第58話

「HAYATO様に彼女がいたなんて…」

 社務所の和室のテーブルに、葉月さんが溶け崩れている。


 テーブルの上には、ラング・ド・シャの他にも誰が持ち込んだのか煎餅やらチョコレートやら、沢山のお菓子が並んでいる。


 溶け落ちた葉月さんは右手にティーカップを持ったまま。

 結構器用だ。


坂高ウチだとみんな知ってる話だから、清心の子ならみんな知ってると思ったんだけどー」

「ハヤトくん、特に自分からは言わないけど、別に隠してないしね〜」

「清心と坂高ってこんなに近いけど、意外と伝わってこないものね」

「一昨日だったかな〜?サキちゃんがカンナちゃんから聞いたって学園で言ってから、アイちゃん、ずっとこうなんだ〜」


 女性陣はクッキーをつまみながら談笑中。


 巫女さんは居ないようだ。

 どうやらみんなのティーセットを用意した後、神主様に用事をお願いされてしまい、席を外しているらしい。

 白猫たちもいない。その時に巫女さんについて行ってしまったらしい。


「そんなこと言ったら、あたしはマイマイがアレンくんと付き合ってるって聞いてぶっ飛んだよ〜」

「あはは〜。マイちゃんラブラブだもんね〜」

「だって、わざわざ言うのは恥ずかしいじゃない…」

 吉野さんが頬を赤く染めて、両手で顔を抑えた。


「アレンくん…。密かに狙ってたのにぃ」

「ん?ほのか、今なんて言ったのかしら?」

 今度は、岸田が崩れ落ちた。

 何か聞き捨てならない言葉を聞いてしまった吉野さんの目つきが険しい。


「ねぇねぇ!マイマイとアレンくんの馴れ初め、聞きたいな〜」

「私知ってるよ〜教えてあげる〜」

「風香!やめて!」

「せめてそれくらい教えろやー」

「ほ、ほのか!や、やめなさい!」

 川口さんを止めようとした吉野さんが岸田に捕獲された。


 岸田が吉野さんの口に煎餅を突っ込んで黙らせた。


「う゛う゛ー」

「フーカちゃん、今のうち!」

「大した話じゃないよ〜?去年同じクラスになって友達になったマイちゃんとサキちゃんをシュヴーに連れて行ったの〜」

「ほうほう。それでそれで?」

「3人で喫茶スペースでお茶してたら、接客してくれたのがアレンくんだったのね」

「それからどうした?」

「マイちゃんはサービスに来たアレンくんの顔を見て固まっちゃって、アレンくんもマイちゃんの顔を見て固まっちゃったんだ〜。私とサキちゃんには何も反応しないのにさ〜」

「ヤバっ!」

「何それ?アイ、あんたはその時どうしてたの!?」

「…あたしはその時はまだ風香と仲良くなってないの。別のクラスだったし…、サキとバスケ部で一緒になって遊ぶようになってから、それ聞いたの!もしかして、その場にあたしがいたら、マイちゃんじゃなくてあたしがアレンくんと付き合ってたかも!」

