第59話

「えっとね。まずは清心学園の学園祭の時に、生徒全員でクイーンを選ぶ全員投票のコンテストがあるのは知ってる?」

「知ってるー。去年は姫がグランプリ?でクイーンになったんでしょ?」

 葉月さんの問いかけに須藤が頷いた。


「ええ。じゃあ、その選考条件ってどんなものか知ってるかしら?」

「え?美人コンテストじゃないの?」

「あたしもそう思ってたー。違うの?」

 吉野さんの質問に、須藤と岸田が疑問の声を上げる。


「違うよ〜。もちろん美人コンテストの時もあるけど、その時一番旬な人が選ばれることが多いんだ〜。全国大会で優勝したり、試験で全国一位の成績を叩き出した人とかね〜。その年に何かをした学園内の有名人がピックアップされて、私たちはその中から一人選んで投票するんだ〜」

「誰でも対象ってわけじゃないんだねー」

「まあ、それもそうか。票が散りすぎたら訳わかんないもんねえ」

 そんなことを話していた岸田が、ふと何かに気づいた。


「あれ?でもそうしたらやっぱり2年とか3年が選ばれるんじゃないの?」

「それもそうねえ。1年生なんて、まだ入学して半年でしょ?普通は実績も何もないし…。え?姫、選ばれたってことは何かしたって事?」

「えっとね、それを説明するにはウチの部活が絡んで来るんだ」

「部活って女バスだっけ?」

「あ、なんか姫はめっちゃバスケ上手いって聞いた」

「そう。サキもアイと同じ女子バスケットボール部よ。あの子は入部してからめちゃめちゃ練習して、1年生の夏にレギュラーを勝ち取ったの」

「ウチの女バス、レベル高いんだよ〜。全国大会も何回も行ってて、練習もすっごい厳しいの!学園内でも人気あって、練習試合なんかみんなで応援に行くんだ〜」

「知ってる!去年の夏の大会で全国ベスト8に入ったんでしょ!かっこいーって話したもん」

「坂高の女バスがトーナメント表見て絶望してたもんなー。予選2回戦で当たるって」

「その去年の夏の大会での出来事がきっかけなのよねえ」

 どうやら去年の夏の大会で何かあったらしい。



「ちなみにさ、二人はバスケに詳しい?」

「ごめん、全然詳しくないかも。あ、でも去年映画でやってた『SLAM DUNK』はほのかと一緒に見にいったよー」

「そうそう!高校受験終わってもう合格わかってて、3月末だっけ?なんか小中高生限定で500円で見せてくれるっていうのを見て、カンナと二人で映画館行ったんだー」

 どうやら二人はあまりバスケには詳しくないようだ。


 葉月が質問した。

「『SLAM DUNK』かー。どうだった?」

「チョー良かった!!!」

「もう、なんかボロボロ泣いちゃった!」

「もうね!漫画読んだ事なかったのに、その後もう一回、二人で映画見たんだもん!」

「そうそう!でさー、高校入ったら、男子が『SLAM DUNK』の漫画持ってたり、e-sports研究会とかにもバスケ漫画置いてあったから、一時期借りて読んでたの!」

「二人して全巻読破したもんねー」

「花道と流川が最後にハイタッチするシーンとか、今思い出しても泣いちゃうもん!」

「映画は映画で良かったけど、漫画もすごい良かったよねー」


 興奮した様子で話す二人に川口さんと吉野さんも参戦した。


「私も『SLAM DUNK』の映画と漫画両方見たよ〜。良いよね〜」

「私は映画だけだけど見たわ。すごく綺麗だったわ」

「あたしにとって『SLAM DUNK』はバイブルなんよ!まあ、古いから今とはちょっとルール変わったりしてるけどね。あ、そうだ。あと『黒子のバスケ』とか『DEAR BOYS』って知らない?」

