目をカッターナイフで突くと、切り口からどろっとした透明な液体が出てきた。血が出るもんだと思っていたので、その予想外の液体に興味が湧いた。謎のゼリー状の液体に触れてみる。ぬるぬると指が滑り、不思議な感触が広がる。指でその感触を楽しみながら、カッターナイフを刺したままぐりぐりと中をかき混ぜるように抉る。するとようやく猫が血の涙を流し、満足。
刺し込んだカッターナイフをそのまま斜め上、耳まで切り裂いていく。骨はどうしても切れそうになかったため、その上に被さっている皮膚や筋肉に刃を滑らす。片方も同様に。切り終わるとカッターナイフを猫の口に突っ込んだ。
そして立ち上がり、その場から二、三歩離れる。「作品」は遠くから見ないと出来がわからない。
その時、俺は自分のが勃っているのに気付いた。そういえば先程から自分の鼓動が響いていたし、息苦しかった。全身は熱を持ち、だぼつくパーカー生地が触れていない鳩尾や背中に汗が伝うのを感じる。
やっぱり俺ばこういうの゙が好きなんだ……。
女とか、そんなんじゃなくて、死体や内臓が……。
自分で作った作品を見ながら、ぼんやりと考えた。
観賞もほどほどにして、この後この作品をどうするかに思考を切り替えた。
家に持って帰ろうか。……いや、持ち帰るまでに中身が落ちそうだ。人目につかない所に運んで腐敗の過程を観察しようか。……それも駄目だ。運ぶ方法が見つからない。
散々考え悩んだ挙げ句、結局この状態で放置し、通行人に見てもらうことに決めた。
帰ろうとカッターナイフを抜きに作品に近寄る。その時、あることを思い付いた。
記念品として、作品の一部を持って帰るのはどうだろう。後々その記念品を見て今日の事を思いだし、余韻に浸るのも悪くない。
猫の口に刺さっているのを引き抜いて、カチカチと刃を出し入れさせながらどこを切り取るか考える。
猫の体を眺めていると、耳に視点が合った。耳なら簡単に切り取れるだろう。俺は右耳を持ち帰る事にした。
耳先を摘まんで付け根に刃を入れ、ザクザクと切っていく。血が渇いたことにより突っ張りを感じる手に、また新たな血が付く。俺の手は赤茶色に多い尽くされて地肌が見えない。
切り取り終わり満足したので、また猫の口にカッターナイフを突っ込んで立ち上がった。カッターナイフは最初持ち帰ろうと思っていたのだが、それが口に刺さっている方が見栄えが良いことが先程わかった。また買えばいい。そいつはくれてやる。
作品と離れるのは名残惜しかったが、時間が時間だし、何よりパーカーに付いた血が気になる。血液は時間が経つと落ちにくくなる。この服は気に入っていたので、できれば血痕は残したくない。
作品の一部を持って、足早で家へ向かった。
帰るまでに誰とも会わずに済んだのは運が良かった。今この時間にこんな血塗れの中学生がいたら確実に声をかけられていただろう。今日は本当にツイている。
家の外にある水道の前に作品の一部を置く。血塗れの手を擦り合わせると乾いた血がガサガサと音を立てて剥がれ落ちた。ある程度落とした後に水で洗う。かなり乾いていたので、冷たい水で落とすには時間がかかった。
ある程度洗い流したら今度は袖。案の定、なかなか落ちない。血は茶色く変色しており、擦り落とそうとしても色は薄くなるだけで落ちる気配は全くない。仕方ない、捨てるか。
ズボンは洗う気にもなれなかった。片方の膝が血に浸っている状態。特に思い入れもないし洗うのも面倒なので、これも捨てることにする。作品を観賞している時から、既に頭の隅で決めていた。
水を吸って重くなったパーカーの袖をまくり、作品の一部を拾いあげた。優しく、指の腹で傷口を撫でるように洗う。傷口で固まっていた血が溶け、少量だが新しく血が出てきた。
真っ赤な液体が透明な液体と混ざり合いながら排水溝に吸い込まれていく。
それを見ていると作品を作り上げていた感覚が鮮明に蘇ってきた。
どくん。どくん。
家の中に入り、閉めた玄関扉にもたれて息を吐く。深く、長い息。
何気なく携帯を見てみると、メールの受信がある事に気付いた。相手は北村。正直どうでもよかったが、一応詫びを入れたメールを送る。そしてそのまま風呂に直行。
頭を洗いながら、先程の事を思い出す。すると不意に左の頬がズキズキと痛んだ。疑問に思い、痛む箇所を指で撫でると強烈な痛みが走った。顔が歪む。
あ……。
あの時、引っ掻かれたんだっけ……。
あの猫は死ぬ間際に最後の力を振り絞り俺にこの傷を残したのだと思うと、何故か胸が熱くなった。だが、俺にはその理由がわからない。
ぼんやりとした意識の中、風呂から上がり部屋着に着替えた。脱ぎ捨てたままの服をゴミ袋に突っ込む。気づかなかったが臭いが酷い。鉄臭い。しかし不思議と落ち着ける臭いでもあった。
臭いが漏れないように、二重に袋の口を結ぶ。ゴミの回収日まではリビングの隅に置いておくことにした。机の上に食費が置いてあったので親は数日帰ってこないだろうから、問題ないだろう。
ふらふらと自分の部屋に行き、倒れ込むようにしてベッドの上に寝転ぶ。
目を閉じればあの時の光景。
目から耳にかけて皮膚が裂けた猫。
そいつの口の中にはカッターナイフ。
血塗れのコンクリート。
内臓の感触。温度。振動。
そして、それは全て俺が作り出した物。
俺が。
俺が……。
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