第46話

 ホワイトとブルーを基調としたシンプルなインテリアが並ぶ部屋の真ん中で、水色の座椅子にTシャツ・ハーフパンツ姿の女の子が座っている。

 傍のローテーブルに置いたスマホで動画を流しながら何かしているようだ。


 須藤カンナだ。


 座椅子の上で前屈みになって足の爪に何かを塗っている。


 と、テーブルの上のスマホの動画が途切れ、着信音が鳴った。


 足の先から目を離さず、左手でスマホをスピーカーモードに切り替えた。


「もっしも〜し。だれー?」

『あ、カンナさんですか?こんばんは、サキです』

「えっ?姫ちゃん!?あっごめんねー、ちょい待って〜」

『ごめんなさい。タイミング、悪かったですか?』

「んーん。大丈夫だよー。ペディキュア塗ってただけだし。っと、ちょうどベースコート塗り終わったとこ〜」

『ペディキュアですか…。良いですね。ウチだと怒られるかもしれないです…。じゃあ乾いたらあとはトップコート塗って終わりですか?』

「いやー、あたしはベースを二重塗りして、トップ重ねるからー。もっかいベース塗るよー。ん。オッケー」


 ん〜っと、抱え込んでいた足を伸ばした。


「んー。乾かしちゅ〜」

『ふふふ…』

「あ、あれでしょー?真島の件。姫ちゃん、この間落ち込んでたっしょ。なんかあいつが余計なこと言ったんよね?ごめんねー。あいつ基本アホだからさ〜」

『全然!そんな事ないんです。でも麻衣から真島さんがもう一度会いたいって言ってるって聞いて』

「ホント自分勝手だよね〜。もーバシッと言わないとダメだよ〜?」

『わたしももう一度会いたかったので、でもまたカンナさんたちに迷惑かけちゃって…』

「姫ちゃ〜ん。あたし、さみしーなー」

『えっ?』

「友達になったって思ったの、あたしたちだけなんかな〜?」

『そんな事ないです。わたしもカンナさんとほのかさんとお友達になれて嬉しかったです』

「じゃあ、カンナさんじゃなくて、カンナ。ほのかもだよ〜!あとタメ口がいーなー」

『…じゃあ、カンナ。何度も助けてくれてありがとう』

「いいってことよー。あたしらは姫たちの味方するって決めたから〜」


 手持ち無沙汰だったのか、ペディキュアの瓶をなんとなくいじっていた須藤がニッと笑った。


『ホントにありがとう。えっと、それでね、日にちや時間なんだけど』

「いつでもいいよ〜。真島が都合が悪いとか抜かしたらぶっ飛ばすから」

『そんなこと言わないで。でももう7月でしょ?期末の試験とかはいつ頃なの?』

「あ、もう18日だもんねー。うちは7月の第一週からだから…、一応来週から試験期間だねー」

『ウチもそうなの。でね?できれば今週中の方が良くて、あの、21日ってどうかなと思ってたの』

「21日だと、金曜か〜。ん〜大丈夫じゃない?」

『そうですか。良かった。よろしくお願いしますね?』

「口調〜戻ってるーって、21日?あれ?」

『…なに?』

「へーー、ほーー。まあ良いんじゃない?」

『も、もう良いでしょ!』

「あ、ちっとまってー。もう乾いてきたかもー」


 右足の親指の爪の先を、右手の爪でちょっと突いてみた。

 …大丈夫そうだ。


 また先ほどと同じような体勢をとりなおす。

 先ほど塗った爪一枚一枚にペディキュアを重ね塗りしていく。


「おまたー。ちょっと2周目入ったから返事テキトーかも」

『はいはい』

「で、なんだっけー?」

『場所と時間の話よ』

「そうそう。どこでも行かせるよー」

『また神社に行っても良いかな?』

「え?わざわざ来るの?真島の都合なんて気にしなくて良いんよ?」

『ううん。猫ちゃんたちにも会いたいんだ』

「姫もネコーズの虜になったー?」

『ふふ。そうね。とっても魅力的だから』

「場所はオッケー。まあウチは近いからガッコ終わったらテキトーに行かせるよ〜」

『ちゃんと真島さんの都合を聞いてね?無理をさせたいわけじゃないから、違う日の方がよければそれでも大丈夫だからね?』

「はいはい」

『2周目は終わった?』

「大体…、おわっちゃ!」