「なんか聞いた事あるけど、あんま知らないー」

「あ、e-sports研究会に単行本が置いてなかった?読んでないからわかんないけど」

「そっかあ。こっちもバスケ漫画なんだけどな…」

「清心学園だとバスケ漫画がすっごい流行って、ほとんどの子が『SLAM DUNK』とか読んでたのよ」

「大体の教室に今も全巻置いてあったりするんだよ〜」

「あれ、誰が持ってきたのかしらね?」

 吉野さんと川口さんが話している裏で、なぜか最後は葉月さんが落ち込んでいる。


 どうやらここにいるメンツはみんな『SLAM DUNK』は読んだことがあるらしい。


「わかった。じゃあ、それを前提に話すね」

 葉月が改めて話し始めた。





 =================





 バスケって、1試合が4つに分かれてるのはわかる?

 10分のプレイ時間が休憩時間を挟んで4回あるの。


 第1クオーターから第4クオーターまであって、第4クオーターが終わったら試合終了。当然多く得点を獲得していた方の勝利。


 去年の夏の地区大会、3回戦の時のこと。


 相手はウチのライバルの桜仙高校。

 …そう。あそこも全国大会常連だから、バチバチだったの。


 学園のみんなもわざわざ会場の体育館まで応援に来てくれて、すっごい熱気だった。あたしはまだ応援しか参加できなかったけどね。


 その試合の第二クオーターの途中で、ウチの3年生、スモールフォワードの東条先輩って選手が相手の選手と交差した時に、ぶつかって転んで足を挫いて離脱しちゃったんだ。


 …ああ、えっと、スモールフォワードっていうのは『SLAM DUNK』で言うところの流川楓ね。


 もちろんわざとじゃなかったんだけど、ウチの一番のエースが接触プレイで離脱しちゃったから、試合も応援も荒れちゃってね。


 第二クオーターまで互角だったのが、第三クオーターで一気に点を離されて、みんな焦っちゃって、選手も応援のみんなも負けちゃう!って思ってた。


 第三クオーターと第四クオーターの間の休憩の時、離脱した東条先輩がサキを指名して、最後の声出しをさせたんだ。


『サキ!あんたは1年だけど、あたしはあんたを買ってる。だから、みんなが気合い入る言葉ちょうだい!』って。


 サキはシューティングガードってポジションなの。…えっと、そう。『SLAM DUNK』だと三井寿。

 …そうそう、バスケがしたいですの人。

 …諦めたら試合終了ですよ。は、監督の言葉だけどね。


 サキもミッチーと同じで3ポイントとか打つ人って感じでいいよ。


 で、サキは声出しを頼まれて、ちょっと考え込んでたんだけど、こう言ったんだ。


『皆さん!東条先輩が怪我しちゃって、ちょっと頭に血が上りすぎです!一度冷静になりましょう!深呼吸してください。………………。大丈夫ですか?ラスト、わたしが絶対に逆転させます。わたしにボールをください』


 全員の顔を見て、最後に言ったの。


『心は熱く!!!頭は冷静に!!!清心ー!!ファイッ!!!』

『『『『オーッ!!!!』』』』


 その後は、もうすごくてね。

 第四クオーターは、みんなでボールをひたすらサキに回したの。

 サキ以外はみんな先輩なんだよ?でも関係なかったんだ。


 で、サキのプレーが訳わかんないくらいだった。


 ゴールから遠いポジションでも、ボールをもらうとすぐにジャンプしてシュートをしちゃうの。3ポイントシュート。


 それがまあ、バンバン決まる。

 相手選手もブロックしようとするんだけど、ちょっとフェイント入れて相手のマークを剥がすとすぐにジャンプシュート。

 それでヤバイってなってサキにマークが集まったら、今度は他の先輩がフリーになったから、そっちが点を決めていく。


 気づいた時には第三クオーター終了時点の15点差をひっくり返して大逆転勝利!


