第45話

「トシロー、長すぎるわ」

「トシロウおじさん、全然短くなってないよ〜」

 ブリジットさんと川口さんが怒っている。


「今の話ね。トシロウおじさまの鉄板ネタなの。あ、ちゃんと本当のお話みたいよ」

 吉野さんが補足してくれた。


「僕は面白かったです。とても良いお話でした」

 ナベちゃんは何か心の琴線に触れるところがあったようだ。

 自分も何か言うべきだろうか。

 でもなんだろう。考えが全然まとまらない。


 そう考えていると、バックヤードからアレン君が出てきた。


 騒いでいる姿を見て呆れているようだ。

「まだやっていたんですか。もうとっくに閉店時刻も過ぎています。お客様のご家族が心配されているでしょう。さ、真島様、渡辺様。申し訳ありませんが、本日は表は閉めてしまったので裏口からお帰りください。ご案内しますから」


 お菓子の入った袋を手にしたアキラが振り向くと、川口さんと吉野さん、川口夫妻が並んでいた。


「本日はお気遣い頂いてしまって、すんませんでした。でも今度は普通に買いに来させてください。でないと二度と来れないんで。またチーズケーキも食べたいのでよろしくお願いします」

「今日は普段聞けないお話がたくさん聞けて嬉しかったです。トシロウさん、よかったらまたお話を聞かせてください」

 アキラはナベちゃんと揃って軽く頭を下げた。


 トシロウさんがアキラとナベちゃんをじっと見つめた。

「いや、今日はすまなかったね。普通に、か。それはどうかな?…いや、冗談だ。でもこの子達が今こうして怪我なく過ごせているのは、君たちのおかげなんだよ。私としても、もしこの商店街でこの子達が大怪我をしていたら、…ましてや万が一にも亡くなるようなことがあれば、少なくとも店を閉めていたと思うよ。そんなことになっていたら私はこの土地にいたくなくなっていただろうね。それと、この子達の親御さんに代わってお礼を言いたいんだ。私たちの家族を守ってくれて、ありがとう」


 ブリジットさんもにっこり笑ってくれた。

「真島さん、渡辺さん、あとハヤトくん、でしたかしら。風香ちゃんから少しだけお話を聞きました。運よく偶然助けることが出来ただけだからって、大袈裟にお礼を言われたりするのは苦手なんですってね。でもね、私たちにとっては。この子達に傷一つなかった。それが一番大事。それにこの子達の大事な友人がもしも目の前で傷ついていたら、きっとこの子達は自分に怪我がなくても心に傷を負っていたわ。一生抱え込む大きな傷をね。それは私たちも同じ。だから、これは私たちの勝手な押し付け。偶然、あの時、あの場所に来てくれて、ありがとう」


 川口さんがちょっと困ったような顔をして話し始めた。

「この間ね、ここでお茶してたら、トシロウおじさんと商店街の会長さんがお話ししてたんだ。もしこの商店街で通り魔によって殺人事件が起きでもしていたら、どんなことになっていたか想像もしたくないって。だからあの坂高の生徒はうちの商店街の救世主だって。あ、ちゃんとそういうの苦手な人だから、絶対やめてあげてって頼んだよ〜。でもいろんな人が君たちに感謝してるの。もちろんわたしもそうだし、パパとママも感謝してるよ。だから、ありがと〜」


 吉野さんも微笑んでいる。

「この間は…、ううん、そうじゃないわね。ブリジットおばさまに全部言われちゃった。でも、そうね。私もあの時、誰か助けてって祈っていたの。サキを助けるヒーローに来て欲しかった。だから、その時に来てくれた人が、私たちのヒーローなのは変わらないわ。誰がなんと言おうと、たとえそれがあなたたちでもね。私たちの日常を守ってくれて、ありがとう。あとはもう一つだけお願いしたいことがあるの。ね?そこのお菓子を抱えたヒーローさん」


 アキラはちょっとグッと来ていたが、なんとか返した。

「…俺の事っすか」


 吉野さんが大きく頷いた。

「あともう一人だけ、悩み、苦しんでいる女の子がいるの。だから、お願い。もう一度だけ、助けて。…後でカンナちゃんに連絡するわ。頑張ってね」


 アキラは少しだけ黙ったが、ちゃんと返事を返した。

「期待に添えるかわかんねーけど、頑張るよ。こっちも色々ごめんな。あとありがと」


「本当にそろそろ帰らないと。もう19時半近い。」

 アレン君に促されその場を離れた。


「またいつでもおいで」という川口夫妻の声に背中を押されながらバックヤードを通り抜けると、一つのドアの前に辿り着いた。どうやらここが裏口の従業員用出入り口ようだ。


「本日はご来店ありがとうございました。…それと、大変差し出がましいのですが、こちらをお持ちください」

 アレン君が大きな半透明のビニール袋に入った紙製の折り箱を二つ持ってきた。

 先日神社で見た箱よりデカい。


「いやいやいや、もう受け取れませんって。勘弁してください!」

「あの、流石にこのサイズって多すぎですよ」


 そうアキラとナベちゃんが答えると、アレン君は箱を傍のテーブルに置くとソムリエエプロンを外し、それをテーブルに放った。


 そして、アキラとナベちゃんの肩をガッと掴んで言った。

「おい、お前ら。

 こんなチンケなもんが、僕のマイやいとこの風香の命より価値がある。

 そう言いたいのか?

