第51話

「えー?何時だっけ?アスカちゃん覚えてる〜?」

「お昼食べた後でしょー。2時か3時だっけ?」

「3時からよ」

 だらしない格好のままの美女たちが答えた。


 アキラは自分のリュックを部屋のドアの前におくと、ゴミ箱とシュレッダーのすぐ横に置かれた『40Lゴミ袋20枚入り』と書かれたケースからビニールを2枚取り出した。


「せめて、缶と瓶だけでも片付けろよ…。ゆうこさんとアスカさんは他人の家なんだしちょっとは遠慮しろって…」

 アキラはごく自然に、床に転がる空き缶と空き瓶を別々の袋に入れていった。

 恐ろしいことに、本人は自分の行動にほとんどなんの疑問も抱いていない。


「私ここの子になるー」

「むしろアタシはすでにここの子だあ!」

「そうねえ。ゆうことアスカは宮木家の家族だもんねえ。今日もお泊まりするのよ?」

「小夜子ねーちゃん…。そんな風だからこの部屋がいつもグチャグチャになるんじゃないのか?」

「あら、あっちゃんも家族枠に入れてあげても良いわよ。そうねえ、ペット枠かしら」

「遠慮しとくよ…」

 アキラは話しながらざっと掃除を終えて、部屋と3人を見た。

 とりあえず、ゴミは散らばっていない。


 次はシュレッダーが気になっているようだ。

 機械を開けゴミでいっぱいになったダストボックスのビニール袋を取り出し、新しい袋をセットして機械を閉じる。


「あっちゃん、ついでにそこに積んである書類をシュレッダーにかけてくれるかしら?」

「あ〜私もやって欲しいのありゅ〜」

「あたしのもお願いー」


 流れるような小夜子の依頼になんの疑問も抱かずアキラが作業を始めると、他の2人もバッグから郵便物などの個人情報が記載された書類を取り出してきた。


 アキラはそれらを受け取るとシュレッダーで裁断しながらため息を一つ吐いた。


「ゆうこさんとアスカさんに中学の時に初めて会った時は『世の中にはこんなに美人でスタイルが良くて優しいお姉さんがいるんだ』って感動したのに、今じゃ飲んだくれだもんなあ」