『じゃああとはトップコートしてお終いね』

「んーそんな感じー」


 どこから取り出したのかうちわで伸ばした足先を扇ぎ始めた。


『ねえ、もうちょっとお話しして良い?』

「モチだよー終わるまで何も出来んしー」

『この間お話しした時、例の動画でいろんな悪いコメントあったのもみんな知ってたって言ってたけど、真島さんの心配とかしなかったの?』

「あー嘘告とかそれ関係?」

『…うん』

「ないない。真島はアホだけど、ウチのガッコでそんな馬鹿なことするヤツいないよ〜」

『え?なんで?』

「あいつさー。あれでも、HAYATO様の相棒って立場でさー。カーストだとトップ層よ?なんだかんだ成績いいし態度も悪くないから教師陣の評判いいんよね。あ、あとバイト先の本屋関連でクラスメートとかの頼みもよく聞いてるから顔広いし」


水川さんが少し考えている。

また話し出した。


『そうなんだ…。自分のクラスだけじゃなくて、他のクラスの人とも仲が良いの?』

「そんな感じ。あ、そだ。あいつ柔道部の連中とも妙に仲良いんよねー。部活もやってないのに。あれ?違うわ。他の部活の男もウチのクラスまで来てたし、妙に後輩の男子から慕われてるんだよな…。なんなんだろ?あのショートカットは野球部っぽかったな…。でもe-sports研究会みたいなとこにも出入りしてて訳わかんない。健太くんいるから?でもあいつ嫌いってやつあんま見たことないなー。やっぱアホだからかな?」

『ふふっ。みんなに慕われてるのね』

「あと嘘告の件は、真島のヤツ知ってたからね〜。てかあたしらが教えた。『このコメ見た?今後アンタが告白されるようなことあったら気をつけな〜』って」

『真島さんはなんて?』

「『お前らは俺に夢すら見せてくれんのか!てか嘘でも良いから誰か告白してくれー』って言ってて笑っちゃった!」

『でもハヤトさん絡みで、その…』

「それ?無理だってえ。ハヤトのやつ彼女いるって言ってるし。ウチの連中はみんな知ってるよー」

『そうなの?』

「らしいよー。モデルやってる人なんだってー」

『でもハヤトさん、ウチの女子とよく話してるって』

「なんかねー市場調査らしいよー。よく知らんけどー。っと、そろそろいーかなー」


 手に持った瓶を掌で挟んで、コロコロ転がしたり揉み込むようにしている。


『何してるの?』

「んー。マット系のトップコート使うから、モミモミしてるー。あっためると良いんだって」

『へー』


 掌でしばらく転がしていた瓶を開けると、中身を足の爪に塗り始めた。

 ちょっと厚めに塗るようだ。


「そーいえばさー、清心って男女交際禁止じゃないの?」

『じゃないよ?あ、でも設立当初は男女交際一切禁止だったみたいだけどね』

「へー、なんで今はオッケーになったの?」

『結構前のことらしいんだけど、当時の生徒会長が『ウチの学園のモットーは自立した女性の育成なのに恋愛禁止はおかしい。社会に出た時に通用する女性になるための学園なのに、恋愛だけは未経験の赤ちゃんでいいっていうのは違うと思う』って言ってね。かなりの大論争になったみたい。結局『節度を守ったお付き合いをする事が条件』ということで、オッケーになったんだって』

「すごー。なんか意外…でもないか。そういや坂高ウチのヤローで清心の子と付き合ってる奴いたわー」

『麻衣も彼氏いるしね』

「え?ホント?」

『シュヴーのアレンくん』

「嘘!?めっちゃイケメンじゃん!うわーショックー!ウチの子にもファン多いよー」

『フランス系だから愛情表現すごいよー。僕の天使ーとかJe t’aime fortジュ・テーム・フォールとか街中で普通に言うんだもん』

「ジュテーム何ちゃらって何?」

『あなたをとても愛してる、だってー』

「すごー」

『聞いてよー。あのね、この間なんてね、私たちもいるのに……』



 ・・・

 ・・

 ・




 ペディキュアは塗りおわったが、電話はまだまだ続きそうだ。

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