第52話
ハヤトの部屋は畳敷き八畳の和室だった。
部屋に入ってすぐのところに小夜子から借りてきたシュレッダーがあった。
部屋の中央に置かれた丸いローテーブルの上に、数学Ⅱの教科書と課題が並んでいる。
本棚代わりに壁際に並べられたカラーボックスとマガジンラックには、大量のファッション雑誌と漫画本に並んでビジネス書籍やハウツー本、モデルとして参考にしたのであろうポージングカタログやボディメイクの本に加え、栄養学の本など雑多な種類の本が並んでいるのが見える。
ボックスに収まりきらなかった本が横に積まれているようだ。
壁際には小夜子の部屋で見たようなハンガーラックがあり、制服のズボンが皺を伸ばした状態で吊り下げられている。
ゴミ捨てを終えたアキラが部屋に入ると、ハヤトは課題に向き合っており、ナベちゃんはその横でファッション雑誌をペラペラとめくっていた。
「悪い。遅くなった」
アキラが2人に謝ると、ナベちゃんが苦笑した。
「小夜子姉さんたちに捕まってたんでしょ?ゴミ捨て終わった?」
「アキラも姉貴たちに律儀に付き合わなくてイイんだぞ?あんなの際限ないんだから軽く流せって」
「なんでだろうな、あの人たちに逆らっちゃいけないような…」
「まあいいや。まずはコレだ」
ハヤトがどこからかA3サイズの紙を取り出した。
一番上に書かれた水川さんの名前以外、ほとんどの部分が黒いマジックで塗りつぶされている。
「あー、コレ。土曜日に水川さんから回収した例の婚姻届」
「ちゃんと個人情報のところはヒゲのマスターにマジックを借りて塗りつぶしてから渡してもらったからね」
「…おう。サンキュー」
「オレら3人の前で処分しようと思ってたんだ。今やっちまおう」
ハヤトはそういうとシュレッダーに婚姻届を入れた。
ガーッと言う音と共にA3サイズの紙が機械に吸い込まれていく。
アキラはなんとなく不思議な感覚でそれを見ていた。
「さて、コレでいいや。次はこっちだ」
ハヤトがテーブルの上を片付けて、代わりに持ってきたラップトップPCを開いた。
YMB社のページを開き、例の動画を再生する。
3人とも無言のまま動画を見ている。
動画が終わるとハヤトが画面をクリックし、また最初から再生する。
5回ほど繰り返したところで、アキラが口を開いた。
「…なあハヤト。俺、ブレーキかけてたよな?」
「…ああ。確実にかけてたよ」
「僕も真島くんの手に真っ赤な跡が残ってたのを覚えてるよ…」
しばらく沈黙が続いた。
アキラが2人の顔を見た。
「俺さー、いろいろ考えたんだけど、考えれば考えるほどおかしいことがあるんだ」
「オレもちょっとわからないことがある」
「僕も2人に確認したいことがあったんだ。じゃあ僕からでも良いかな?」
2人が頷くとナベちゃんがノートを広げた。
「あの日のことを時系列に沿って確認したいんだ。ちょっと書き出すから…、2人は僕がいなかった時に何をしていたか教えて」
3人は事件以降あまり触れないようにしてきた今回の経緯を改めて辿ることにしたようだ。
以下はナベちゃんのノートに書き出された当日の行動となる。
●が場所と実際の行動で、★がその時感じていたことだ。
『は』がハヤト、『あ』がアキラ、『け』がナベちゃん。
5月末の火曜日
●朝
アキラとハヤトが駅前で待ち合わせて一緒に学校に行こうとした。
ハヤトが自転車を購入して激坂通学することになったので、途中で別れた。
ハヤトが激坂で通学しているときに、アキラは通常ルートで通学した。
途中のコンビニでナベちゃんと会って一緒に登校した。
その時、放課後に2人でゲーセンに行く約束をした。
★
アキラに新車を見せたかった。激坂余裕だった。(は
ハヤトが先に行って面白く無い気持ちもあったが、途中でナベちゃんと会って一緒にきた。ゲーセンも久々だったので楽しみになった(あ
いつもは母が作ってくれた朝ごはんをしっかり食べてから登校するんだけど、その日は母が風邪気味だったので、コンビニでご飯を買っていた。店から出てきたら真島くんに会ったので、一緒に登校した。真島くんがゲーセンに付き合ってくれるのは久々だったので嬉しかった。(け
●放課後 学校
ナベちゃんが委員会の仕事で遅くなることになったので、アキラが待ちになった。
アキラが神社で時間潰そうとしたら駐輪場でハヤトに会った。
ハヤトも一緒にゲーセンに行くことになり、神社で待つことになった。
★
松原先生に仕事を頼まれて、委員会の仕事をしていた。30分くらいかかったかもしれない。(け
俺もバイトとかあって忙しかったし、久しぶりに3人で遊ぶのも良いかと思った。(あ
新車が届いて嬉しかったので、速攻帰ろうとしたらアキラに会った。ナベっちとゲーセンに行くと聞いて羨ましかった。(は
●神社
駐輪場に自転車を停めて、アキラとハヤトの2人で拝殿に参拝した。
そのあとヴァイたちに会いに行ってチュールをあげた。
少ししたらナベちゃんが到着したので駐輪場に向かった。
★
近々大きなコレクションのモデルオークションがあるので、良い結果が出せるように見守ってほしいって結構真剣にお願いしてた。オレがお祈りし終えたのに、アキラのやつが全然終わらなくて笑った。猫たちは相変わらずだった。(は
