第60話
みんなが社務所の奥に入っていって、少しすると神主様が到着した。
「真島くん、こんにちは。それと、君は水川くんだったかな?こんにちは」
二人は穏やかに微笑む神主様に挨拶をした。
「神主様、こんにちはっす」
「こんにちは。お邪魔しています」
社務所の中を見た神主様が怪訝そうな顔をした。
「おや?うちの巫女は…」
「あ、すいません。うちの女子たちが引っ張って行っちゃって…」
「そ、そうなんです。すいません」
チラリとこちらを見た神主様が苦笑した。
「あの子もしょうがないねえ。別に庇わなくても大丈夫だよ。ちょっと仕事を頼みたかっただけでね。さほど時間はかからない筈だから、心配しなくても大丈夫さ」
「いや、別に庇ってるわけでもないんすけど…。あ、そうだ。神主様に聞きたいことがあったんすよ。いいっすか?」
「うん?もちろん大丈夫だよ。どんな事だい?」
「神社でお祈りして、その願いが叶ったときはどうしたらイイっすか?」
アキラが真剣な表情で質問した。
「ああ、そういうことか。つい先日、田中くんが柔道の大会で準優勝したと報告に来てくれたね。なんでもこの神社で必勝祈願をしたおかげで、いつも以上の実力を出せたなんて言ってくれたが…。彼の場合、この神社で参拝したことが後押しになって本来の力を出せたというなら、喜ばしいことだねえ。真島くんも似たようなことがあったのかい?」
「そうっすね…。似たような感じかもしれないっす」
「まあ、普通の参拝をしただけなら仰々しいものは必要ないと思うんだが、せっかくの機会だからきちんと教えておこうか。御祈祷というのはわかるかな?」
アキラたちが頭を横に振ると、神主様は姿勢を正して二人に向き直った。
「普通の参拝は、神社の前に進み、お賽銭を上げて拝礼をすれば良いんだけど、特別なご祈願や、社殿に上がって参拝する場合、これを昇殿参拝と言うんだけどね。これには、神社に申込みをする必要があるんだ」
「特別なご祈願、ですか?」
「昔は国家の安全や風雨順時、五穀豊穣など、公共性の強い祈願なんかを指していたようだけれど、今は個人の御祈願になったからね。合格、安産、病気平癒、商売繁盛、寿命長遠、子孫繁栄など多種多様な事を神様にお願いするんだ」
「この神社でも、その特別な御祈祷というのは行われているんすか?」
アキラが神主様に尋ねた。
「もちろん!たとえば、君たちがよく行くベイロード商店街の会長さんは、毎年1月に商店街全体の家内安全と商売繁盛を願って、結構大きな御祈願のお祭りをしているんだよ」
「あ、そうなんすね…」
「身近なところだと、七五三に祈祷を希望される方も多いんだ。もちろん参拝だけされる方もいるけどね。これも立派な御祈祷だねえ」
「わあ〜!七五三って小さい子が可愛い格好していて素敵なんですよね〜」
水川さんが神主様の言葉に
「じゃあ七五三の場合を説明しようね。
まずは社務所で受付して初穂料を納めてもらいます。
次は社殿に上がってもらって、『
これはね、穢れや災いなどを祓い清めているんだ。
そして『
ちょっと難しい言葉に聞こえるけど、内容は
『神様のお恵みに感謝いたします。このたび子どもが七五三を迎えたので、家族とお参りに来ました。子どもが立派な大人に成長するよう、これからお守りください』
といった感じだね。
そのあと『玉串拝礼』を行います。
玉串というのは、さっきも出てきた榊という木の枝に紙垂をつけたものだね。これを捧げて、『二拝・二拍手・一拝』をその式に参加している全員で行います。
そして、巫女たちに『お神楽』という踊りを踊ってもらいます。
神楽というのは神前に奉納される歌や舞いのことだね。
神様に『本日はありがとうございました。歌や舞を楽しんでください』というお礼を込めているよ。
最後に千歳飴なんかのお下がり品の授与で終わりかな」
「素敵〜。こちらでも七五三の御祈祷あるんですよね?」
「ウチはいつでも受け付けてるけど、11月が多いかな?」
水川さんが、「機会があったら見たいなあ〜。甥っ子の七五三の時に見に行ってみようかなあ」なんて言っている。
「神主様、御祈祷のことはなんとなくわかったんすけど、その願い事が叶ったらどうしたら良いんすか?」
ちょっと考え込んでいたアキラが尋ねた。
「ああ、ごめんね。今度は『御礼参り』をするんだ」
「『御礼参り』っすか?」
「昔のヤンキー漫画みたいな、不良が気に食わない先生に向かって卒業式の日に暴力を振るうようなものじゃあないからね」
「わ、わかってるっすよ」
「ふふっ。神主様、どんな事をするんですか?」
「『御礼参り』はそんなに特別なことは考えなくても大丈夫だけど、ちゃんと説明するよ」
「お願いします!」
アキラの声に押されて神主様が話し始めた。
「基本的には、普段通りのお参りと同じでかまわないよ。
ただ、お参りの時に「先日の件はおかげさまで無事に成就しました。どうもありがとうございました」と普段よりもさらに丁寧に御礼を言いましょう。
そして、できれば、
いつもより多めに賽銭を納める。
賽銭の他にも『お供え物』や『付け届け』を納める。
『御礼』の護摩札を申し込む。
など、普段よりも丁寧に感謝の気持ちを表すことが望ましいかな。
『御礼参り』では『日頃のお参りよりも何か少し追加する』というような意識を持つとよいと思いますよ」
「そうなんすね…」
「勉強になりました!」
「じゃあ、俺の場合、何したら良いんだろ…」
アキラがまた悩んでいると神主様が声をかけた。
「真島くんの場合は、いつもウチの猫たちにチュールなんかを『お供え』をしてくれてるからな…。そうだね。少しお賽銭を多めにしてくれれば十分じゃあないかな?」
「え?なんでそうなるんすか?」
「こちらの猫ちゃんって、黒猫ちゃんと白猫ちゃんたちですよね?」
「うん?君たちがあの猫たちの名前をつけたんだろう?ウチの神社に持ってくるにしても、大胆な名前をつけたって笑ったもんだよ。あれじゃ猫たちを無碍になんてできやしない!」
アッハッハッと笑う神主様の顔を見たアキラはその理由がさっぱりわかっていない。
そんなアキラに水川さんが尋ねた。
「あの、真島さん。猫ちゃんたちの名前って誰がつけたんですか?」
「確かあん時は…、小夜子ねーちゃんたちだ」
「小夜子ねーちゃん、さんですか?」
「ハヤトの姉貴だよ。そ、それよりも、神主様!猫たちの名前がどう関係するんすか!?」
笑っていた神主様の方がアキラの言葉に返答した。
「おかしな事を言うと思ったら、小夜子くんが名付け親だったのか。
じゃあ教えてあげようね。
この神社でお祀りしている神様は毘沙門天様だ。
猫たちの名前は『ヴァイ』『シュラ』『マナ』だね。
毘沙門天様はサンスクリット語で Vaiśravaṇa、『ヴァイシュラヴァナ』や『ヴァイシュラマナ』と発音するんだ。
だから、あの猫たちは毘沙門天様の『化身』といったところかな?
あの子たちもマスコットキャラクターとして結構有名になったから、あながち間違えともいえないかもしれないね!」
朗らかに笑う神主様の声が、高い空に吸い込まれていった。
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