第32話

 2−Aの教室に入るとハヤトが友人たちと何か話していた。

 ナベちゃんはまだ来ていないようだ。


 アキラが軽く手をあげて挨拶すると、ハヤトは友人らに軽く断ってアキラに歩み寄った。


「よう。おはよーさん」

「ああ。オハヨー」

「土曜はすまんかったな。あの後、大丈夫だったか?」

「まあ、あんまり大丈夫、とは言えないか。水川さんと吉野さんとオレであの後少し話をして、それから解散したよ」

「そっかぁ…。彼女たちには迷惑をかけてばっかだなあ。ハヤトにも迷惑かけてるな。ワリい」

 苦笑するアキラと対照的にハヤトは浮かない顔だ。


「いや、オレが却って余計なことをした気がするよ。アキラは大丈夫か?」

「ああ、今朝来る時にたまたま田中とバスで一緒になってさ。色々話したんだけど、結構参考になる話が聞けて気が楽になった」

「田中の話で!?脳直のヤツの話で気が楽になったって…。お前よほど追い詰められてたんだな…」

「ひでえ言い方すんなって。あいつが結構良いやつだってみんな知ってることじゃん。あれで成績もいいしな」

「そうなんだよな…。あれでトップ10の常連なのが納得いかないよ、オレは」

「君ももうちょっと勉学に力を入れたまえよー」

「うるさい。オレは親からもらったこの顔を使って生きる。だからジムに通ったり、レッスン受けたり、お前らがベイロードで買ったメンチカツを横で旨そうに食ってても我慢してるんだろうが!」

「ハヤトは何気に意識高いからな…。ジュースも滅多に飲まねーし」

「トップの人を見てると変わるもんだよ。…まあ、少しはマシな顔してるか」

「おう。サンキュー」

 アキラはハヤトと軽く拳を打ち合わせてたあと、自分の席に向かった。


 隣の席のダウナー系ギャルが、いつも以上にダウンしている。

 それを横目にしつつバッグから教科書やノートを取り出した。

「ウッす。須藤、大丈夫かー?」

「あ…、真島。この間は…」

「あー、もうその話題は終わりだって。これ金曜の5限の数学Ⅱと6限の物理のノートのコピーな。金曜早退したのって、土曜のためだったんだろ?さっき岸田に会って聞いたよ。二人が向こうと連絡取ってくれたんだな。気を遣わせた。ありがとな」

「でも、あんたが帰った後に姫ちゃんとマイマイと会ったら落ち込んでたよ。何があったかは…、聞かないほうがいいんか…?」

「色々あったしな。冷静になるには、みんなちょっと時間が必要なのかもなー。俺も含めてだけど!」

「そーかもね。あとさ、真島には悪いけどあたしは姫ちゃん達の味方になることに決めたから。ノートはあんがと」

「…むしろ、頼むよ。……ゴホゴホ、…カンナさんや、いつもすまないねえ…」

「……おとっつぁん、それは言わない約束でしょって、何やらすんじゃ!」


「オハヨー。なんの話してるの?」

 ナベちゃんが来た。

「あ、健太くん。おはよー」

「ウッす。あー、土曜の話をちょっとだけな。ナベちゃんもありがとな」

「あー、うん。真島くんがいいなら良いんだ。あの、須藤さん」

「え、はい!」

「土曜日は僕なんかが偉そうなことを言って、本当にごめんなさい」

「そんなことないよ…」

「昨日一日落ち着いて考えたんだけど、僕は特に何もしていなかった。それなのに須藤さんや岸田さん、清心のみんなを傷つけるようなことを言ってしまった。すいませんでした」

「…うん」

「お願いなんだけど、清心のみんなに僕と宮木くんが謝っていたって伝えてもらって良いかな?僕らは連絡先を知らないから」

「もちろん。じゃあ後で伝えておくね」

「ごめんね。ありがとう」


 ナベちゃんが自分の席に戻ろうとして、足を止めた。

「真島くん。今日自転車が届くんだっけ?」

「ああ。そうだよ」

「じゃあさ、例のスト6の約束、どうかな?」

「サーセン。チョー待たせたよなー。明日とかどうっすか?」

「うん。じゃあ決まりね」


「ほらほら!みんな席つけー!」

 担任の松原が教室に入ってきた。


 クラスの皆がそれぞれの席に散っていく。






 =============






 アキラが家に着いた時、『YMB』のロゴが入ったトラックが自宅駐車場の前に停車していた。

 アキラが希望した自転車は、先ほど到着したようだ。


 真新しい黒い電動アシスト自転車が1台、自宅の前に置いてあった。


 トラックと同じロゴが背中に入った黒い作業着姿の男性が自転車の横にしゃがみこみ、何か作業をしている。最終点検でもしているのだろうか。


 少し離れたところで父の正明とスーツ姿の男性が話をしている。

 運送会社ではなくメーカーのトラックで自転車を配送してくれることを耳にした正明が、先方に挨拶がしたいと有給を取っていた。


「ご無沙汰しております。先日はご多忙のところ、ありがとうございました」

「いえいえ。あんなことでお役に立てたのでしょうか。私たちとしては、息子の行動が原因で御社にご迷惑をおかけしなかったのであれば、何よりなのですが」

「いやあ、お父様に迅速にご協力いただいたおかげで、とても良い影響が出ているくらいです」

 どうやら初対面というわけでは無いようだ。



「………事件の後にお会いした時は、アキラくんも怪我をして入院までされていましたよね。お父様、お母様もさぞかしご心配されたことでしょう。その後アキラくんの御容体は如何ですか?」

「お陰様で入院も数日だけでしたし、先週の土曜日に受診した定期検査でも大丈夫という診断結果が出ています。今日も問題なく学校に行きましたよ」

「やはり健康が何よりですねえ」



 正明が男性に一礼をした。

「それにしても、この度はこのような高額な自転車を用意していただき、誠にありがとうございました」

「とんでもない!彼の勇敢な行動に弊社の自転車が役立てたということは、大変に喜ばしいことでした。その勇気ある行為に対するほんのささやかなご褒美みたいなものですよ。遠慮などなさらずご笑納ください」

「お気遣いに感謝いたします」



 ふと正明が腕を組んだ。

「親としては、良くやったと褒めてやりたい気持ちと危ないことをするなと叱りたい気持ちが両方あって、なかなか難しいですね」

「我々も自転車本来の用途とは異なる使い方なので、本当は手放しでは褒めてあげられない部分があるのですが、それで事件の被害を減らすことができたのであれば幸いでしたねえ」



 二人してにこやかに談笑している。

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