「アイは無いだろーなー」

「なんだろ〜ね〜。私、だれかが恋に落ちる瞬間をその時に初めて見ちゃったんだ〜。サキちゃんも同じこと言ってるよ〜」

「も、もがー!!!」


 岸田の拘束を振り切った吉野さんが川口さんに襲いかかった。

 両手で川口さんの頬を引っ張っている。

「ブーカ!なんでそんな簡単に喋っちゃうの!」

「いひゃいってば〜」


 それを横目に見つつ岸田が葉月さんに尋ねた。

「で、アイ。その後どうなったの?」

「べっつに〜。どうもこうも無いよ。当時高3のアレンくんにマイちゃんがラブレター渡して、アレンくんが即答でオッケー。そっからもーラブラブ…」

「あんだけのイケメンをゲットとはヤりますな〜」

「へー。今度シュヴーに行ってアレンくん見かけたら、馴れ初め聞いてみよーかなー?」


 須藤がなんとなくそんなことを言ってみると、川口さんと葉月さんが真顔になった。

「カンナちゃん。それはダメ。絶対やめた方がいい」

「これは風香と同意見。絶対やめて」

「え?なんでー?おもしろそーじゃん」

「ねー?」

「アレンくんからひたすらマイちゃんへの愛を語られるよ」

「は?」「え?」

「僕の天使がどうしたこうした。狂おしいほど愛してるとか、延々とね。風香ぁ、前にうちの後輩がやらかした時、何時間やられたっけ?」

「確か1時間くらい。それもブリジットおばさんが帰ってきて、アレンくんを引っ叩いたから終わっただけで、全っ然終わる気配なかった…」


 須藤と岸田が吉野さんをみると、もう完全に真っ赤になって後ろを向いて倒れ込んでいる。


「さすが、おフランス…」

「愛情表現が日本人とは違うんだね…」

「私、アレンくんのあーゆーとこキライ〜」

「あたしも日本人の感覚だとちょっと引く時あるわ〜」

「あーそうかもねー」

「情熱的すぎるのもあれかー」

「でもね〜、サキちゃんはちょっと羨ましそーにしてることもあるんだよね〜」

「ええー?あたしは嫌だなー。いくらアレンくんがイケメンでもなー」

「アレンくんでしょ?あたし、やっぱりちょっと言われてみたいかもー」


 倒れ込んだ吉野さんを囲んで好き勝手なことを言っている。


「だから、やだって言ったのにぃ!みんな嫌い!」


 須藤と岸田が慌てて吉野さんを宥める横で、川口さんと葉月さんが爆笑した。




 ・・・

 ・・

 ・




「それにしてもさー。こんな話できるくらい仲良くなれるなんて思ってなかったよー」

 吉野さんを後ろから抱きしめた岸田が何か話している。


「あーそれなー」

 須藤も同意した。


「そーなの?」

「もう…。人のことを散々いじったくせに…」

「でも、あたしは坂高のギャルこわーってとこ、ちょっとあったかも。あ、二人に会う前だよ?」

 清心組が率直な感想を言った。


「なんかさー、清心の子は恋愛禁止で『おほほ』って笑うイメージあったんよー」

「そーそー。お嬢様ばっかりで、みんなお淑やか。そんでウチらみたいなの嫌ってるんじゃ無いかなーって」

「そんな事ないって〜。お嬢様がいないわけじゃないけど、ほとんどは普通の家庭の子だしね〜」

「そうよ。お淑やかって言うよりもサバサバしてるこの方が多いわ」

「みんなフリーダムだよ。むしろ共学よりも男の子がいないから、だらしないとこあるし」

「え?そーなん?」

「あ、そーいえば、姫ちゃんは思ったよりサバサバ系だったかもしれない!」

 清心組の答えに、須藤と岸田が考え込んでいる。


「あ、あたしがお淑やかなお嬢様だってことはすぐにわかった?」

「アイ、あんただけは無いわ」「あんたは同じ匂いがするのよ」

「即答!」

 葉月さんがまた崩れ落ちている。


「そーいえば、姫ちゃんって意外と姫キャラじゃ無いよね?もっとブリブリのかわい〜女の子が来ると思ってた」

「それ、あたしも思った。男嫌いって聞いてたけど、意外と普通だったし。冷たいクールキャラなのかな?って思ったけど、全然話せるよねー」

 須藤と岸田がウンウンと頷いている。


「サキちゃんは、別にお淑やかでも無いよ〜。普通に授業中にピンセット使ってムダ毛の処理してたりするし、暑かったらスカートばっさばさして『あづ〜』ってやったりするし」

「女子校だと当たり前だけどねー」

「あの子が男性が苦手なのは中学も女子校だったからね。あと意外と人見知りで初対面の人だと一気に緊張して固くなるの」

「流石に男子の前でスカートとかムダ毛処理はしないわー」

「たまに聞いたことあったけど、清心でもあるんだ!」

 坂高組がびっくりしている。


「大体さー、共学じゃわかなんないけど、ブリブリの可愛いキャラなんて女子校で流行んないって!」

「そうね。そんな子が1年生なのに去年の学園祭で先輩押し退けてクイーンになんてなれないわ」

 葉月さんと吉野さんが否定した。


「へー。でも、『清心学園の氷姫』は『男嫌い』だから、特に男に冷たい。告白した男子は振られるとみんな『凍えて砕け散る』って、噂聞いたよ?」


 須藤が言うと、吉野さん、川口さん、葉月さんが固まった。






「ブッ!」「アハハハッ!!」「え?そんな話になってんの!?」

 3人揃って大爆笑だ。



 須藤と岸田がポカーンとしていると、吉野さんが答えてくれた。


「ああ、おかしい!それじゃサキがまるでお化けじゃない!そ、そんな理由じゃ無いわよ!ほら、アイ!ちゃんと説明してよ!」


「さ、サキちゃんも、た、大変だね〜。か弱いお姫様とか、こ、氷の女王様とか」


「マジでやばいわ!こんなことサキ様に知られたら殺される!本当に誤解というか勘違いだって…。二人ともこれから言うことは、サキには内緒にしてよね?」




 須藤と岸田が頷くと、葉月さんが話し始めた。

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