第34話
「しかしそれなら今回は何故、自転車をウチのアキラに、と言う話になったんですか?」
正明が問うと、山場さんと木村さんが顔を見合わせてバツが悪そうに笑った。
「いやあ、今までお話した事は決して嘘じゃあないんですがね。裏、と言いますか、もう一つ事情があるんですよ」
「簡単に言うとですね、ウチの会長がニュースで事件を知りまして、アキラくんを気に入ったんです」
「テレビを見てね。『今どき婦女子を守るためにヤクザモンにカチコミかけるとは、なかなか見上げた若者だ』なんて言いまして。君がウチの自転車に乗って突っ込んだと言う話を知って大喜びさ」
「SNSもチェックしてTikTokの動画も見たようで、君とハヤトくんにウチの会社から何かしてあげられないのか。と仰いまして。君には自転車を。ハヤトくんには礼金を、という事になったんです。ハヤトくんは先日自転車を買って貰ったばかりだったから、2台目を上げるのもどうかと思ったしね」
木村さんがアイスコーヒーを口にしている。
山場さんが視線を向けると、どうぞ、とばかりに先を促した。
「大人になると、本音と建前って言うのが必要でね。会長が気に入ったからプレゼントしてあげよう。では成り立たないんだ。個人ならともかく会社のお金だからね。今回は都合のいいことに、ハヤトくんという君の友人が良い役割を果たしてくれた。全く知らない会社から突然自転車が届いたら、君もご家族も驚くだろう?」
「確かにそうですねえ。ハヤトくんのマネジャーさんから簡単には説明を受けていたので、せっかくの申し出ですしありがたく頂こうかということになりましたが。縁もゆかりもないところからのお話でしたらご遠慮申し上げたかもしれません」
山場さんの言葉に頷く正明に木村さんが続けて話した。
「ですので、当社のパンフレットモデルの関係者が製品プロモーションにご協力下さった御礼としておけば、真島さんたちも自転車を受け取りやすいだろうと思ったんです」
正明は納得したようだが、アキラは釈然としない思いだった。
「でも自分の場合、メンテナンスもきちんとできていない事があって、あの時も自転車がギーギー言って……」
「ああ、あれか。私も知っているよ。あれはチェーンが悪くなってきていたんだ。南口の自転車屋さんで直してもらうつもりだったんだが、ちょっと忙しくてな」
「え?なんで父さんがそんなことを知ってるんだよ?」
「お前なあ…。私が
「でもブレーキの効きも……」
「うん?その前の週に洗車した時もブレーキチェックはしたが、問題なかったと思ったがな…。木村さん、御社で性能試験にかけられたと伺いましたが、結果はどうでしたか?」
「性能試験って、なんのことだよ。それと木村さんと前にも会ったことがあるみたいだったし」
初めて聞く話にアキラは驚いた。
「ああ、私たちからお父様に頼んで内緒にしてもらったんです。怪我をして入院している子に余計なことを言って心配させてしまってもいけないからね」
「このこともきちんと説明しておくべきだったか。テレビで今回の事件が繰り返し報道されたことは君も知っていると思う。それで各テレビ局から当社に同じ型の自転車の貸し出し依頼やら取材依頼が立て続いたんだ。それで、各局こぞって自転車の安全性能試験を行った。まあ、良い広報になったよ。何せ全国ネットでウチの自転車をバンバンアピールしてくれるんだ」
「ただ、それだけではなくてね。この報道を見た視聴者や当社の株主から指摘が入ったんだ。『この動画ではブレーキをかけている素振りがないが、自転車が壊れていたが故にこの高校生は突っ込んでいったんじゃないか』『YMBの自転車に問題があったのではないか』というね」
「ウチとしては自社で製造した製品に対する疑念をそのままにするわけにはいかない。今はちょっとした事が原因で、大規模な炎上になりかねないからね。では、どうしたら良いと思う?アキラくん」
山場さんに問われたアキラが回答した。
「実際の自転車でテストする。ということでしょうか」
「Exactly!いいねえ!」
「私たちはこの問題を解決するために、この多聞市周辺の自転車屋さんに『通り魔事件で使用された自転車が持ち込まれたら、すぐに連絡してほしい』と連絡したんだ。修理するにしろ処分するにしろショップに持ち込むだろうと思ったからね」
「ありがたいことに君のお父さんが南口の自転車屋さんに相談してくれたので、すぐに我々が回収させてもらったんだ。もちろん、お父さんにも承諾を得ているよ」
「事件時の再現試験などをしたいので、当社で預からせてほしい、とね」