その時はそういうのよく知らんかったんだ。だからお願い事をするもんだと思ってた。猫は元気だったな。(あ
駐輪場で待ってたら真島くんと一緒に宮木くんも一緒にきたからびっくりした。ヴァイたちもちょっと見かけた気がしたけど、2人と話してたらいなくなっていた。久しぶりに一緒に遊ぼうと言われて嬉しかった。(け
●激坂
ハヤトが激坂で帰ろうと言い出した。アキラがOKして、ナベちゃんも同意した。
ハヤトが激坂レースやらないかと言い出した。
アキラはOKして、ナベちゃんがスタートのカウントダウンを取ってくれた。
★
普段は激坂は使わないんだけど、新車でちょっとテンション上がったみたいだ。あんなことになるとは思ってなかった。(は
俺はバイトに遅れそうな時はちょこちょこ激坂で帰ってた。ただ、多分高校入ってからは激坂レースはやってない。中学3年の時以来かもしれない。(あ
中学の時に激坂レース中に転んで怪我をしてからレースに参加してない。あれから激坂ルート自体苦手。でも3人で遊びに行くのは久しぶりだし、待たせちゃったから、激坂通ったら早いし良いかなって思った。(け
●激坂レース
アキラとハヤトが競争することになった。
ナベちゃんのスタートの合図に合わせて開始。
最初のストレートだとハヤトが前だった。
一つ目のカーブのところでハヤトが減速したので、ブレーキをかけなかったアキラが追いついた。
次のストレートでハヤトがスピードを出す前に、アキラがそのまま加速して二つ目のカーブを抜けたので、アキラの勝利になった。
そこで何かアワアワしているアキラにハヤトが追いついた。
アキラがブレーキが効かないと言っていたので、ハヤトが倒れ込めと言ったのだがそのままの勢いで激坂下の交差点に突っ込んで行った。
★
2人がスタートしたらまっすぐ走っていって、カーブのところで見えなくなった。(け
ブレーキがおかしくなったアキラがブレーキハンドルを握りしめていたのは、確実に見た。交差点に突っ込んだときは、コイツ死んだって本気で思った。(は
なんでかわからないけど、全然倒れ込むことすらできなかった。交差点のこっちの信号が青だった時は、本気で神に感謝した。(あ
●ベイロード入口
商店街はいつも以上の人混みだった。
特にアーケード入口あたりに人が多かった。
そこに向かって自転車に乗ったままのアキラが突っ込んで行った。
アーケードの入口にいた人たちが、急に坂の方に向かって走ってきた。
★
オレは交差点を渡ったところで止まってた。前からたくさん人が来てうまく進めなかったんだ。自転車のアキラの後ろ姿がスイスイ進んでいくのが見えた。なんで誰にもぶつからないのか不思議だった。(は
僕が宮木くんに追いついたのがここ。呆然とした宮木くんから「アキラがベイロードに突っ込んじまった」って聞いた。僕は真島くんの姿は見てない。でも、逃げてきた人が通り魔だって言ってるのを聞いた時は、最初は真島くんの事言ってるんだと思った。でも刃物持って暴れてるって言われて、違う人だってわかった。(け
交差点渡ったところで前見たら人がたくさんでチャリを横倒しにする事すら出来なくなった。どうして通行人にぶつからなかったのか、全然わからん。なんか、坂を下ってる時よりも、交差点渡ってからの方が早かった気がするんだよなあ。…あれ?なんか1人むしろ突っ込みたかったやつがいたような…。(あ
●ベイロード アーケード入り口
アーケードの入り口のところで、水川さんと吉野さんが通り魔に刃物で切り付けられそうになっていた。
そこに来た自転車に乗ったアキラと通り魔が正面衝突事故を起こした。
通り魔がダウンして、アキラも頭から出血した。
先に立ち上がったアキラが通り魔だと知らずに救助しようと駆け寄ったら、勢い余って顔面を蹴っ飛ばした。
そのあとアキラもぶっ倒れた。
★
おっさんと女の子がいて、女の子は避けなきゃって思ったのはかすかに覚えてる。おっさんに頭突きした時の感触、まだ残ってるんだよな…。たまに夢に出てきてうわってなるよ。(あ
自転車を押してアーケードまで行ったらアキラがぶっ倒れてて、自転車も転がってた。デカくてゴツいおっさんに警官とか周囲の人が群がって捕まえてて、犯人確保!って言ってたからこいつが通り魔なんだってわかった。(は
真島くんが頭から血を流してたから、真島くんも通り魔にやられたのかと思った。真島くんが「見知らぬおっさんを蹴っ飛ばした」って言っててびっくりした。(け
●ベイロード、事件後
倒れてるアキラがうわごとのように、もう終わりだ。退学アンド少年院だって繰り返してた。
ハヤトとナベちゃんがなんとなく状況を察知して、アキラを全力で庇った。
★
マジで感謝してる。もう訳がわからなかったから。(あ
とりあえず警察とかに適当に説明したら、犯人逮捕に協力ありがとうって言われてちょっと拍子抜けだった。もっとなんか突っ込まれるかと思ったんだが…。(は
逃げた人で野次馬しに戻ってきた人もいたのに、真島くんが危ないことをした。みたいな話をしてる人は見てないかもしれない。(け
大体こんなところだろうか。
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