第31話

 月曜日の朝、自宅近くのバス停からバスに乗りこんで、窓側の席でぼーっと外を眺めていると、北口ロータリーから乗り込んできた誰かが隣の席に座った。


 肩を叩かれたので振り向くと田中ゴリだった。


 相変わらずいかついヤツだ。

 隣にコイツが来ると席が狭くなる。

「おお、真島。朝バスで会うのは珍しいな。おはようさん!」

「おっす、田中。オハヨー。あれ?お前、駅からスクールバスじゃねーの?」

「この時間だと一番混むんだ。普段はもう何本か前の時間で行くんだがな。タイミングが悪くていっぱいだった」

「まーお前が乗ったら普通の人の二人分くらいスペースとるもんなー」

「これでも周りに気をつかう方なんだ。スクールバスが混み合うとなかなか乗りにくい時があってな。まあそんな時は市営こっちのバスに乗ってるぞ」


 コイツはいつでもちょっと暑苦しいから、混雑するスクールバスは余計に息苦しく感じるのかもしれない。


「知ってるよ。お前は良い奴だよ。割と、な」

「……どうした、なにかあったか?」

「んー、まあなー。たまにはこーゆー時もあるかもなー」

「…わかった。まあ力仕事なら手伝ってやるから声かけろよ」

「お、サンキュー」

 窓の外に視線を移すと、坂道でランニングしている人が見えた。



 ふと田中と神社に行ったことを思い出した。

 そういえばコイツも何やら熱心に参拝していたっけ。


「そういや大会あったんだろ?どうだった?」

「おう!真島直伝の頭突きの出番はなかったが、他校の3年生に決勝で負けてな。準優勝だ。神社に参拝して祈願した甲斐があったな」

「勝手に習得してんなよ、そんなもん。でもすげーじゃん。おめでとー」

「ありがとう!だが悔しいもんだぞ。ついそこまで来ていたチャンスを掴みきれなかったと言うのは」

「そうだよな。決勝まで行ったらそう思うよな」

「……実はな、今回は優勝候補になるような強い選手が何人も欠場していてな。本来なら3回戦くらいまで行ければ良い方かと思っていたら、対戦カードにも恵まれて決勝まで行けたんだ。強い選手同士が潰しあってくれた。決勝の先輩だけは鬼強かったが、あの人が腹でも壊してくれていたらわからなかったな!」

「マジかよ…。それで良いんかスポーツマン」


 アキラがいうと、田中はキョトンとした後にニカっと笑った。

「何がだ?……ああ、そういう事か。一番大事なのは結果だからな。もちろんそこに至るまでの過程も重要だと思うぞ。一番の優勝候補選手はひいお爺さんが亡くなられたと言うことでお葬式に出るため欠場されていたが、他の有力選手は風邪や体調不良による欠場だった」

「…ああ。そういや最近タチがわるい風邪が流行ってたらしいからなあ」

「うむ。だがな、運・不運はあるものの、大会に向けた体調管理も本人の実力の一部だ。風邪で不戦敗も試合の一本負けも、負けは負けだ。自分はな、プロテインを飲む以外にも食事や睡眠時間も管理して身体を作った。興味を持ったTV番組があっても時間帯が合わなければ見ないで就寝した。人の多いところは避け、マスクをし、手をよく洗って感染予防に努めた。そういった普段のちょっとしたことの積み重ねで無事に大会に参加できたのは、実力といえば実力の一部じゃあないか?」

「そりゃそうだ。お前が正しいと思うよ。悪かった」


 アキラが謝ると田中が続けた。

「別に弱い選手だけと対戦した訳ではなかったんだぞ。危うく負けそうな時もあったしな。その選手は強い引き手が特徴的な選手なんだが、たまたま手を滑らせて体勢を崩したので、うまく自分が押さえ込んで一本取れた。周りのみんなから負けると思われていた思われていたから『ラッキーだった』と言われたが、顧問からは『田中の普段の修練があったから幸運を手繰り寄せることができた』と言われたよ。今回は準優勝よりその言葉が一番嬉しかったな!」

「田中はすごいな」

「やっと気づいたか。結果は結果で存在するのだから、せっかく上手く行ったのならば卑下する必要もない。例え偶然の勝利だったとしても、それを強調し過ぎれば、対戦相手に失礼になると自分は思うぞ」

「そんなもんか」


「そうだな。おなじ敗戦でも、試合を終えた後に自分の対戦相手から『僅差の戦いだった』と言われれば悔しくても頑張ろうと思えるが、『ラッキーだった』と言われれば、やる瀬ないものだよ。相手の本意とは違うのかもしれんが『お前は運がないから負けた』と言われたようなものだ。

 こちらからすれば『』と言いたいな」

「日頃の積み重ねや行為の結果が試合に反映されたのだから、か」

 アキラが言うと、田中もウンウンと頷いている。


「あれだな。真島と話していたら、自分でもぼんやり感じていたことが改めて再認識出来た。自分はつい肉体言語に頼ってしまうが、このように言語化するのも大事だな」

「ああ、俺も色々気付かされたよ」

「後輩の1年にもちゃんと話せば、頭突きの練習に付き合ってくれるだろうか?」

「まだ言ってたんか!やめろって言ってるだろ!」

 アキラは田中が真剣に悩んでいる様子を見て、つい笑ってしまった。




「…なあ、自分がとった不本意な行動が原因で、全然関係ない、もしかしたら迷惑をかけたかもしれない人からお礼を言われたらどうしたら良いと思う?」

「なんだ、そんなことか」

「ああ」

「礼を言われるにしろ、悪様に罵られるにしろ、自分がしたことの結果なのだから、受け止めるしかないな」

「そんなもんか」

「そんなもんだ」

 田中がニヤリと笑った。




「そういえば、渡辺くんも結果が大事だということを言っていたぞ」

「ナベちゃんが?珍しいな。イメージに合わないんだが…」




「…なんと言っていたかな?」

 田中はしばらく考えていたが、高校の最寄りのバス停についてバスを降りたところでぽんっと手を叩いた。




「ああ、思い出した」

「なんて?」







「どんな手をつかおうが…………最終的に…勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」

「おい」





「あともう一つあったな」

「やめろ」





「過程や…!方法なぞ…!どうでもよいのだァーッ!」

「や・め・ろ!」






「実に実直な言葉だと思うがな!そうだ、今日は大会後の休養日で部活がないんだが、放課後に共に神社に行かんか?準優勝のご報告をしたいんだ」

「あ、悪い。今日はちょっと用事があるんだ」

「そうか。それなら仕方ないな」




 ちょっとだけ気持ちが軽くなった気がした。

 二人で並んで教室に向かって歩いていく。




「そういやあ、あの神社でお祀りしている神様って七福神だっけ?」

「なんだ、知らんのか」


「あれ?違ったか?」

「正確にはな。そのうちの一柱だ。」



 田中が足を止めて神社の方を見た。




「毘沙門天様だ」




 そういうと軽く一礼した。

 こちらを振り向いて再び歩き出した。




「金運や財福の神様だな。また、仏教を守護する四天王の一人で、戦いや勝利の神様、『武神』としての側面も持っているぞ。

 あの神社の御本尊様も甲冑を身につけ、矛と宝塔を持ち、二匹の邪鬼を踏みつけている姿だ。

 戦国武将の上杉謙信が崇拝していたことでも有名だな。

 なかなか苛烈な面も持った神様、と言うことだ。

 失礼なことをすると天罰を下されるかもしれん。

 気をつけねばならんな」


 田中が明るく笑った。

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