「木村さんたちから『もしこれでこの自転車に何か問題が発生していた事が判明したとしても、それを外部に漏らすことはありません。また、アキラくんにご迷惑がかかるような状況にしないということをお約束します。ただ、自転車に問題がなかったという結果が出た場合、それを公表することを許可してほしい』と言われてな。息子の件でご迷惑をおかけしているので持って行ってもらったよ」
アキラは疑問に思っていたことを尋ねた。
「じゃあ、この間ハヤトに自転車を持ってきてくれる人に挨拶したいって言ってたのは?」
「私がその時にお会いした方が今日見えるとは限らないだろ?木村さんがいらっしゃったからびっくりしたくらいだ」
「自転車を回収する際に私が担当しましたので、そのままこの件を受け持っています」
「そうだったんだ…」と返事をしたが、それよりも気になることがある。
「その、性能試験というのは?」
「もちろん社内ではやらないよ。自転車業界にも協会があってね、こういう試験を行う専門の会社があるんだ。第3者に委託してちゃんと結果を出してもらわないと、視聴者はともかく株主は絶対に納得しないからね。そこに持ち込んで『ブレーキ制動性能試験』という試験を行った」
「そう、なんですね。その、結果はどうだったんですか?」
アキラはおずおずと尋ねた。
山場さんと木村さんは堂々と答えた。
「全く何も問題なし!」
「もちろんブレーキ性能だけじゃなく全体をチェックしたが、何もトラブルは確認できなかったよ」
「ほ、本当ですか?」
「確かにチェーンは少し錆びてきていたがねえ。君が何を心配しているのかはわからんが、当社のホームページで実際の試験の様子を撮影した動画を公開しているよ。ブレーキに関して言えばかえって新品の自転車より効きが良かったくらいだ」
「いやあ、やはり素人だとちょっとした調整がうまくいきませんねえ」
「いえいえ。お父さんのメンテナンスは十分でしたよ」
「しかもですよ。ウチの動画公開が早かったことが良かったですね。SNSなんかも、炎上するどころか『性能が良くてメーカーのバックアップもいいならば、子供や孫に買い与えたい』というお声もいただいています」
「どちらかと言うと我々の売上に貢献してくれたのは、TikTok動画よりこのテスト動画がワイドショーで使用されてからなんだ。だから、売上に対するお礼というのであれば、メンテナンスをしっかり行ってくれていたお父さんへのお礼になってしまうのかもしれないね」
「そうですねえ。…今回テスト対象になった君の自転車と同様のモデルを使用する年齢層はわかるかな?」
「自分と同じ学生とか…ですかね?」
「そうだね。通学用の自転車によく使われているね」
「じゃあ、これを買うためにお金を出すのは誰か?という話だ」
山場さんがコーヒーをまた一口飲んで話を続けた。
「仮に2台の同じ価格帯の自転車が販売されているとしようか。1台は普通の安全性能のマウンテンバイク。もう1台は安全性能が高いシティサイクル、いやママチャリにしよう。君は自分でアルバイトをして稼いだお金で自転車を買うなら、どちらを選ぶ?」
「たぶん、自分のお金で買うなら、マウンテンバイクです」
「なぜだい?」
「安全性能が問題ないなら、格好良い方を選ぶと思います」
「そうだね。TikTokを見ている視聴者層ならそう考えることの方が多そうだ。だから、この自転車は彼らからすれば対象外の製品なんだよ。残念だがね」
「この自転車を購入してくれるのは、親御さんやおじいちゃんおばあちゃん世代ですね。お子さんやお孫さんに買い与えることが多いんだ」
「だから、各テレビ局のワイドショーに対し性能試験の結果を提示したことにより、メインターゲットとする年齢層に宣伝効果と信頼性を得ることができた」
「つまり、君の露出ではなくて、君の乗っていた自転車の露出に対する宣伝効果に対する御礼というのが正確なところだね」
「あ、木村くん。アキラくんにウチのホームページのアドレスとどこで公開しているか教えて上げてくれるかな?」
「わかりました。そうだ、山場さん、例のものは?」
「ああそうだね。忘れるところだった。車に置きっぱなしだったね。ちょっと失礼して車に行ってきます。あ、木村くん、車のキー貸してくれる?」
山場さんが席を外している間に、木村さんがスマホでYMBのホームページを開いて、『公開中動画』というページを見せてくれた。
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