 そのあとも波に乗って全国大会でベスト8まで行ったんだ。



 この時の試合を撮影したビデオがあるんだけど、このサキの声かけもバッチリ撮ってた。

 で、それを見たウチの生徒の中から、こんな声が出たんだ。

 漫画『黒子のバスケ』の『氷室辰也ひむろたつや』みたいだって。


 この『氷室辰也』もシューティングガードなんだ。

 でね、彼の信条が『頭は冷静クール、心は熱くホット』だったの。

 これがこの時のサキとバッチリ重なっちゃった。


 元々『黒子のバスケ』自体がイケメンがたくさん出てくる漫画で、学園内で結構人気があったんだ。バスケ部じゃなくても読んでる子がいっぱいいたの。


 それで、ウチの学園内であの子は『水川沙姫みずかわさき』じゃない。『氷室沙姫ひむろさき』だ!って一気にブレイクしちゃった。

 『氷室辰也』はイケメンだけど、ウチの『氷室沙姫』も負けないくらいイケメン女子だ!って。

 もう先輩とか関係なくて、あの子カッコいい!!ってね。



 そのままの勢いで、学園祭の選考メンバーに選ばれて、もうあれよあれよと票が集まって、そのままクイーンに輝いちゃった。

 あれは、人気だけじゃなくて、ちょっと悪ノリっぽい部分もあった気もするよねぇ。



 後でサキに『氷室辰也』についてそれとなく聞いたら、全然知らないの。

 サキにそのことがバレたら嫌がってやめさせられると思った。



 あの子はあんまり少年漫画は読まないから、気付かれないように省略して呼ぶようになったのが『氷姫』。



 もちろん、それだけじゃなくて、すっごい美人だし、部活で遅くまで練習する努力家だし、勉強も凄く頑張っていて毎回TOP10に入るくらいだから、みんなから好かれてるんだけどね。



 カンナちゃんとかほのかちゃんが知ってるような、なんだろ、中二病?っぽい理由じゃない、のかな?むしろ漫画のキャラクター由来だから、もっと厨二っぽいのかも。



 あの子が『氷姫』って呼ばれてるのはこんな理由。





 =================





「えー!全然知らなかった!」

「マジ?それ!」

 須藤と岸田がびっくりしている。


 吉野さんと川口さんが葉月さんの言葉に頷いている。

 どうやら間違いないようだ。

「意外すぎたー!」

「ていうか姫ちゃんのこと、もっと教えて〜」


 岸田の質問に、吉野さんが腕を組んだ。

「そうね…。あの子、お淑やかなんてタイプじゃないわよ。むしろすっごい負けず嫌いだから、勝つまでやるタイプ」

「そうそう!1年の時、レギュラー取るって言って毎日遅くまでシュート練習してさー。あたしずーっと付き合わされたんだから!」

「勉強もそうだよね〜。前に順位が落ちた時、めちゃめちゃ勉強してた〜」

「うへー。姫ちゃん、結構ガチ勢なんだねえ」

「でもさー、清心のトップって東大に行く人も多いんでしょー?部活やって勉強もって、すごー」


 吉野さんと川口さんと葉月さんが顔を見合わせて笑った。


「でもあの子、あれで結構ポンコツなところもあって可愛いのよ?」

「でも、結構ガッツリ集中しちゃうタイプだから、シュート練習とかやらなきゃってなるとずっとやってるんだよねえ」

「これ!って思い込むと視野が狭くなっちゃうんだよね〜。それがサキちゃんの欠点かな〜」


 そんな話をしていると、巫女さんが白猫たちと一緒に入ってきた。


「みんな楽しそうね〜。なんのお話ししてるの?」

「あ、巫女ちゃん!お仕事おわったの?いま姫の話をしてたんだー」

「ああ、あの子ね!可愛いわよね〜」

「でもねー、今聞いたんだけど、可愛いだけじゃないんだって!えっとね………」







 女性陣の会話はまだまだ続きそうだ。

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