第61話

 二人は神主様にお礼を言って社務所を後にした。


 黒猫は二人について来るようだ。

 二人の足元でクルクル回りながら歩いている。


「水川さん。二人で話をする前に、先に本殿にお参りして行きたいんすど、良いっすか?」

「良いですよ。私も参拝したかったんです。『御礼参り』になるのかな?」

「あれ?水川さん、この神社この間が初めてじゃなかったんすね」

「はい。必勝祈願で有名なので、バスケ部のみんなで何度かお参りに来てるんです。去年の夏の大会前も来たし…。あ、それ以外に今年のお正月にも友達数人で来たんですよ?」

「へー。自分なんか猫と遊ぶ時くらいしか来ないんすよ。人多いの苦手なんで」

「そういえば、お正月に来たときは猫ちゃんたちはいませんでしたね…」

「流石に人が多すぎると社務所の奥か本殿のどこかに隠れてるみたいっすよ。前に巫女さんが『お正月はどっかに行っちゃうから心配だ』ってこぼしてたんで」

「そうなんですね…」


 そんな事を話しているうちに本殿に着いた。


 黒猫は本殿の階段をトトトッと駆け上がってどこかへ行ってしまった。



 拝殿に赴く前に、手水舎で口と手を清める。


 その後二人で拝殿の前に立ち、鈴をガラガラと鳴らした。


 自分の小銭いれを開けると、結構たくさんの小銭が入っていた。


 今日はこれを全部お賽銭にすればいい。


 全ての硬貨を賽銭箱に納めた。




 2礼、2拍手、1礼。


「(先日は、通り魔事件の時、水川さんや吉野さん、川口さんや商店街のみんなを助けていただいて、ありがとうございました。

 神様が自分の事を色々と使われたような気がするんですが、もうそれはなんつーか、他に方法がなかったんだろうなって納得しました。

 それで、自分のお願い通りに電動アシスト付き自転車をプレゼントしてくれて、ありがとうございました。

 ただ、他にもいろんな人からケーキとかコーラとか貰っちゃってて、貰いすぎです。開運効果をつけてくれたのかもしれないんですが、自分はもう十分です。

 あと…、水川さんが自分に好意を向けてくれたのが、神様のお力だったら、普通に戻してください。

 お願いします)」


 3歩下がって会釈をして顔を上げると、水川さんがまだ手を合わせていた。




 邪魔をしたくないなと思い、階段の下で待っていると参拝を終えた水川さんが階段を降りてきた。


「けっこう熱心に祈っていたんすね」

「ええ。そうなんです。でも真島さんもとても熱心に参拝されていましたよ?」

「えーっと、そのことで水川さんに話したくて。そうだな、この間待ち合わせた、境内の裏にある小さなお社のところ。あそこで少し話を聞いてもらっても良いっすか?」

「もちろん。どこでもご一緒しますよ」

「ありがとうございます。…おーい、ヴァイ〜!俺たち後ろの社の方に行くけど、どうするんだー?」

 アキラが声を上げると、本殿の裏から黒猫が「ウニャイ?」と言いながら現れた。


 二人が歩き出すとニャゴニャゴ言いながら追ってきた。

 どうやら一緒に来るらしい。


「ヴァイちゃんは本当に賢いですよね。可愛くて毛並みも本当に綺麗で素敵です」

 水川さんが足元に近づいた黒猫の顎を優しくくすぐった。

 黒猫がゴロゴロと喉を鳴らしている。

 今日は機嫌が良いようだ。





 少しすると先日の小さな社の前に着いた。


 離れたところに社務所にいた巫女とはまた違う巫女さんの姿が見える。

 どうやら境内の植樹の手入れをしているようだ。

 見通しは良いもののけっこう距離があるので、ここで話していても内容を聞かれることはないだろう。



 社へと続く幅2メートルほどの数段の階段は掃き清められている。


 アキラはこの階段に座って黒猫たちと遊ぶことがあるが、水川さんは抵抗がないだろうか?