「失礼な!今もおっぱいがおっきくて、お尻も可愛いって大人気のゆうこちゃんに向かって何を言うの!」

「そうよ!ゆうこはこのエロいスタイルを維持するために、ちゃんとツマミを制限しながら飲んでるんだから!」

「わたしには何も言ってくれないのかしら?」

「小夜子ねーちゃんは、なんかそう言うのとも違うんだよなー。そういう生き物って感じ」

「ああ、でもわかるかもー。小夜子はそうよねえ」

「そうねえ」

 なんか意気投合している。


「て言うかさ、みんな金持ってるんだからどっかのお店で飲んでくれば良いじゃん」

 裁断作業中のアキラが言った。


「私たちが飲みにいくとすぐ男の人に声かけられるから、落ち着いて飲んでられないのよねー」

「あと、お店だと料理も注文しないとじゃない?あまり食べられないのよ」

「良いじゃん。誰かに奢らせればタダ酒だろ?」

「じゃあ、あっちゃんが二十歳になったら、私たちにたくさん奢らせてあげるわね」

 小夜子が妖しく笑った。


 アキラがうげーという顔をした。

「マジ無理。一気に金無くなるの目に見えてるわ。みんなウワバミじゃん」

「ウワバミって何?」

「底なしの大酒飲みってことよ」

「やだ、あっちゃんに酔い潰されてお持ち帰りされちゃう〜」


 ケラケラと笑っていたアスカが何かを思い出した。

「あ、そうだ。動画見たわよー。なかなか格好良く撮れてたじゃない」

「うぇっ。見たのかよ…」

「見たよー。ちゃんとコメント書いといてあげたんだから『カッコイイ!』って」

「わたしも書いたわ。『血も滴るイイ男ね』って」

「……あのコメント、小夜子ねーちゃんだったんか。ハヤトがなんであんな間違え方してたかやっとわかったわ…」


 シュレッダー作業を終え、3つのゴミ袋を手にしたアキラが一筋の涙を流した。



「姉貴、シュレッダー貸してくれ。って、アキラ、こんな所で何やって…。なんでゴミ袋抱えて泣いてるんだよ。しかも酒臭えし」

 部屋着に着替えたのだろうTシャツ・ハーフパンツ姿のハヤトが部屋に入ってきた。


「あ、ハヤト」

「おーイイ機会だ。お前もそこに座れ」

「ゼッテーやだ。今日はアキラとナベっちと3人で勉強会するんだから、邪魔すんなよ」

「ハヤちゃん。もう期末テストなの?」

「そーだよ。アキラいじりはもうイイだろ?」


 ハヤトがアキラを連れ出そうとすると、アスカから待ったが入った。


「待ちなさい!あっちゃん!」

「なんすか?」

「約束した20万円は貯まった?」

「なんだアキラ、こんな悪魔どもになにを言われたんだ?」

「ハヤちゃんは黙ってなさいね」

「…貯まってないっす」

「今貯金はいくらくらい?」

「10万ちょっと…っす」

「前に約束したの〜。あっちゃんが20万円貯まったら、それで10分間私のおっぱい触り放題する権利を売ってあげるって〜」

 ゆうこが両手を使っておっぱいを持ち上げた。

 ゆったりした服を着ているのに、なんかエロい。


「現役グラビアアイドル、ゆうこのおっぱいだぞー」

「でもなんで20万円にしたのかしら?」

「猫ちゃんたちにかかったお金と一緒の金額にしたの〜」

「アキラ、お前、猫の治療費の借金返し終わってもバイト頑張ってるなって思ったら、今度はこんなことのために金を貯めようとしてたのか…」

「こんな風に煽るクセに、指一本触らせてくれたことなんか無いのに…」

「だって触っちゃたらお金が発生しちゃうからね〜」

「この悪魔どもめ…。性欲に塗れた思春期男子が逆らえるわけないだろ!て言うか金が欲しいなら、その辺の金持ちのおっさんやらユーチューバーやらに揉ませれば何百万でも取れるだろうが!」

「ハヤちゃんはダメねえ。そんなの意味ないのよ」


「なんで?」

 アキラも少し疑問だったのだろう。つい尋ねた。


「あっちゃんが頑張って汗水流して稼いだ貴重なお金だから意味があるんだよー。私の事を考えて精一杯頑張ってくれたってことがイイのよー。訳のわからん金持ちのおっさんやユーチューバーとかがよくわかんないことで稼いだお金なんて、ただの紙。だから私たちはファンの子が応援してくれるのが嬉しいんだから」

「なんか、正しいこと言ってるような、そうでもないような…」

 ハヤトが首を捻っている。


「そういえばあっちゃんは今も本屋さんのアルバイトの時に、私たちの写真集とか見やすい所に並べてくれているのかしら?」

「一応店長に了解もらって新しいの出るとオススメコーナーに並べてもらってるよ…。そのせいでなんか3人のファンだと思われてるけど…」

「でも従業員割引があるって言っても、毎回買ってくれてるんでしょ?いつもありがと。感謝してるわ」

「あれ?前に何冊もあげたじゃない?もしかして古本屋さんとかに売っぱらっちゃった?」

「小夜子ねーちゃんたちが『私たちの本は絶対に買うわよね』って言ったんでしょうが…。何冊も持っててもしょーがないし、一応自分のお金で買ったやつは部屋に残して、貰ったやつは坂高の柔道部とか野球部とか、まあ、いろんなところにばら撒いた。少しはファンが増えてるんじゃない?」

 アキラの言葉に、小夜子とゆうこが満足気に微笑んでいる。


 アキラが色々な男子連中と妙に仲が良いのは、こんなところも関係していそうだ。


「ファンがアタシの写真集を買ってくれたお金で買ったお酒!飲まずにはいられないッ!」

 アスカがまた缶のアルコール飲料をあおっている。


 ハヤトがため息を吐いた。

「この人たち、こんなんなのに外面はすげーイイんだよな…。ウチだとこんな姿しか見てねーのに…」

「そうだな。どれだけたくさんのファンがこの人たちの笑顔に騙されて写真集やら購入したんだ…。この人たち、今までの販売部数とか覚えてるんかなあ…」




 小夜子が艶然と笑った。


「二人ともおかしな事を言うのね。あなたたちは今までに食べたパンの枚数を覚えているのかしら?」




 小夜子の笑顔を見たアキラが天井を仰いだ。

「ハヤト…、俺は綺麗なお姉さんに優しくして欲しかっただけなのに、なんでこんなに現実は厳しいんだろうな…」

「アキラ、前から言ってるだろ!?も存在しないって!お前は幻想の中に生きてるだけなんだ…。あ、それと姉貴、今日の晩飯、カレーだってさ。で、みんな食べるんだったら酒はほどほどにしておけってよ」

「わかったわ〜」

「ママさんのカレー楽しみ!あ、そろそろ飽きてきたから、ゴミ持って出てってイイよー」

「あっちゃん、またね?」




 シュレッダーを持ったハヤトの後ろに続いたアキラは、ゴミ袋を両手に持って部屋を出た。



 シュレッダーの紙ごみは可燃物なので金曜日回収。


 これはおばさんに渡せば良い。



 ビン・缶ゴミの回収日は木曜日。


 ハヤトの部屋に行く前に、空き瓶と空き缶は一度水洗いしてから外のゴミ捨て場に捨ててこなければならないようだ。

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