 勘違いするんじゃあねーぞ。

 こっちはあの子たちの命が助かるなら何億積んだって惜しくない。

 それをお前らが嫌だって言うからこうしてるんだ。

 黙って受け取れ。

 わかったか?

 じゃあ返事は『はい』か『Yes, sir.』か『Oui, monsieur.』だ」


「「は、はい。すいませんでした…」」

 突然のことにビビったアキラとナベちゃんがそういうと、アレンが肩においた手の力を抜いて、そのまま優しくポンポンと叩いた。


 そしてにっこり微笑んだ。

「じゃあ気をつけて帰ってね。あ、そうだ。今度はハヤト君?も連れておいで。絶対だよ。わかったかい?」


「「はい!また伺います!」」


 こうしてアキラとナベちゃんは店を後にした。






 ケーキ箱はなんとか自転車の前かごに収まってくれた。

 母親に半強制的に大きめのバスケットにされたことが功を奏した。

 お菓子の入った紙袋は手持ちでもなんとかなるだろう。


 商店街の駐輪場で追加駐車料金の100円を支払う。

 無料の2時間はとっくにオーバーしていた。


 帰宅ルートが違うので別方向に別れようとした所、ナベちゃんに言われた。

「あ、そうだ。学校で言ってた動画のアドレス、今送ってくれる?じゃないと忘れちゃいそうだ。色々あり過ぎたよ」


 それもそうだと思い、ナベちゃんとハヤトに例の試験走行の動画アドレスを一括送信した。



 箱の中身を壊さないようにゆっくり走って家に帰ると、もう8時近かった。



 遅くなったことを母親の陽子から怒られそうになったが、ケーキ箱を見せると態度が一変した。

「やだ!シュヴーのケーキじゃない!しかもこんなに沢山!どうしたのよ一体!」


 やだと言いつつ、もう箱から手を離す気はなさそうだ。


「この間の通り魔事件の被害者の子の親戚が、そこの店の店長さんだったんだ。バイト先への差し入れ買いに行ったら、偶然その子と店長さんに会ってさ。その時のお礼にって頂いたんだ」

「そうなのね!あそこのお店お友達とたまに使うのよ〜。今度行った時お礼を言わないと!でもそう言う話なら遅くなっても仕方ないわね〜。ごはん温めてあげるから、早く着替えてきなさい」


 一気にご機嫌になったので、これはこれで良いか。


 制服から部屋着に着替えてダイニングに戻ると、生姜焼きとキャベツの千切り、ご飯と味噌汁に漬物が用意されていた。


 陽子はすでにケーキを食べているようだ。

「おいし〜!!!」という声がリビングから聞こえる。


 生姜焼きに箸をつけていると陽子がこちらに来た。

 どうやら紅茶を淹れるようだ。機嫌よく鼻歌を歌っている。


「ねえ、アキラ。ケーキ、すっごいたくさんあるんだけど。明日、ママさんバレーのお友達とウチでお茶会するの。そん時もらっても良いかしら?」

「ああ、いいよ。あ、一つだけで良いから俺にも取り分けて置いといて。後で食べるから」

「そう?じゃあ遠慮なく頂いちゃおうかなー!…あんたショートケーキで良いわよね。好きでしょ?生クリーム」

「なんでも良いよ…」


 思わず苦笑してしまった。さて、ご飯を食べてしまおう。





 食後、一緒にリビングでケーキを食べながら、ふと尋ねた。


「なあ、母さん。さっき店長さんに『家族を助けてくれてありがとう』ってお礼を言われちゃったよ。俺、なんか人の助けになるようなことが出来たのかなあ」


 すると陽子がフォークを皿に置いてアキラを見た。


「バカね。アンタは。

 また何かつまらないことをウジウジ悩んでるのね。

 アンタが病院に担ぎ込まれた時言ったでしょ?

 女の子を助けたなんて、嬉しいって。

 でもね、もしアンタが死んじゃってたら父さんも母さんもすごく悲しかったと思うわ。

 それはその子たちのご家族も一緒よ。

 だからアンタがやってのけた事は、それがまぐれでもなんでも、母さん誇りに思うわ。

 よく頑張ったわね」


 そう言ってアキラの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「そっか、そうかな」

「そうよ」


 アキラは自分が食べ終えたケーキ皿を手にして立ち上がると、照れ隠しするようにケーキにフォークを刺した陽子に声をかけた。


「母さん、ありがと。それと…」

「何よ」

「何個目?そんなに食べると太るよ」

「うっさい!」


 フォークを投げつけられそうになったので、頭を抱えて自室に逃げ込んだ。








 ハヤトとナベちゃんは、あの動画を見ているだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る