「水川さん。自分、よくここに座ってヴァイとかと遊ぶんすけど、階段直座りとかでもいいっすか?」

「うん。この階段すごく綺麗にお掃除してあるし、全然大丈夫だよ」

「じゃあ、その辺りに座ってもらっていいっすか?話したいことが結構あって、時間かかっちゃうかもしれないんで」

「それじゃ、この辺りに座るね。真島さんは?」

「えっと、こっちに座ろうかな」

 階段の左側に水川さんが座ったので、アキラは同じ段の右側に並んで座る。




 黒猫が階段を駆け上がって社の方に駆けて行った。




 アキラは少し姿勢を正して、改めて水川さんに向き合った。


「先週の土曜は、自分があなたたちのお礼の言葉を素直に受け取ることが出来なくて、それが原因でおかしな事になっちゃってすいませんでした。坂高ウチの須藤から、あのあと水川さんが元気が無かったと聞きました。大丈夫でしたか?」


 すると水川さんがちょっと困ったように微笑んだ。

「う〜ん…。真島さんは、どうだったと思いますか?」

「いや、うん…。ごめん。なんか、幻滅させちゃったかなって思ったよ」

「そうですか…。じゃあ…、ハズレ!」

「え?」


 アキラが呆気に取られていると、黒猫が戻ってきた。

 トコトコ歩いてくると、そのまま水川さんの膝に乗り、そこで座り込んでしまった。


「ヴァイちゃん。慰めてくれるの?」

「えっと、全然違ったっすか?」

「そうですね…。わたし、真島さんの今の言葉にちょっと傷つきました」

「え゛」

「ねー?ヴァイちゃん?」

 黒猫が水川さんが差し出した手の匂いを嗅いで、ぺろっと舐めた。

 あまり会ったことがない人にはやらない結構珍しい行為なんだが。


「じゃあ…、わたしのお願いをいくつか聞いてくれたら、さっきのこともこの間のことも全部なかったことにしようかな?」

「お願い?…まあ、自分に出来ることなら良いっすけど」

「ホント?じゃあ一つ目です」


 水川さんが真剣な顔でアキラの目をじっと見つめた。


 アキラも水川さんの瞳をじっと見つめた。


「ふふっ。真島さんはわたしの目をまっすぐ見てくれるんですね」

「どうかな…。よくわからないけど」


 水川さんが柔らかい表情をした。

「一つ目のお願いは、『わたしとお友達になって欲しい』ということです」

「うん?いや、別に全然問題ないっすけど…」

「じゃあ、今からお友達ですね。二つ目は、その敬語みたいなのをやめて欲しいんです」

「え゛。マジっすか?」

「マジです。ハヤトさんや渡辺さんくらい、と言いたいところだけど、せめてカンナちゃんやほのかちゃんくらいには砕けた口調で話して欲しいな。カンナちゃんは友達になったらタメ語じゃないと寂しいって言ってたよ?」

「…須藤を基準にするのはどうかと思うけど。あー、まあ努力、するよ」


 アキラがOKすると、水川さんが前のめりになった。

「じゃあ、言葉遣いも直したところで、お互いの呼び方を決めましょう!」

「普通に水川さんとかで良くない?」

「いやですー。アキラくん、アキラさん、アキラっち、アッキー、アッちゃん、とかかな…」

「アキラっちとか、あっちゃんは、まあ、呼ばれてたことあるから別に良いけど」

「被った?じゃあ、やだ。………『アキくん』。『アキくん』は呼ばれてた?」

「あー、どうだろ。…ないかもしれないな。つうかめっちゃ恥ずいんだけど、これやんなきゃダメ?」

「ダメです!今度はわたしの呼び方です!」

「えぇ…。水川さん、はダメ?…そうっすか。サキさん、サキちゃんとか、…あ、氷姫様とか?」


 すっと水川さんの表情が冷たくなった。

「あ、地雷踏んだ」とアキラが思った時には遅かった。


「へぇ…。そんなこと言うんだ」

「あ、ごめん!じょ、冗談っす」

「口調も戻った。…そうなんだ」

「いや、ごめんて」



「じゃあ、『サキ』って呼び捨てにしてください」


 水川さんがアキラの目を見つめて言った。

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