第33話
自転車の点検をしていた作業着姿の男性が帰宅したアキラに気づいた。
彼は立ち上がってアキラに向き合うと、手袋外し右手を差し出した。
「初めまして。こんにちは。君が真島アキラくんで合っているかい?」
「はい。初めまして。真島アキラです。今日はありがとうございます」
アキラも右手を差し出し男性の手を握った。
「今の子はしっかりしているなあ。YMBの
自転車に目をやると確かにアキラのオーダー通りの構成だ。
ちょっと格好悪くなるんじゃ無いかと思ったバスケットと荷台も自転車全体でバランスが取られスタイリッシュに仕上げられている。
アキラは目を輝かせていたが、やがて頭を左右に振った。
「山場さん。ここまでしていただいて本当に申し訳ないんですが、やっぱり辞退させてもらうことは可能でしょうか?…難しければ正規の価格で購入する形に変更してもらえませんか?」
「これは驚いた!どうしたのかな?注文と何か違っていたかい?」
アキラが山場さんに説明した。
「いえ、そうじゃ無いんです。すごく格好いいと思います。ただ今回こうして自転車をもらうのはプロモーションの一環と聞きました。いただいた自転車で交通違反や事故を起こしたらYMBさんに迷惑をかけてしまうと思います。なので……」
「アッハッハッ!」
山場さんが笑い始めた。
大笑いしている彼の様子に気づいた正明とスーツ姿の男性がこちらにやってきた。
「ああ、アキラ帰っていたのか。おかえり。山場さんどうかされましたか?」
「アキラくん。おかえりなさい。あなたは何をバカ笑いしているんですか!?」
「いやあ、真島さん。あなたの息子さんは良いですね。実に良い!木村くん。僕らもやり方というものをよく考えないといけないなあ」
「だから、何があったのかわかりませんよ…」
山場のことを木村と呼ばれた男性が呆れたような顔つきで見た。
「アキラが何か失礼なことを?」
「今、アキラくんからやっぱりタダでは貰えないから買い取りたい、と申し出を受けましたよ」
「あの、父さん。悪いんだけど、またちょっとお金を貸してもらっても良いかな。バイト代で毎月返すから」
「そりゃあ構わないが…」
「いやいやいや!そんなことはさせられませんよ。押し売りになってしまいます。でもどうかしたのかい?」
「なんでもね、彼はこの自転車で交通違反や交通事故を起こしたらウチに迷惑をかけると思ったらしい。責任感の強い息子さんですね。ただより怖いものはないと言いますが、メリットだけでなくリスクというものをよく理解している」
「そうなのかい?でも君がそんなことを気にしなくて大丈夫だよ」
木村さんの言葉にウンウンと頷く山場さんにアキラが問い掛けた。
「でも、YMBの方とハヤトのモデル事務所で話をした時、広告や宣伝になるからという話をされていた、と聞きました」
「そんな話をしたかな…。僕も同席したんだが」
「あなたはいつも適当な事を言うから、何か勘違いさせたんじゃないですか?」
「そういえば、接待交際費じゃなくてちゃんと広告宣伝費で落とすから気にしないでくれと言ったかもしれないね」
「ああ、じゃあ間違ってはいないかもしれませんねえ…」
木村さんが苦笑いしている。
「じゃあこれ以上誤解を生まないようにきちんと説明しておきたいね。お父さんも宜しければ一緒にお話ししたいのですが、お時間大丈夫ですか?」
「もちろんです。ですが庭先でいつまでもというわけには行きません。お茶の用意をしているのであがってください」
「すいません。それでは失礼して…。あ、こちらの自転車は何処に?」
「この柱横のスペースを空けてあります。ほらアキラ、チェーンロックをちゃんと掛けておきなさい。初日に盗難されでもしたら笑い話にもならん」
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少ししてリビングのソファに座る4人の姿があった。
テーブルにはアイスコーヒーが注がれたグラスが人数分置かれている
「お待たせしました。急に暑くなったのでアイスコーヒーにしましたが、お嫌いじゃありませんか?あとはペットボトルの緑茶になってしまうんですが…」
「いやいやいや。僕も木村も仕事中なんかはよくコーヒーを飲みますから。冷たい物はありがたいですよ」
「お気遣いありがとうございます」
一遍通りの挨拶が終わったところで、山場さんが話し始めた。
「それではタネ明かしといこうか。順序立てて説明するよ」
「よろしくお願いします」
「まず、君がさっき言っていたプレゼントした自転車に君が乗ることがプロモーション活動になるという話だ」
「はい」
「スマンが、そりゃあ嘘だ。我々は君という個人に宣伝効果があると思っていない」
「……え?」
山場さんの言葉に、アキラは呆気に取られてしまった。
「君たちが勘違いした『広告宣伝費』とは、当社内での費用勘定の振り分けを指しただけだね。個人が負担するのではなくて、会社でちゃんと費用負担するから気にしないでねってことを言ったつもりだったんだよ。山場さんたちはね」
「『企業が行う製品プロモーションの一環だから、大仰なことじゃないんだよ。だから雑誌かなんかの懸賞にたまたま当たってラッキーだったね』くらいの感覚で自転車を受け取ってもらうつもりだったんだ」
「…はあ」
「だから、君がどんな風にあの自転車を使っても、我々は干渉しない。曲芸でも3人乗りでも好きにしたらいい。まあ事故は危ないから安全に、だぞ」
「今は二人乗りもダメですって」
「そういえばそうか。なんだか嫌な時代になったもんだね。僕の学生時代なんて、彼女を後ろに乗せて走るのは一種の憧れみたいなもんだったんだが…」
「山場さんもそうですか!私も家内とですね…」
アキラが口を挟んだ。
「父さん、話がずれるから…。けどハヤトもTikTok動画がバズったことによって金一封を頂いたと言っていました」
「アキラくん。それはね、私たちが彼の事務所と契約をしていたからだよ。当社の自転車とパンフレットモデルになった彼が、各種SNS媒体などで当社の自転車と一緒に写るプロモーションをして一定数以上の閲覧数が認められた場合、礼金を支払うという契約をね」
山場さんがアイスコーヒーを一口飲んで続けた。
「彼には華がある。インフルエンサーというのかな。だから礼金を支払った。だが君について、我々はそう言った部分で価値を見出していない。冷たい言い方をすれば、ハヤトくんは商品としての価値があるが、君には無いという事だ」
「それは、…そうですね」
「あ、ちなみに今回のことを『YMBからお手柄高校生にプレゼント』なんて大々的に発表することはないからね。一応、社内報と株主向けの資料の社会福祉貢献の欄に載るだろうけど、『養護施設に何台寄贈した』って横に『真島アキラ君に電動アシスト自転車1台を寄贈』くらいだよ」
山場さんがアキラの目をじっと見つめた。
「君と同じ高校生が、オレオレ詐欺を食い止めたり迷子の子供を親御さんの元まで送り届けたりして警察から感謝状をもらう事があるね」
「ニュースで時折目にします」
「では今までに目にした感謝状をもらった高校生たちで、一人でも名前を覚えている子はいるかい?」
「…いえ。覚えていません」
「気を悪くしないで聞いてほしいのだけれど、今回の『君』に対する世間の認知度もそのくらいということさ。以前からある程度認知されていた『ハヤトくん』とはどうしても違うものになってしまうんだ。この多聞市周辺では少し騒がしくなったかもしれないが、あまり過剰に考える必要はないんだよ」
山場さんが少し困ったように笑った。
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