第26話

「まずね、僕から言いたいのは、この間集まった理由はなんだったの?ていうことなんだ」

「…お会いして、直接お礼を言いたかったんです」

「私達、本当に感謝してて…」

「うん。サキちゃんとマイちゃんを助けてくれて、ありがとーって言いたかったんです」

「あたしは動画の有名人とHAYATO様が見れるって気持ちもちょっとありました」

「まあ、面白そうって思って」

「…清心の氷姫に興味があったから」

 ナベちゃんの言葉にそれぞれから返事があった。


「そうだよね。ウチの学校の女子はともかく、だけど。真島くんもわざわざ来てもらって申し訳ないってずっと言ってたけど、チーズケーキとか美味しかったって喜んでたし、きっかけはこんなことだったけど、ウチの女子と清心の女子が仲良くなったみたいで良かったのかもしれないって、僕に言ってたよ」

「はい…」

「こちらとしても、とても喜んでくれて嬉しかったです」

「…無料ただチーズケーキ美味かった…すまねえ」

「健太くん…」


「さっき宮木くんが『水川さんは冷静じゃなかった』って言ってたけど、あの場で告白するのは逆効果だって理解もしていたんじゃないかな。でも、婚姻届まで書いて持っていってしまった。なぜそういう行動をとったのかきちんと理解しないと、誰も幸せになれないと思う。聞きにくいことだけど、あえて聞くね。


 水川さん、なぜあなたは婚姻届を書いてみようと考えたんですか?」



 水川さんが俯いたままコーヒーカップの中に視線を落としている。

 中には何が写っているのだろうか。



 水川さんは頑張って話し出そうとしていたが、なかなか言葉にならないようだ。



 隣に座った吉野さんが、そっと水川さんの手を握った。




 水川さんが顔を上げて話し始めた。


「…きっかけは、TikTokの動画を見たことです。あの、最後にハヤトさんと真島さんが一緒に出ていた動画です」

「はい」


「通り魔事件の時、わたしたちが襲われそうになっているところを真島さんが助けてくださって、立ち上がる時に手をお借りしました。その時、すごくドキドキしたのは確かで、すごく印象に残っています。もちろん感謝もしています。…でも、すぐに立ち去られて、ああ、このドキドキを吊橋効果って言うのかなぁって思ったりしました」

「うん」


「学園の先生にお願いして、坂ノ上高校の生徒さんに危ないところを助けていただいたのでお礼を伝えたいと連絡してもらいました。

 その時のお返事は、『問い合わせの生徒は事件以降まだ登校していないので、確認して連絡する』とのことでした」

「怪我してちょっと入院してたもんね。松原たちもなんとも言えないよねえ」


「そんな時に見つけたのが、あの動画です」

「結構、バズってるもんなあ」


「動画を見つけて、この人が助けてくれたんだ!って思うと、すごくドキドキしました。それで、結構な頻度で見ていました。いつかお会いしてみたいと思っていました。でも、坂ノ上高校からの連絡は『わざわざお礼を言っていただくほどのことではないので、ご遠慮させていただきます』という内容でした。とても、とても残念でした」

「後輩ちゃんたちもそう聞いたって言ってたね。あんまりだと思ったから、あたしがおせっかいをしちゃったんだけど…」


「ほのかさんやバスケ部の後輩の子たちにはとても感謝していますよ」

「なんか、ごめんねぇ…」



「でもそれだけなら、ありがとうって言って終わりじゃないですか?本当に動画を見ていたら真島君を好きになっていたって事ですか?」

 ナベちゃんが問いかけた。





 少しの間水川さんは黙っていたが、意を決したのか、再度話し始めた。


「まだ、お会いすることが出来る。という話が出る前のことです」

「はい」


「コメント欄に、この動画の人物を知っている。と言う方が現れ始めました」

「ああ、ホントかウソかわかんないやつあったね。もしかしたら坂高のやつが実際に書いたんじゃね?ってあたしたちも話してた」


「真島さんのことを指して、『HAYATO様は無理だけど、こっちなら簡単に落とせる』とか『むしろHAYATOと繋がるには、こっちに行くべき』とか『頭突きニキに頭突きしに行こう』とか…、他にも色々書かれていました…」

「あったあった!あたしちょっと笑ったもん。真島、ウケるって」

「『イケメンBOSSとモブ配下きちゃから助かるッ』、とかあったねー!」




「それらの中に『コイツに嘘告してネットに晒せば、バズるんじゃない?』と言うコメントがありました。

 多分、怒り、だったんだと思うんですが、そのコメントを見て、頭がすごく熱くなって目の前が真っ赤に染まったような、そんな感覚に陥りました」


「あ〜、まあ、自分の命の恩人、だもんねえ」

「知らなかったわ…」

「サキちゃん…」




「わたしが、初めて、好意を持った男性ひとが、おとしめられている。彼に対して、さまざまな悪意がふりかかろうとしている。それも、わたしたちを助けた、ということが原因で。他の誰も助けてくれなかったのに。理不尽にも、なんでこの人が、部外者たちから、こんな風に言われないといけないのか。そう、思いました」


 水上さんはその時のことを思い出したのか、時折、言葉を詰まらせながらも話し切った。



 みんなが少し黙った。



「そんな時、部活の後輩の1年生が、偶然ほのかさんや真島さんたちにお会いして、直接お礼を言う機会を、セッティングしてくれました」

「一昨日会うことになったきっかけだよね」


「その話を聞いた時、嬉しいと言う感情と共に、その時しかない、と思いました」

「その時しかない、と言うのは?」


「感謝を伝えるだけじゃ、ダメ。わたしが何か行動して、彼を守ってあげないといけない。どんな手を使ってもいい。…そう思いました」

「友達には相談できなかった?」


「友人たちは、わたしが男性が苦手なことを知っています。そんなことをしたら大騒ぎになると思い、相談しませんでした」

「自分だけで考えたの?」


「ネットの匿名掲示板などで相談しました。『気になっている人がいるのだけれど、その人に対して嘘告白してネットに上げるという話を偶然知ってしまった。どうしたら良いかアドバイスして欲しい』と。そうしたら、『気になっている人なのであれば、あなたが先にその人と付き合えば悪意ある嘘告から守れる』と言うアドバイスをもらい、納得しました」

「納得しちゃったかあ…」


「自惚れていた。そう思います。わたしは何人かの男性から告白されてきました。なので、男性にとって自分が魅力的に映るのだろうと思っていました。だから、わたしから告白すればOKしてもらえる。そうすれば問題は解決する。そう思いました」

「婚姻届は?」


「姉の友人が以前自宅に泊まりにきた時に、忘れて置いて行った結婚情報誌をもらいました。婚姻届はその付録です。ハヤトさんが言われたように、最初は冗談で書いていました。お守りがわり、みたいなものでしょうか。いつか、これを見せれば、わたしの覚悟が、気持ちが、伝わるんじゃないか。そう思いました」

「でも、すぐには出さなかったよね」




「最初は出すつもりはなかった筈、なんです。でも、あの時、黒猫ちゃんを抱いて笑っている真島さんを近くで見ていたら、急に怪我が心配になりました。思わず、真島さんに触れていました。そうしたら、胸がきゅうっとなって『今、告白しないといけない』と思いました。気づくとお守りだったはずの婚姻届を出して何か言っていました」

「ああ…」

「そう言うことだったのね」

「うん」

「まあ、真島もびっくりするよな」





「真島さんに断られた後は、頭が真っ白になって、何をして良いのかわからなくなってしまって…。本当にゴメンなさい」





 改めて、水川さんが深々とみんなに向かって頭を下げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る